第20話
直登が地下にある訓練室ヘと入って一時間が経過した。寝不足とは思えないほど汗を流す直登は、それでもまだ、素振りを続けていた。
黙々と剣を振るう。
汗が流れる顔は――やはり重苦しい表情だった。
そんな中、訓練室の扉が開いた。
ふわりと甘い香りが部屋に流れ込んできた。無機質な訓練室が、一気に華やかに色付いた。
「朝ごはん作ったよー!」
赤岬が、朝食にとパンケーキを焼いて持ってきてくれたのだった。
見ただけで柔らかいと分かる、細かく空気が抜けた生地が三枚。その上には苺、ブルベリー、バナナが絶妙なバランスに飾り付けられ、互いに支えるように一番上の生地に乗せられていた。はちみつで金色に 光るフルーツが、直登の運動した直後の胃袋を刺激する。
「もう気が付いたらいないんだもん。一声かけてよね!」
直登の方に両手で皿を持ちながら近づいてくる。
「……俺、言ったよな?」
直登はしっかりと赤岬に声をかけてから修行を始めた。
「言ってないよー。聞いてない」
「……お前、返事をしたと思ったけどな……。ま、いいけど」
「いってらっしゃい」と言われたのだけれど、赤岬が上の空だったのだろう。そこをしつこく否定する気はない。
赤岬は、パンケーキを床に置くと、地下室から出て、もう一皿、自分用のケーキを持ってきた。直登は三枚であったが、赤岬の分は5枚生地が載っていた。
運動をした直登よりも多い枚数食べるようだ。
「……そんなに食べるのか?」
「当たり前だよ。もう、期待と不安で、食べないとやってられないよ!」
「なんで、お前が緊張しているんだと。ただ待ってるだけなのだから、そこまで考えるなよな……。いただきます」
皿の隅に添えられていたフォークとナイフを使って食べ始める。力を入れなくとも生地は切れるようだ。しかし、胡坐の姿勢で両手を使って切り分けるのは難しい。ただですらお洒落なパンケーキなど食べる機会もない直登には難易度が高いのか。
丁寧に食べることを諦めた直登。左手で皿を持ち上げると、フォークを使って強引に切り分けて口に運んだ。
直登の行動に赤岬は言う。
「直登はいつと変わらないねー。私なんて食事が喉も通らないよ」
「今まさに、食べなきゃやってられないって言っただろうが」
「――自分が前に言ったことも忘れるくらい、混乱してるんだよ! あー大変。緊張でなんか病気になるかも」
「……安心しろ。普段もそんな感じだ」
可笑しなところは何もない。
喉も通らないというのは、冗談だったようで、胡坐を掻き(今日は日曜日であるため、薄紅色のホットパンツに白いTシャツである)、自身が作ったパンケーキを美味しそうに食べた。
直登とは違い、丁寧にフォークとナイフを使っている。育ちのよさげな食事の仕方だった。しかしここは訓練室。
マナーは特にない。
だから、自分の食べ方が汚くとも、直登は気にしないし、赤岬も特に何も言わなかった。三枚の生地を物の10分程度で直登は平らげた。
赤岬の作ったパンケーキは食べやすかった。
「ふぅ……。ご馳走様。朝から贅沢だったな」
食べる際に零れ落ちてしまった果物も一つ残らず食べた直登は、朝食をありがとうと頭を下げた。
「今日は特別な日だからねー! 前祝ってやつだよ」
桂葉が仲間になる日だと赤岬。
「……期待しているところを悪いが、多分――桂葉さんは仲間にならないぞ」
「え?」
直登の言葉に赤岬の動きが止まった。止まった時の僅かな衝撃で、フォークの先端が差し込まれていたパンケーキの欠片が抜けた。
苺の上に落ちる。
皿の上で動きを止めた生地。
それが合図になったかのように、
「な、なんで!?」
と赤岬は直登の言い分に食いかかる。
桂葉は絶対仲間になると赤岬は主張してきた。
「普通に考えろ。……あんな戦いを間近で見て、「私も『魔法少女』に成りたいです」なんて言う馬鹿がいると思うか?」
化け物と戦いたい。
悪の組織と戦いたいっていうのは妄想だから言えるんだ。実際に在ったら目を反らして生きていくのが人間だ。
だが、それでも赤岬は否定する。
「いるよ! 私は戦いたいっていうもん」
「……お前は馬鹿だから例外だ」
「そんな……」
「ましてや、桂葉さんは見た感じ、優しそうで真面目そうだからな。多少は迷うだろうけど、結論は変わらないだろう」
仲間にはならないと。
『魔法少女』に『覚醒』しようとも、普通の生活に支障が出るわけではない。ただ、力が手に入るだけだ。もっとも、『魔法少女』の力を、日常で乱用する人間もいるだろうが……。
しかし、桂葉ならばそれはない。
『魔法少女』でなく、普通の少女として暮らしていけるはずだ。
分かったように言う直登。
「……うう、直登に何が分かるんだよ!」
「分かるも何も、これが普通の人の意見だ」
人の考え方はそれぞれ違くとも近いものだ。でなければ、同じようなドラマを見て、アニメを見て、人気が生まれる筈はない。
しかし、赤岬からすれば、例え、直登のいうことが正しくとも、直登が『普通』であるとは認められなかった。
「直登が普通だったら、私なんか超普通だからね!」
「……普通を超えたらそれは、普通なのか?」
「ともかく! 結論を出すのはここちゃんなんだから、直登は黙っててよね!」
ガツガツと勢いよくパンケーキを口に放る。
さっきまで丁寧な食べ方はどこへ行ったのか。フォークを突き差さん勢いで、乱暴にパンケーキを串刺しする。
ケーキから垂れたハチミツが、皿の上に零れた。
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