第19話
「はぁ……」
『機関』から自宅へと戻った桂葉は深いため息を付いた。
桂葉の自宅は、初めて直登と赤岬を目撃した倉庫から、そう離れていない場所に位置する。
今思えば、あの夜に、倉庫へと向かってしまったことが――全ての始まりであった。
「なんで、あの時……、行っちゃったんだろう」
直登に出会ってから、何度したか分からない後悔の回数を、また一つ重ねる桂葉。
家に帰る途中に見慣れない二人組を見かけた。
普段ならば、それだけのことで、人の後を付けるなど、桂葉は絶対にしない。なのに、何故か、あの日は、自然と後を付けてしまっていた。
「それも、『魔女の証』のせいなのかな……」
『魔女の証』を持つ者同士、自然と惹かれ合うとか。
そのことを、直登にも告げたが、「前例がないから何とも言えない」との回答しか得られなかった。可能性は零かも知れないし――有なのかも知れない。
そんな曖昧な言葉だった。
桂葉は役に立たない情報を頭から追い出そうとするが――そう簡単には離れない。
「はぁ。また、考えてる……。考えても、し、しょうがないのは分かってるけど……」
桂葉はベットの上に仰向けに倒れた。
今日は天気が良かったから、母親が布団を干して置いてくれたのだろう。日の香りが桂葉を抱きかかえた。心地よい香りと感触に直ぐに眠りに落ちそうになる。
だが、一週間と言う短い期間で、命がけの戦いに参加するかを決めるように言われているのだ。しっかりと考えなければ……。
「なんて、無理に考えなくても、戦わなくていいって言われてるんだから――い、いいんだよね?」
直登と赤岬の言葉を信じれば――迷う必要すらない。
赤岬は戦いたいと言うし、直登も無理をしなくていいと言ってくれていた。
大体、こんなことで迷ってる人間が仲間になったところで――迷惑をかけるだけだ。なにより、例え自分が『魔法少女』だったとしても、誰よりも弱いことは自分が一番理解している。
赤岬のようには――戦えない。
それでも、こうして迷うのは、桂葉が優しすぎるからだ。
「でも……。もし、私が戦えるのに戦わないで、誰かが――」
黒い羽根を持つ『侵入者』に、人が食べられる想像をする。長い爪で上半身を切り、鋭い歯で骨を砕きながら食欲を満たす。
考える必要のない想像を働かせてしまう桂葉。その『妄想』は更に加速する。
自分が戦わなかったがために、直登も赤岬も『侵入者』に敗北し――世界全てが『侵入者』に喰いつくされた世界を……。
自分の妄想に震える桂葉。
考えすぎと司にも言われているのだが――どうやったって治りそうにはなかった。
☆
「どうした、ここ。なんか元気ないみたいだけど?」
「う、うん」
翌日、人と言うのは怖いもので、重大な決断を迫られているというのに――いつもと同じ時間に起き、朝食を食べ、自転車に乗って通学していた。頭の中では『魔法少女』について考えているのだが――まるで、 非日常の出来事から、日常へと逃げているかの如く、授業を受けていたのだった。
桂葉が両親に『魔女』の話をできないことと、学校をサボることが出来ない優しい少女だからなのだろうが……。
昼休み。
前の席の司と机を合わせて昼食を食べようとした時だった。『繰間工業高校』は女子が少ないからか、同じクラスの女子達は必然的に近くになるように調整してくれる。
更には席の場所も気を使ってくれているようだ。
二人の席は教室の一番前の窓際。廊下側でないところが、クラスメイト達が気を使っている証なのかも知れないが、二人にとって場所はどこでも良かった。
席が近くなら文句はない。
司と向かい合う形で座る。
その状況の中、桂葉の態度を不審に思ったのだろう。じっと桂葉を見ていた司が、桂葉に何かあったのかと聞いてきたのだ。
「……やっぱ、あの二人に何かされたんじゃないの?」
「べ、別に、何もなかったよ」
「本当……? 二人がここを狙ってたのは覚えてるんだけど、なにを話したのか覚えてないんだよね……」
司が不思議そうに首を傾げた。
『侵入者』の作り出す不気味な空間に近づいた司は、意識を失った。その影響だろうか、その前の記憶が曖昧になってしまったようだ。
直登と赤岬。
二人と話したことは覚えているのだが、どんな会話をしたのかどう頑張っても思い出せなかった。
「大丈夫だよ……。む、むしろ……良くしてくれて」
「ふーん、そうなんだ」
司は学校に来る前に買ってきたであろう菓子パンの袋を開ける。
桂葉は、毎日両親がお弁当を持たせてくれるが、司の家はそうではないようで、毎日学校に来る前に購入しているらしい。
何故、毎日買ってくるのか。購買で買わないのかと桂葉は一度訪ねたことがあった。
わざわざ、来る前に毎日買うのは大変じゃないのかと桂葉は思ったのだが、
「あんな混んでる場所で、休み時間潰すなんて勿体ないじゃん」
だそうだ。
昼休みの購買とコンビニでは明らかにコンビニの方が空いているだろう。金額的にもそこまで差はない。
桂葉は購買には殆ど行かないが、それでも、凄い混雑しているのは知っていた。
きっと、購買で何かあったのだろうと、深く掘り下げることはしなかった。上級生が自分よりも先に購入したとかしてないとかで、殴り倒したって噂も流れるくらいなのだ。
司の性格で何も無い訳がない。
桂葉は菓子パンを千切って口に入れていく司を見る。司がやると、手に持っている菓子パンも凄い美味しそうに見えるから不思議だ。
桂葉はその感想を毎日のように思っていた。余りに綺麗なので、密かに帰りに同じ菓子パンを買って食べてみたのだが、司のようにはいかなかった。
桂葉がやると、ただの田舎少女だった。
「…………」
しかし、『魔女』の話を両親に出来なかったように、司にも言いづらい。そもそも『魔女』なんて誰が現実にいると思うのか。
自分が変わり者だと心配されて終わりだ。
ならばせめて、司が自分の立場だったらどうするのかと桂葉は聞く。
「そ、そうだ……。司ちゃんに、き、聞きたいことがあって」
「なによ、改まって」
「あ、あのね、もしも、もしもだよ? もしも、司ちゃんが、正義の味方になる素質があるとしたら――司ちゃんは戦う? もう一人、正義の味方が既に世界を守っていたとしても」
戦う力があって、自分が戦わなくても世界は守られている。
そんな状態でも司は戦いに臨むのかと桂葉。
司は桂葉の問いに、「どうしたの」とハニカミながらも考える。司が黙ることで周囲の声がよく聞こえてくる。工業系男子たちが大きな声を上げながら何やら騒いでいた。恐らく、今、流行のスマホゲームで対戦や協力プレイに勤しんでいるのだろう。
スマホを桂葉と司は持っているが、二人共ゲームアプリはダウンロードしておらず、ただ、連絡用と割り切って使っていた。
桂葉は、機械音痴だから余計なことをしないようにと。
司はゲームが苦手だからという理由で。
しばらく黙っていた司の口が開く。
「急にどうしたのよ……なに、また中二病?」
司の中で答えは出てるのだろうが、それよりもまず、何故、桂葉がそんなことを聞くのかと質問で返した。
「ま、またじゃないよ……。ち、ちょっと……、気になって」
中二病は赤岬だけだと、桂葉は口を滑らせかけるが思い留まった。
司は二人を敵視している。記憶も曖昧だし『侵入者』を見ることもないだろうから、大丈夫だろうが――桂葉を『魔法少女』に勧誘していることを知ったらどうなることか。
『機関』にへと殴り込みに行きかねない。
司は桂葉に対して、過保護な部分があるのだった。
桂葉の理由にもならない答えに
「うーん。そりゃ、なるんじゃない?」
自分の意見を伝えた。
実際のとこと司が、桂葉にこんな質問をされるのは初めてではなかった。お気に入りの小説を読むと、桂葉は決まって「どう思う?」と、司に問いかける。「もしも、勇者と冒険に出たら」とか、「名探偵になったら」などと聞くのは、桂葉の癖みたいなものだった。
桂葉がそんな質問をするのは、気を許している証拠でもあるので、司は悪い気持ではなかった。
「じ、自分以外にも……、ひ、一人、ひ、ヒーローがいるんだよ?」
「うん」
人数がどれだけいても関係ないと。
「命の危険があっても?」
「うん」
自分の命か人の命か。
司は迷わずに自分の命を捨て、人を救うことを選択する。
「…………や、やっぱ、司ちゃんは凄いな……」
「なに、本当にどうしたの?」
普段ならば、どこか「妄想」の域を出ないが故に、真剣ではない。だが、今日の桂葉は如何にも真面目であった。
弁当を開け、箸を手にしているが、弁当の中身は減っていない。食べるのも忘れるほど、考えている桂葉だった。
「な、なんでもないよ……」
司に向かってそう言うと、ようやく弁当を食べ始めた。
昼休みに入って10分が経過していた。
司は既に菓子パンを一つ食べ終えて、二つ目を取り出した所だった。見ただけで甘いと分かる、過剰にチョコでコーティングされたパンを、一口頬張った。甘い物好きな司だが、カロリーを気にしている姿を桂葉は見たことがない。
運動しているから、その程度のエネルギーは直ぐなくなるのだろうけど。
「そう? で、ここはどう思ってるわけ?」
桂葉が司にこういった類の質問をする時は、決まって自分の話を聞いて欲しい時なのだ。露骨に聞きにいくと桂葉は黙ってしまうので、司はまずは、自分の意見を述べてから聞くようにしていた。
長い付き合いだから、二人は互いのことは良く分かっていた。
「わ、私は……た、戦えないかな……。こ、怖いし……、よ、弱いから」
桂葉の言葉に、黙って口の周りに着いてしまったチョコをペロリと舌で舐めた。
「だから、ここは考えすぎなんだって」
頭の中で聞こえた声が――桂葉の耳に流れてくる。
「例え、戦うことで、自身にプラスになることがなかったとしても――私は戦うと思うな。」
メリットなんてなくても――人を守ることに理由なんていらないと司は言う。もしも、この言葉を言ったのが、赤岬ならば桂葉は信じもしなかっただろうけど、司が言うと言葉の重みが違かった。
何故なら、実際に彼女は、『繰間工業高校』と言う、男子校に近い中で、男子たちと対等に過ごしているのだから。
更には女子バスケ部の創部。
男子から女子を守ったり。
高校に入ってからの司の活躍を上げればきりがない。
桂葉にとって、司は憧れの存在だった。
「だって、人を守れることがプラスじゃん」
憧れる笑顔で司はそう締めくくった。
流石の司も一応は恥ずかしさがあったのか、「早く食べないと貰っちゃうからね!」と、桂葉の弁当箱に入っていた唐揚げを手で一つ撮むと、即座に自分の口の中に放り込んだ。
「やっぱ、桂葉のお母さんの料理は美味しいねー」
「う、うん……」
質問に答えても、やはり、元気のない桂葉が心配になったのだろう。いつもと違う様子に、司は顔を覗き込んだ。
綺麗で長いまつげが触れそうになる。
「だ、大丈夫だよ? 本当に。ただ、ちょっと、考え事が……」
「うーん。そっか。ならさ、日曜日、女子バスケ部の試合があるから見に来ない?」
「へ?」
「うちの部は強くないけど、頑張りなら負けないからさ、見たら絶対悩みなんて吹き飛ぶって」
「そうかな……」
「そうだよー。うん、そうだ。絶対に来てよ。私の頑張ってる姿、ここにも見て欲しいしさ」
日曜日。
それは、直登に定められた一週間というタイムリミットだった。
まだ、一日目で答えは全く出ていないのだ。一週間後に結論を出せるかと言われても無理だろう。ならば、司の試合を見て、どう感じたのかで決めるでいいのかも知れない。
バスケの試合は午前中からだとすると、直登に返事を返すのが夕方に成ってしまうだろう。しかし、『一週間後』と直登に言われただけで、時間指定はされてはいない。
問題はないだろう。
桂葉は司の言葉に甘えることにした。
「じ、じゃあ……、お、応援に行くね……」
「よーし、じゃあ、頑張って練習しないと!」
桂葉が応援に来ると分かった司は、残りの菓子パンを勢いよく口に押し込んだ。
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