第23話
「…………」
桂葉は一人、『繰間工業高校』にいた。
日は既に暮れ始め、桂葉が学校に着いた時には既に暗くなってしまった。
日曜日の夕方ともあり、泊ってる自転車は3台しかない。
一台は司の自転車。薄紫色をしたママチャリは一際目を引く。この学校でそんな色の自転車に乗っているのは、司一人しかいないのですぐに分かる。女子バスケ部は、『市民体育館』に行くにあたり、一度学校で集まってから、顧問の車で向かったようだ。
顧問の先生も、指導できないことを心苦しく思っているのか、送り迎えをしてくれると桂葉は、今日の昼休憩に聞いたばかりである。
もう一台の自転車は、タイヤの前輪が無い、捨てられたのだと直ぐに分かる。これは桂葉が入学したときからこのままである。
そして最後の一台は――桂葉のものだった。
桂葉は直接会場まで向かったので、自転車は使わなかったのだけれど、二試合目の試合結果を見て、直ぐに家に戻り、自転車で高校まで戻って来たのだ。
「司ちゃん……」
二試合目。
強豪校と当たった結果は悲惨な物だった。
96対15。
4倍以上の点差で、『繰間工業高校』は、負けてしまったのだ。
しかも、相手は、最後の五分間は、メンバー全員を入れ替えててきた。一目でそれは一年生だと分かるほど、初々しく、もしかしたら、高校で初めての試合なのかも知れなかった。
目で見える舐めたプレイ。
それでも10点しか取れなかったのだから、舐められたわけではないのかも知れない。分相応だと相手の監督が判断したのだろう。
その方が残酷だろうが。
桂葉は試合終了後、すぐに司の元にへと行ったのだが――話しかけられる空気ではなかった。地面を見て悔しさに震える司。そしてなによりも――あんな司の表情を、桂葉は初めて見た。
桂葉が弱い表情を見せることは在っても、司が見せるのは初めてで、自分に何かしようと考えた結果が、『一緒に帰る』ということだった。
その為に、こうして自転車に学校にへとやって来たのだ。
桂葉は空を見上げる。
光る星が赤い夕日に溶けていた。あんな風に自分も司の弱さを慰められるのかどうか……。
「返事……どころじゃないよね」
夕方、直登たちにへと返事を返そうと決めていたが――桂葉にとっては、『魔法少女』よりも、親友の初めて見せた弱さの方が大事だ。
それに直登たちからの催促の連絡は来ていない。朝送られてきていた赤岬のメッセージが最後。申し訳ないとは思うけれど、司を優先する桂葉の思いが変わることはない。
「……」
連絡が来ていないことを、最後にもう一度だけ桂葉は確認した。やはり催促は来ていない。
桂葉は安堵する。
「ひ、人として……駄目なのは、わ、分かってるけど……。で、でも……、ど、どんなことよりも、司ちゃんが大事だから」
誰に聞かせるでもない言い訳を桂葉が呟く。司の為ならば、何をしてもいい。自分の意志をあまり持たない桂葉の中で、唯一その思いは固かった。
『魔法少女』のことよりも司の心配をして帰りを待つ。
そこから更に20分ほどしたところで、正門から、一台の白のワゴン車が入ってきた。体育館の前で車は止まり、5人のジャージ姿の女子生徒たちが降りてきた。その中には司もいた。
後ろの荷台から、バスケットボールが入っている大きめのバックを取り出すと、体育館の中へと入っていく。
どうやら、駐輪場で待つ桂葉の存在には気付かなかったようだ。
「……」
後片付けをしてから終わるのだろう。それにしても、やはり女子バスケ部の空気は重かった。
なんて励まそうかと頭の中で色々と考えるのだか、桂葉は結局空を見上げるだけである。何も想像できない。
こんな時にも、気の利いた言葉の一つも思いつかない自分の無力さに桂葉は下唇を噛む。司は桂葉のために尽力をしてくれているというのに。
駐輪場で司の自転車に近づいてそっと触れる。
少しでも司の力を分けて貰おうとしたが、自転車からは冷たさしか感じなかった。
「な、なに……やってるんだろ……、わ、私」
そっと手を離して結局司に頼ろうとしている自分を笑う。
そして、司がいる体育館を見つめた時――、桂葉の胸の内から、恐怖で冷える感覚と焦燥が混ざり合った感覚が体を支配していく。
「こ、これって……」
桂葉はその感覚を思い出す。
『侵入者』と呼ばれた化け物の――気配だ。
前回は、漠然とした『恐怖』でしかなかったが、今の桂葉が感じているのは『恐怖』だけではなかった。『恐怖』以上に焦る気持ちが体を支配する。
何故ならば――『侵入者』の『気配』を感じるのは、桂葉が見つめていた体育館からだった。
まだ、『気配』で『侵入者』の強さを把握できるほどに、桂葉の察知能力は洗練されていないが、場所だけは分かる。
「あ、あ……。そ、そんな……。つ、司ちゃん!」
『侵入者』は人を喰うと言っていた。でも、それ以上に『結界』は人がいない場所にへと導くのではなかったのか。
様々な疑問が浮かんでくるが、その全てを無視して桂葉は体育館に走り出した。
司たちがいるであろうバスケットコートを目指す。
『侵入者』が現れた場所にいる司たちは、既に意識が奪われているかもしれない。
扉を勢いよく押して中に入る。
体育館の中に入った桂葉の目に飛び込んできたのは、荷物を手にして倒れている生徒達だった。5人の女子生徒と顧問の教師が一人――地面に伏していた。
全員、意識はない。
丁度帰るところで『侵入者』の空間に当てられて意識をなくしたようだ。体育館の中は既にノイズがかり、薄暗く変化し始めている。
「……せ、せめて、ここから遠ざけないと……」
桂葉は少しでも『侵入者』から、司たちを引き離そうと、小さい体を使って体育館の外に運んでいく。力のない桂葉では、倒れた人間を引きずるしかない。更には時間も浪費してしまう。『魔法少女』ならば、常人以上の力が出る筈なのに、未だに桂葉は非力なまま。
完全に『魔女』に覚醒しなければその力は使えない。
例え意識を保てたとしても、それでは役に立たない。
「な、なんで……? わ、私も『魔法少女』なら、力が……」
こうなっては直登たちに助けを求めるしかないと、手を止めて連絡をしようとするが、しかし、直登たちも『侵入者』の『気配』を感じることが出来るのだから、直ぐに駆けつけるだろうと再びバスケ部の移動に専念する。
桂葉は、なんとか残った女子バスケ部を体育館の外に運ぶと、入り口の扉を閉めて内側から鍵をかける。『侵入者』にとってはこの程度の防犯など、気休めにしかならないだろうが、それでも少しは安心感がある。
扉の内側から、横たわる司を見る。
その横顔はやはり美しかった。
「はぁ、はぁ……」
息を荒げながらも桂葉は『気配』が強くなった二階を見る。直登たちがいつ来るのか分からない以上、できる限り自分が足止めをするんだ。
司を守るために。
桂葉はゆっくりと、階段を登っていく。
フロア一面に走るノイズに桂葉は眉をしかめるが、覚悟を決めて、二階のコートに足を踏み入れた。そして最も『気配』を感じる体育館のステージをみる。
数メートル、コートよりも高い位置に付けられたステージの中心に、光る扉があった。出てくる相手がせめて、『羽化』する前の『侵入者』であることを桂葉は祈る。
だが――桂葉の願いは、こういう状況で叶ったことはない。
光の扉から現れたのは、先日、赤岬が倒した、虫のような外観を持った『侵入者』であった。形は似ているものの、全く同じという訳ではなく、大きな複眼の目。細い触覚。
だが、何よりも目を引くのは、『侵入者』の両腕に付いた鋭い鎌だ。人間を容易く引き裂けるであろう曲線を描く刃。
蟷螂と人を合わせたような姿に桂葉の体は怯えてしまう。
そんな桂葉の存在に気付いたのか――『侵入者』は威嚇するように鎌を振り上げた。
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