第24話
「ど、どうしよう……」
守るためと勢いよく自分から『侵入者』の元にへと向かったのはいいが、ここから先は何も考えていなかった。
直登の話では『羽化』してからの期間によって、強さに差があると言っていた。当然、経験を積んだ方が強い。
光の扉から出てきた時点で、『羽化』を終えていた。この『侵入者』が、どれほど、その姿で時間を過ごしたかは、桂葉には分からない。
だが、少なくとも、桂葉が見た『侵入者』より長いのは事実だ。
(わ、私が勝てる訳ない……)
『羽化』したばかりの『侵入者』に直登は勝てなかった。『魔法少女』としての力が使えない桂葉の力は、直登に遠く及ばない。
司達を守ると――それこそ自分の命を投げ出すくらいの気持ちであったのに、いざ、『侵入者』を前にしたら、逃げ出したい思いと、『恐怖』で桂葉の脚は震え出す。
今まで堪えていた分が一気に噴き出したようだ。
入り口から逃げ出そうとするが、桂葉は力が入らずに、へたりと腰が抜けてしまう。床に両手をついて震える桂葉に対して、『侵入者』はステージからゆっくりと降りる。
威嚇した構えを解かないからか、酷く滑稽な構えで移動してくる。こんな時でなければ、桂葉は、その変な構えに笑ってしまっていたかも知れない。
だが、勿論、実際の桂葉に笑みはない。
引き攣った顔は白かった。
何度も立ち上がろうと桂葉は試しているが、四肢がいう事をきかないのか、僅かに腰を浮かしても直ぐに崩れ落ちてしまう。
「……う、うう」
絶望的な状況に涙が零れ始める桂葉。
こんなことならば、直登に与えられた期限の一週間を待たずに、答えを出して置けば良かったと悔やむ。そうすれば、少なくとも戦い方を教えて貰えただろう。
もっとも、その決断を伸ばしていたのは桂葉であり、事項自得でしかない。
引き延ばした分のツケが周って来ただけのことだ。
桂葉は両手両足を使って、崩れた姿勢のまま『侵入者』から距離をとる。
(先に延ばして後悔するなんて……当たり前なのに……)
その癖、楽観的に司たちを助けようとしているのだ……。自分の無計画さが恐ろしい。
このままじゃ、結局、自分がここで殺され、次に体育館の入り口で寝ている司たちが狙われるだろう。結局――無意味な死を遂げることになる。
警戒するような足取りで距離を詰めた『侵入者』は桂葉の前で止まった。
体育館の壁に背を付けた桂葉は、『侵入者』の近くで見ると生々しい、昆虫のような光沢をもつ体から視線を反らした。
桂葉を前にして、「キィー」と、不気味な声を発する。
耳に届く深いな音。
それは人を殺す興奮の声なのか。
それとも桂葉を馬鹿にしているのか。
どちらにしてもここで自分は殺されるのだと桂葉は瞳を閉じる。不思議なことに死を意識すると、――脳内を凄い速さで記憶が再生され始めた。
走馬灯と呼ばれるものだった。
桂葉の頭に流れるのは生涯ではなく――司と出会ってからのことばかりだった。桂葉の人生は司と出会ってから全てが変わったのだ。司との出会いは高校生になってから。出会ってまだ、一年半くらいにも関わらずに、司のことばかりが頭に浮かんでいく。
高校に入学したが、クラスに馴染めずに虐められていたこと。
そんな桂葉を司が助けてくれた。
桂葉が虐められていた理由は単純に、会話が成り立たない。絡み辛いという理由だった。どんな言葉を返せば相手が傷付かないか。相手がどんな言葉を求めているのかを考えてしまう桂葉は、悪く言えば「ノリ」が悪い。
高校生になったばかりでテンションの高いク女子達には、それが受け付けなかったようだ。
何をしても困ったような態度の桂葉を「困ったちゃん」などとからかっていた。
まだ、その時は良かった。その一か月後には、桂葉は『無視』され始めていた。
もともと『工業高校』だ。
女子がいないのだから、そうなるのは仕方がないのかも知れない。わざわざ、馴染んできた友達を捨ててまで、桂葉を助けるお人よしはクラスにはいなかった。
本が友達と化した桂葉は、毎日のように図書館に通っていた。
そんな時に――司と出会ったのだ。
「あ! 私その本凄く好きなんだよねー!」
たまたま、図書館に本を返しに行こうと廊下を歩いていた桂葉に、司はそう言ってきたのだ。司の噂は、友達がいない桂葉ですらも知っていた。話しかけてきた相手が司だとすぐに分かった。中性的な司は、桂葉からみても格好良く、綺麗だった。
「それを読んで私はバスケを始めたと言っても過言ではないね」
その時に桂葉が持っていたのは、天才と称されていた高校生バスケットプレイヤーの話だった。天才と称される主人公は、自身の才能に溺れ、悪い方に流されてしまう。周りから甘やかされていた主人公は、悪い友達も多く、彼らにそそのかされ、校則を無視してバイクに乗ってしまう。
そして、交通事故に遭い、二度とバスケが出来なくなる。
校則違反。
不良仲間との関係。
そして、バスケを奪われた主人公に、掌を返すように冷たくなる仲間たち。
「そんな絶望から、弱小高のコーチとして全国大会に導いていく姿は、私の憧れだよ」
初めて言葉を交わす相手にも関わらずに笑みを浮かべる司。
「あとさ、主人公に新しい道を説く祖父が格好いいよね。「盤の上では駒の動かし方で状況が変わる。今、与えられた『駒』で状況を変える努力をしてみろ!」ってさ」
気が付けば司は図書館まで一緒に来ていた。そして、本を探す桂葉に延々と一人で話し続けた。最初は変わった人だと思った桂葉も、小説の話になると興奮することもあり、気が付けば休み時間は常に二人でいるようになっていた。
そして二年生となり、桂葉と司は同じクラスになった。
それから今日まで。
一年生のことが嘘のように桂葉は学校が楽しかった。
「……司ちゃん」
最後にもう一度、司の顔を思い浮かべようとする。だが、桂葉が思い浮かべたものは全く別の物だった。
「嫌な気分になるから」
「戦うのが楽しいから」
それは、嘘か本当か分からない、『侵入者』と戦う直登と赤岬の戦う理由だった。
何故かこの状況でその言葉が桂葉に響いたのだろう。
だが、そんな理由で二人は戦っているのだと、桂葉の中で何かが切れた。
ならば、自分だって小さな理由で戦っていいはずだ。『魔法少女』になっていいはずだ。そう気づいた桂葉は――自分が戦う理由を口に出した。
「私は司ちゃんを助けたい……!」
他の人はどうなってもいい。ただ、今、この場では司を守るために力が欲しい。誰かを守りたいんじゃない。司だけを守りたい。
それが桂葉が力を求める理由だった。
今まで助けられていたんだ。
こんな化け物から司を助けることなんて造作もないことだとだ。桂葉は決意と共に目を開いた。
だが、桂葉は覚悟を決めるのが――遅すぎた。
桂葉の首を切り落とすために振り上げられた『侵入者』の右手が――無情にも振り落ろされた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます