第16話

 『魔法』を発動した赤岬。

 『魔法』を使ったとはいえ、一般的に『魔法少女』として連想されるであろう姿――フリフリとした可愛らしい衣装に変化することはない。

 制服のままだ。

 見た目に変化があるとすれば――両腕に巨大な手甲が装備されたことだろう。赤岬の身長ほどはある巨大な手甲。両手を胸の前で会わせて防御を取るような姿勢を取る。そうすると手甲の模様が一匹の生物を浮かび上がる。

 梟(ふくろう)だ。

 手の甲に浮かんだ梟の瞳が――『侵入者』へと向けられていた。


「ふふふっ……。これを出したからには、もう容赦はしないぜー!」


 何の前触れもなく現れた手甲に桂葉が目を丸くする。あれだけ巨大な物ならば、持ち運んでいるのは直ぐに分かる。

 だが、自分と一緒にいた時は、赤岬は手甲どころか、手荷物の一つも持っていないかった。


「え、あれ? どこから?」


「不思議でしょ? ……だから、『魔法』なんだよ」


 いつもならば、装備した時に、あんなポーズは取らない。恐らく、桂葉がいるから、両手を合わせることで浮かぶ梟(デザイン)を、見せつけたかったのだろう。

 直登の思う通り、手甲に隠れた顔は、チラチラと桂葉を気にしていた。


「そんなことできるんですか……? あ、在り得ないです」


 だが、桂葉はデザインを気にするほど理解が追いついていない。

 目で見たことが真実であるとは言われるが――それでも桂葉は頭の中で「知識」から、起こり得ないという結論を引き出す。それほどまでに常識から外れ過ぎていた。

 あれだけの手甲を一瞬で装備できるなんて――。


「『原理』や『物理』を凌駕したのが『魔女』なんだよ。常識じゃあ――侵入者』は倒せない」


 直登と赤岬にとって――『魔法』があれば戦える。二人に取って『魔法』は――テレビの中で騒ぐ芸能人よりも、信じるに値する現実なのだ。


「よーし。私じゃあ、行くよー!」


 アピールを存分にした赤岬がようやく戦いを始めようとする。どうやら、桂葉に見せつけていた梟は、『侵入者』をもひるませていたらしい。

 赤岬が手甲を付けた腕で、『侵入者』へと殴り掛かる。

 振り回す暴力は、素手に比べれば、大降りになって隙は多い。しかし、それを有り余る「範囲」と「威力」で『侵入者』を襲う。

 『侵入者』は赤岬から大きく後方に跳ねた。

 躱された拳は勢いがあまり地面を殴りつけたる。

 人間が一人落下した時には、土煙を上げるだけだった地面に、大きなクレーターが生まれた。

 赤岬の拳は地面を吹き飛ばしたのだ。


「凄い……」


 凄いのは威力だけではない。

 手甲の大きさから、攻撃する際に隙が生まれるのは仕方がない。故に『侵入者』にも容易に交わされたのだ。

 だが、赤岬は即座に次の動作に入る。膝を僅かに曲げて反動を作ると、一足で『侵入者』の懐にへと入り込む。

 移動と攻撃は――当然違う。

 重みを感じさせないフットワークは手甲を付けていても健在だった。

『魔法少女』の身体能力と『魔法』の相乗効果である。攻撃力に攻撃力をプラスさせる力は赤岬に非常に合っていた。

 赤岬の虚を突いたフットワークに反応が遅れた『侵入者』は、二本の触覚で赤岬の動きを封じようとする。だが――その程度では、もう止まらない。自身に伸びる触覚を赤岬はそれぞれの腕で掴むと、


「てーい!」


 『侵入者』の体を持ち上げて――地面に叩きつけた。そして二本の触覚を左腕でまとめて掴むと、「グイっ」と自分の方に引き寄せる。

 『魔法少女』の腕力で引きよせられた『侵入者』は、空中で逃れようとするが、身動きが取れない。成すがままに赤岬の元へと向かっていく。

 赤岬は『侵入者』に右の拳を振り抜く。


「『魔法少女パーンチ!』」


 赤岬の拳が『侵入者』に当たる。掴んでいた触覚が引き千切れ、『侵入者』が事務所にめり込んだ。数秒はその状態だったが、すぐに光の粒子となって消えていった。

 『魔法少女』の――赤岬の完全な勝利だ。

 『侵入者』が消えていくと同時に、赤岬が攻撃して凹んだ地面も、めり込んだ事務所も、何事もないように元の形状に戻っていく。

これもまた――『魔女の遺産』の効果。

 日常の空間へと戻り、赤岬も自身の『魔法』である手甲を解除した。


「大したことなかったねー。物足りないよ!」


 赤岬が不満げな表情を浮かべながら戻ってくる。


「……自分が飽きたからって『魔法』使ったんだろう。相手が『羽化』したばかりとはいえ、使うのが遅かったんじゃないのか?」


「だから、楽しもうと思ったんだけどねー。やっぱり、物足りなかったなー。もうちょっと、待ってれば良かったかな?」


「……馬鹿言うな。犠牲者無く倒せたことを喜ぶべきだ」


 『侵入者』が強くなったら、それは犠牲者が増えるということだ。戦いを楽しみたいという理由で危険に晒していいわけがない。

 直登の表情は厳しい。


「じょ、冗談だよ。そんな怖い顔しないでよね」


 不謹慎な発言に直登の表情に、赤岬が慌てて発言を撤回する。そして話題を変えるように、直登の隣で勝負を見ていた桂葉に話しかけた。


「そ、それよりもここちゃん! 初めての『侵入者』と『魔法少女』を見てどうだった?」


 『侵入者』の作り出す空間は消えたが、まだ、司の意識は戻らないようだ。一度、『侵入者』の空間によって、意識を失った人間は、しばらくは意識を取り戻さない。

ノイズの消えた現実は夢から覚めたようにはっきりと夜空が見える。

 まるで、さっきまでの戦いが夢の中だというように。


「し、信じられないことが一杯で……。あ、頭が付いて行かないです……」


 実際、『魔女の遺産』のお陰で、戦いの痕跡もない。夢だったと言われた方が、まだ現実味がある気がしている桂葉だった。


「そっかー。じゃあさ、この後、ファミレスでも行こうよ! ドリンクバーで夜中まで粘りながら、説明してあげるからー!」


 いきなり桂葉へと抱き着いた赤岬に「え……え?」と、どうしたらいいのか混乱する桂葉。

 赤岬と直登の顔を交互に見ていた。

 助けを求めるような視線に、直登は、スリスリと頬と頬を擦り合わせる赤岬の頭を掴んで止めた。


「それはお前の願望だろう」


「そ、そんなことないよ……?」


「今日はやめとけ。これだけのことがあったんだ。休んでもらった方がいい」


 直登の知っていることを完璧に伝えきれたわけではないが、それでも、必要なことは説明できたし、見て貰った。

 これ以上はなにも言わないほうがいいと直登。無理に詰め込んでいい結果など出るわけもない。


「……そうだな。二、三日後に連絡したいから、連絡先教えて貰っていいかな?」


「ぜ、是非、お、お願いします」


 桂葉もその方が助かりますと、直登の提案に乗る。

 赤岬の抱き着きから解放された桂葉は、小さなスクールバックのサイドポケットから、スマホを取り出す。透明なカバーという、何とも地味なカバーである。

 桂葉は直登と連絡先を交換しようとするが、


「駄目だよ、ダメダメ。そんな簡単に男と連絡先を交換するなんて……、ガード緩すぎだよ!」


 赤岬に止められた。


「……え?」


「だから、私と交換しよ!?」


 どうやら、直登よりも自分と交換して欲しいようだ。勿論、それは直登が意を唱える。


「お前は、不要な連絡までするだろう? 立場を利用して何をするか分からないから駄目だ……」


 直登の説得に不満げに赤岬は鼻を鳴らす。そんな赤岬を見て、「よ、良かったら……、お、お二人とも、こ、交換しますよ?」と、桂葉が提案した。

 その言葉に、赤岬が笑顔で頷く。


「じゃ、交換しようか」


 赤岬が慣れた手つきで操作する。

 それに対して桂葉は、迷うように画面をタップする。

 連絡先の交換を、桂葉は自分でしたことがなかった。高校内で交換する時は、大概、司と一緒の相手なので、全部、司がやってくれていた。家族との交換した際も店員が設定してくれたので、触っていない。

 司の操作を近くで見ていたとはいえ、初めての作業に、桂葉は戸惑う。

 工業の学校に通っている桂葉であったが、電子系には弱かった。


「……お、お願いします」


 恐る恐る直登にスマホを差し出すが、その画面は結局、ホーム画面のままだった。これでは交換ができないと赤岬が言う。


「どうしたの……?」


「す、すいません。わ、私、機械の操作苦手……」


「苦手って。女子高生なんだから、俺なんかより、スマホやとかの操作は得意でしょ?」


 今の中高生に取って、スマホの操作は必須だと、直登はニュースで見たことがある。スマホ依存症なんてものがあるとか、スマホを持たない生徒は、クラスから省かれるだとか。

 その為に、親のスマホを借りてまで、グループに入らなければならないとか。直登と数年しか違わないのに、なんとも変わってしまっているのだと、感慨深くなったものだ。

 もっとも、直登自身が、携帯を中高で持っていなかったので、もしかしたら、似たことがあったのかも知れないが。

 今となっては謎のままだ。

 

「じゃー、私がやってあげる!」


 赤岬が桂葉のスマホを取ると、直登のイメージする女子高生の素早さで、画面を操作していく。直登の画面にも桂葉の連絡先が送られてきた。ついでに直登の連絡先も送ってくれたらしい。


「『魔法少女』の先輩として、何でも聞いていいからね?」


 桂葉にスマホを返した赤岬が、先輩風を吹かせて言う。


「は、はい。お願いします……」


「うん!」


 律儀に姿勢を正し、畏まって頭を下げる桂葉。頼りにされている嬉しさに赤岬の頬が緩む。


「なにが先輩だ。二人共同じ高校生だろうに……」


「そーだよ。……あ、そう言えば、ここちゃんって何年生?」


 桂葉が『繰間工業高校』に通っていることは分かったが、学年までは分からない。胸に付けているリボンの色が、学年を示しているのだろうとは思うのだが……。

 赤岬の問いかけに、桂葉は自分の年齢を答えた。


「に、二年生です」


「おお、同じだねー! 一緒一緒」


 赤岬と桂葉は同じ年齢のようであった。同い年であることがそんなに嬉しいのか、桂葉の手を取って、ピョンピョンと赤岬が跳ねる。


「やめろって……」


 直登は赤岬を止めて、家に戻るように直登は命じる。連絡先を知っているのだから、いつまでもここに 残っている理由はない。

 ましてや二人は女子高生。

 夜遅くまで外にいるわけにも行かないだろう。


「つ、司ちゃんが……まだ」


 桂葉の言う通り、司の意識は戻っていない。だからと言って、ここで意識が目覚めるのを待つわけにもいかない。


「……大丈夫。桂葉さんは、この子の家知ってるよね? 俺が送ってくよ」


 赤岬は家に帰らせるとしても、桂葉一人で司を送らせることはできない。赤岬は、「私も一緒に行く」と直登に噛みついた。


「駄目だ……。女子高生は明日もあるんだから、ゆっくり休め」


「でも……」


 直登は倒れている司を、桂葉の協力を仰いで背負う。

 自然と司のしなやかなバネを持つ太ももに手が添えられる。意識を失った司を運ぶのだから、この態勢になるのは仕方がない。

 別にいやらしい気持ちがあって、送っていくと提案した訳ではないのだが――、


「ほら、ここちゃん。直登って、優しい振りして、さりげなく女子高生を触ろうとする変態だから、気を付けてね。いつ、ここちゃんも、あの毒牙にかかるか分からないから!」


 赤岬がここはチャンスだとばかりに直登を責めた。

 隙あらば女子高生の体を障る変態だと、桂葉に意識付けようとしていた。陰湿なイメージ操作である。


「うん。なにか会ったら私に言ってね!」


「……ただ背負っただけじゃないか。ちょっとした筋トレ変わりだよ」


「……じょ、女子高生を使った、き、筋トレ……」


 赤岬に押されたわけでは無かろうが、桂葉の表情も強張った。直登の言い方が悪かったのだろう。そして、そのミスを赤岬は逃さない。


「……でもさ、直登、その格好で電車に乗るの?」


 桂葉と司は本来は自転車で通学しているが、意識を失った状態ではそれは無理だ。

そうなると電車で帰る必要性が高くなる。直登は免許を持ってはいるのだが、今日、『繰間工業高校』を訪ねた際は電車を使ったのだった。

 故に送るにも電車を使わなければならない。


「それしかないだろ?」


「……でも、それ、恥ずかしくない?」


「まあ、確かにな」


 もう、帰宅ラッシュの時間は過ぎたが、それでも、結構な人がいるだろう。『繰間工業高校』の最寄り駅である『繰間駅』は、そこそこに発達していた。すぐ隣の駅が、新幹線が走っている影響からか、『繰間駅』付近には、居酒屋やファミレス、娯楽施設が集中していた。

 その中を、女子高生を背負って移動するのは、人道的にどうなのかと。下手したら警察に捕まるのではないかと赤岬が忠告する。


「確かにな……」


 直登は赤岬の言うことにも一理あると頷いてしまう。

 それが赤岬の罠とも知らずに……。


「そうなると……しょうがない。タクシーで帰るか」


 タクシーならば、多少お金はかかるが、人目には付かない。幸い、『井伊工場』でも、贔屓にしているタクシー会社はあるので、そこに連絡しようとする。

 だが――、それこそが赤岬の狙いだった。


「うわっ。出たよ、ボンボン発言。流石、工場の『次期社長』は違うわー。凡人と『金銭感覚』が違うねー。ここちゃん。こいつは、こういう男なんだよ。お金に物言わす人間なんだよ。送るっていって、そのまま――」


 赤岬は直登のイメージを悪くすることしか考えていないようだった。


「……。お前、それを狙ってたな」


 これから、三人で活動することになった場合――今までは1対1だったバランスが崩れるのだ。それを見越した草の根活動を、既に始めているのであった。

 赤岬の陰険な行動に、ため息を一つ吐き出す直登。


「まあ、いいや」


 直登はタクシー会社にへと連絡する。

 桂葉が初めて『魔法少女』を知った夜が――終わろうとしていた。

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