第22話

 司の背を見失った桂葉は、司に励まされることで消えた、避けけない自分が蘇るよりも早く行動を移そうとする。このまま時間を空けたら、また、恐怖に押し潰されてしまう。

桂葉は急いで靴を脱ぎ、靴下のままに、体育館内のフロアへと足を踏み出した。多少汚れはあるものの、しっかりと掃除がされているからか、靴下だと想像以上に滑る床面だった。

転ばないよう気を配りながらも、階段へと足をかけた。

 二階は球戯場。

 三階は観客席になっているようだ。

 桂葉は応援をするのだから、球戯場にへと入ろうとする。が、球戯場へと続く黒いスライド式のドアは閉じられていた。

 中に入ろうかと扉に手を伸ばしたところで、白い張り紙の文字が目に入ってきた。桂葉はその言葉を小さく声に出す。


「か、関係者以外……た、立ち入り禁止。お、応援は三階で、お、お願いします……」


 選手たちが試合に集中できるよう、厳しく管理されているようだった。桂葉は中に入らなくて良かったと安堵しなから、再び階段を登っていく。

 三階の観客席は4面を囲むようにして水色をしたプラスチックの椅子が置かれていた。


「ま、真ん中の……こ、コートだよね……」


 司が言っていた通り、桂葉は三面あるコートの中央が良く見える場所へと移動する。『繰間工業高校』を応援する人間は少ないからか、観客席は殆どが空いていた。後ろの方は選手たちが使っているのか、スポーツバックが置かれており、座る場所がない。桂葉は、前から二番目の列に座った。

 司たちの試合が始まるのを待つ。

 桂葉から見て、奥のハーフコートを使ってアップしているのが、『繰間工業高校女子バスケ部』だった。桂葉にとって司は遠くから離れても直ぐに分かる。

 一人だけ纏っている空気が違うのだ。

 緑色のユニフォームの上からシャツをき司が、ドリブルをしてシュートを決めていく。運動に疎い桂葉でも、バスケ漫画は見たことがあるので、「レイアップシュート」や、「ジャンプシュート」位ならば分かる。

 細かいルールまでは覚えていないのだけれど。


「か、格好いいな……」


 流れるように次々とレイアップを決めていく司。戦う女戦士が実在したらこんな感じなのかな。と桂葉は頬を高揚させる。

 対戦相手が強いのかは、勿論、桂葉には分からないが――流石に、人数で圧倒的な差があることくらいは分かる。

 対戦相手も体を動かしているので、完璧な数は把握できないが、少なくとも二十人近くはいた。『繰間工業高校』の4倍である。


「……ば、バスケに、れ、レンタル制度ないのかな?」


 人数が多いのであれば、司たちにチームに相手が何人か入ってくれれば、同じ人数でいい勝負ができるのにと桂葉は思う。しかし、これは勝負なので当然、そんな制度はある訳もない。仮にあったとしても、対戦相手が本気になるわけもない。

 競争意識が薄い桂葉は、そんなことも分からないのだ。

 「ブーッ」と警笛がなった。。

 どうやらアップの時間が終了したようだ。両チームそれぞれ、自分たちのベンチに戻っていく。パイプ椅子を並べただけのベンチだが、人数が違うだけで印象が変わって見える。相手チームは和やかでワイワイとしているが、司たちはひどく寂しい。

 桂葉は心配になるが、試合を行う司たちは当然、この空気には慣れたもので、真剣な面持ちでシャツを脱ぎユニフォームを露わにする。


「は、はじまる……」


 自分が試合に出るわけでもないのに、まるでベンチにいるかの如く緊張し始める桂葉。

 選手たちがコートの中心に並んで一斉に礼をすると、散り散りにセンターサクルを囲んだ。


「が、頑張って……つ、司ちゃん……」


 人数の差は応援にも影響があるようで、相手は盛大に声を上げて空気を上げていく。対して誰もいない『繰間工業高校』は無言である。

一人で大きな声を出せない桂葉は小さく、呟き、祈るように手を組んだ。

 これが桂葉ここの精一杯の応援だった。



「お、おめでとう、司ちゃん」


「ありがと。相手との実力は同じくらいだったから、どうかと思ってたんだけど、なんとか勝てて良かったよ。これも、ここが応援してくれたおかげだよ」


「わ、私は……。み、見てただけだから」


「それが嬉しいんだって。親だって子供を、木の上で見てるだけなんだから」


「……。そ、それは漢字の、お、覚え方で、ほ、本当のゆ、由来は違うんだよ」


 二人は体育館の外に出て、近くにあった公園で昼食を取っていた。

 木製でできたテーブルを、同じく木製のベンチが両脇に設置されていた。

 利用者を日差しと雨から守るためだろう。4本の柱で固定された屋根があった。周囲は木々に囲まれ、休憩するには丁度良い。

 そんな場所に、司と桂葉は向かい合って座っていた。


「そうなの。じゃ、漢字じゃなくて感じ方の問題ってところかな」


「……」


「笑っていいんだよ? ここ」


 試合の直後だからテンションがおかしくなってるのだろう。桂葉は司の言葉に触れない様に話題を変える。


「……し、試合凄かったね」


 体育でバスケの試合を見ることは在ったが、やはり、しっかりと練習しているものと遊びのレベルは天と地の差があり、目まぐるしく代わる攻防に、桂葉は熱中してしまった。

 

「つ、司ちゃん格好良かった。た、沢山ゴール決めてたもん」


「うーん。今回はたまたま、相手に私より背の高い選手がいなかったからねー。多分、次の試合はそうはいかないよ」


「そ、そうなんだ……」


「それに、次やるところは、この辺で一番の強豪だからね」


 全員が髪を短く揃え、中には坊主にまでしている選手がいると、司が対戦相手の説明をする。どうやら、桂葉が体育館前で見た、あのチームが次に司たちと対戦する相手らしい。トーナメント方式で優勝を決める今大会において、シード権を与えられているとのことだ。

 当然――強いのだろう。


「た、大変だよね……」


「まあ、相手が誰だろうと頑張るしかないね」


 そう言って司は、テーブルに置いていたコンビニの袋から、箱に詰められている長方形の栄養食を取り出した。コンビニの袋の中には、スポーツ飲料とそれだけしか入っていなかったようで、風で飛ばされないように、ぺとボトルで空になった袋を押さえた。


「で、ここはどうなの?」


「え?」


「はぁ……。なんで、私が試合見に来るように誘ったのか忘れたの?」


「……あっ」


「それは忘れてた反応だね……」


「わ、忘れてたっていうか……」


 意識的に思考の外へと追いやっていたのだけれど、司の言葉で一気に中心にまで引き戻された。

 逃げたる場所なんてないだろうに。


「何のことか教えてくれたら、私も役に立てるかもしれないのに……」


「ほ、本当に、大きなことじゃないから。つ、司ちゃんは試合に集中して……」


 一試合、司の試合を見たのだけれどまだ、答えは出ていなかった。大きな決断をするときに、ギリギリまで先延ばしてしまうのが桂葉だった。

 悩める間は悩んでしまう。

 そうすれば、他の誰かが救いの手を差し伸べてくれることもある。

 そしてそれは大体が司だった。


「ここが言えないならいいんだけど……」


 しかし、今回ばかりは司の救いを受けるわけにはいかない。


「ご、ごめんなさい」


 謝る桂葉。支配は現在昼時間となっており、試合全体が一時間ほど行われないことになっている。その時間を利用して食事にきたのだが、桂葉は食事の購入を忘れたために、何も用意していなかった。

 司が一緒に買いに行こうとも言ってくれたのだけれど、試合前に余計な手間をかけたくない。

 桂葉は、後で買うからと説明して、体育館の一階にあった自動販売機でミルクティーを購入した。食の細い桂葉は、昼を飲み物だけで済ませても問題はない。

 司は良しとはしてくれないだろうが。

 そんな司も、この後に試合が控えているからか小さな栄養食のみだ。

 当然、その量では直ぐに食べ終えてしまう。

 袋にゴミを入れて言う。


「いいって。ただし、次の試合も精一杯応援してよね!」


「も、勿論だよ!」


 二人はその場所で昼休憩が終わるまで一緒に過ごすのだった。

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