第18話

『魔法少女』になるのに必要なものなど――精々運位である。『妖精』やら『精霊』やら『宇宙人』やらが、力を授けてくれたり、願いを叶える代わりに『魔法少女』になるなど――何もない。

 言い換えれば、『魔法少女』になるメリットなど――一つもないということだ。


「たまたま『魔法少女』になって、戦うことになる。得られるものは何もない。ただの危険なボランティア……」


 それが『魔法少女』だと直登は言う。

 得るものが何もないのであれば、何故、二人は戦っているのだろうか。『侵入者』の恐怖を完全に乗り越えられていない桂葉は知りたかった。

 『侵入者』が現れるあの感覚が――また来るのかと思うと身体が震える。

 不安だった。

 そんな桂葉の暗い表情に対し、


「俺は、俺が『侵入者』のことを知ってるのに、何もしないで、人が襲われたら気分が悪い。だから戦う」


 直登は自分の戦う意味を告げた。

 井伊家に生まれて、『魔法少女』を見つけて、共に戦うように育てられた。自分は知ってるのに、知らない人間が殺されていくのを見るのは、嫌だった。

 直登は人を守りたくて戦っているのではない――自分が嫌な思いをしたくなかった。その結果が人を守ることに直結しているだけ。

 自己満足の延長で戦っている。

 それが直登の戦う理由だった。


「直登、『そういうところ』あるよねー。だから、あんまり、私にも戦わせないんだもんね」


 赤岬が笑って直登と桂葉の間に座った。

 直登は『魔法少女』である赤岬に戦いを任せるのも、よしとしない。

 自分で対処できるなら、一人で戦う。

 だから、『羽化』する前の『侵入者』は基本、直登が倒すようにしていた。

 欲を言えば、『魔法少女』に頼らなくても、『侵入者』全てを倒せるほどの力を求めているが――鍛錬だけでは限界がある。

 そのジレンマを抱えて直登は戦いを続けているのだった。


「さーな。てか、お前の戦う理由聞いたら、誰でもお前を戦わせたくないって」


 と、隣に座る赤岬に視線を流して呆れたような口調で言う。

 同じ『魔法少女』として、赤岬の戦う理由が知りたいのだろうか、身体を少し傾け、桂葉は背筋を伸ばした。


「……あ、赤岬さんの戦う理由って?」


「そんなの決まってるじゃん!」


 座ったばかりだというのに、赤岬がソファの上に立ち上がった。

 黒いスパッツが直登の顔の高さに丁度あたるが、スカートの下であろうとも、スパッツはスパッツであり、変な気持ちになることはない。

 履いてる相手が赤岬だからという理由の方が強いのだが……。

 赤岬は天に右手の人差し指を突き上げた。


「戦いたいからだよ! 『魔法』だよ? 『魔法少女』だよ? 『ヒーロー』だよ! それって凄い楽しいじゃん!」


「楽しいって……」


 予想の斜め上を行く回答に、ただただ凍り付く桂葉。

 まさか、戦う理由に「楽しい」が出てくるとは思わなかった。直登の理由も納得できたかと言えば、出来ていないが、それでも、多少は共感できた。何かを諦めた時の感情に近いものがあるから。

 だが、赤岬の理由は、共感どころか、反発の意しか桂葉は持てなかった。

 直登はそんな桂葉を気遣ってか、


「な? こんな馬鹿を戦わせたくないだろ?」


 桂葉に笑いかけるのであった。


「ぶー。何でだよ! こんな漫画やアニメの世界、普通じゃ出来ないんだよ? 私からしたら夢が叶ったんだもん!」


「この中二病が……」


「ちっちっち。本当に『魔法少女』になったんだから、中二病じゃないぜ? その上――、つまり中三病だぜ?」


「中二病に学年はねぇよ」


 突如として、ひと昔前の少年漫画のような口調で語りだした赤岬。

 面倒くさいのが始まったと直登は適当に相槌する。軽く足なわれようとしているのだが、どこから、その熱さが出てくるのか。不敵に笑いながら赤岬は言った。


「そうか。中三病じゃないのか……。ならば――私は『魔法症状』だ!」


 『魔法少女機関』の中が、無になり静となる。


「……凄い詰まんないから、それ……」


 沈黙をなんとか直登が破る。意味も分からない上に、面白くない赤岬のボケに突っ込んだ。赤岬本人は至って真面目なのだが、どうやら本気度は、二人には伝わらなかったようである。


「わ、私もそう思います」


 こればかりには、はっきりと直登に同意する桂葉。


「ここちゃんまで!?」 


 桂葉にも否定され、ガックシと崩れ落ちるようにしてソファに座った。

滑るように腰を落とした赤岬。


「折角、シリアスな話してたのに、台無しじゃないかよ。桂葉さんに、どんな理由であっても――戦う意志があるか聞くいい機会だったのによ」


「うん、そうだね」


 傷を負った赤岬のテンションは打って変わって低くなり、床を見つめる。その視線にすら、力が込められていなかった。

 どれだけ、さっきの言葉に自信を持っていたのか、逆に知りたくなる直登ではあるが、今、知るべきはそんなことではなく、桂葉のことである。

 これから、共に『魔法少女』として、『侵入者』と戦うのか――直登は桂葉へと問いかけた。


「桂葉さんは、『魔法少女』として戦う? 別に戦わないならいいんだ。ほら、幸いにもこの時代には二人、『魔法少女』がいるわけだし」


 桂葉一人であれば、なんとしてでも力になってもらいたいが、赤岬がいる。

 桂葉には辞退する選択肢も残されていると告げる。無理して戦う必要がない。戦う理由がないのであれば――戦わなければいい。そんな明白な行動原理を桂葉は選べるのだった。

 こういう時に赤岬の『戦う理由』は救われるなど――直登は本人には言えなかいが。


「……」


 直登の問いかけに答えることが出来ない。

桂葉は心が優しいからこそ、すぐには断れなかった。直登と同じで、人が傷付くのを黙って見ていたくはないけれど、怖いことも嫌だ。

 二つの感情が桂葉の心でぶつかり合う。


「ま、無理に今すぐって訳じゃないよ。そうだね……。一週間後、またここに来て貰っていいかな?」


 桂葉の答えは――一週間たっても出なさそうではあるが。

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