第15話

 いつまでたっても、『侵入者』は直登に止めを刺さなかった。策も技術もなく暴れる直登。傍から見たら、子供が大人に遊ばれているようにしか見えないだろう。

 それでも、直登は腕を止めない。

 醜く足を動かし、手で宙を掻く。

 生きるために必死なのだ。


「――自分で勝手に囮になって死ぬとか辞めてよねー。残された私の方が後味悪いって」


 いつからいたのだろうか。必死に生き抜こうと足掻いていた直登は、いつのまにか、自分の横にいる赤岬に気付けなかった。

 赤岬が『侵入者』の腕を掴んでいた。


「赤岬……」


 直登が名を呼ぶとニヤリと笑った。そして、『侵入者』の手を強引に直登から引き離す。

 直登が勝てなかった腕力で『侵入者』を圧倒する。

 笑みを浮かべたままでだ。


「ま、ここちゃんも、少しは元気になったみたいだし、結果オーライだね。全部私のお陰なんだけどね!」


 直登の作戦は自分がいなければ成り立たなかったと、自身の手柄を強調する。

『侵入者』の腕から解放された直登は、首を擦って赤岬に答えた。


「かもな……」


 赤岬がいなければ、直登は『侵入者』に殺されていた。

 赤岬は、『侵入者』を掴んでいない腕で左側を指差した。その先には、意識が無くなった司を、桂葉が しっかりと抱きかかえる姿があった。

 桂葉が元気になったというのは本当のようだ。

 直登が一緒にいても、気の利いたことも言えずに、この場に来ることしかできなかっただろう。それが分かっているからこそ、誰にでも明るく無邪気な赤岬に頼んだのだ。

 少しでも落ち着いて欲しくて。

 直登の期待通り、赤岬は桂葉を元気づけてくれた。今の桂葉ならば、しっかりとした頭で『侵入者』を見れるだろう。

 『魔法少女』と『侵入者』の戦いを自身の目で判断してほしかった。

 桂葉は、異形の化け物にフリーズしていた。

 無理もない。

 赤岬がそばに居なければ、下手したら錯乱してしまったかも知れないのだ。そう考えれば、固まる位は 問題ない。


「助かったよ」


 桂葉のことと自身のこと。

 一気に二人も救ってくれたことに感謝する。

 肝心の赤岬は、『侵入者』のわき腹を蹴る。掴んでいた『侵入者』を足で押すように蹴り飛ばしたのだ。

 直登の刀でビクともしなかった『侵入者』が片膝を地面に付けた。

 そして、直登の礼にニンマリと笑った。


「じゃあ――、ここからは私の番でいいんだよね? こないだも我慢したからさ、結構溜まってるんだよね!」


 


「……でも」


 赤岬にばかり負担をかけることになる。

 そうと知っていても、今の『侵入者』に勝てるのは赤岬しかいない。直登は反対しようとした声を飲み込む。

 殺されかけた人間が何も言う資格はない。


「……ありがとう」


 代わりに再度、頭を下げた。


「何でお礼なのよ。、私の格好いい姿を、ここちゃんと一緒に見ていていよ」


 直登は黙って頷くと、戦闘の場から離れた。

 事務所の敷地内の外で固まっている桂葉の元に向かう。心なしか足が重いのは、『侵入者』から受けたダメージだけという訳ではなさそうだ。

 直登は桂葉の横に立った。

 そして、そっと肩を叩く。


「あっ……、あ、あの……。だ、大丈夫ですか?」


 直登に触れられ、硬直から溶けた桂葉は、まずは直登の心配をする。

 なによりも、先に人の心配をする桂葉。いい子なのだろうが――この状況でとなると、話は変わってくる。

 度が過ぎた優しい子なんだろうなと直登は答えた。


「なんとかね。そう言えば、名前……聞いてなかったね?」


 赤岬は司が呼んでいた名前を聞いて、「ここちゃん」と、同じように呼んでいた。

 だが、友達同士ならば、あだ名で呼ぶこともあるだろう。しっかりと名前を把握するべきだと直登は確認したのだった。

 女子高生同士ならば、「ここちゃん」と呼ぶことも許されるだろう。しかし、成人した男が、初対面の人間を「ここちゃん」と呼ぶのはどうだろうか。

「ここさん」とも呼び辛いし……。

 こうしている間にも、赤岬は戦っているが、直登は心配などしていないかった。生身で『侵入者』と殴り合う赤岬。

 闘い方だけみれば、直登の方が技術があるのは一目両全である。野性味に溢れた戦法だった。腰を落として『侵入者』との距離を詰めていく。

『魔法少女』のなせる業である。

 技術も関係ないほどに、『魔法少女』の力は強いのだ。

 それでいて、赤岬は、まだ本気も出していない。

 久しぶりの戦いに遊んでいるのだ。本来ならば、遊ぶなと言いたいが、今回ばかりは好きにして貰おうと直登は目を反らす。

 今の直登に出来ることは戦いを見守ることじゃない。

 敗者だろうと役目を全うするんだ。

 腐って敗北を否定することは、強さではない。

 直登に名を聞かれた桂葉が言う。


「あ……。わ、私は、桂葉 ここです」


「……桂葉さんね」


「は、はい」


 直登に名前を呼ばれた桂葉は、返事だけ返した。その後に何か言いたそうな顔をするが、数秒悩んだのちに、「あ、あの……」と、小さな声で切り出した。

 桂葉なりに勇気を振り絞ったらしい。


「あの、あ、赤岬さんは大丈夫なんでしょうか?…… ば、化け物と戦ってて……。は、刃物もきいて、いなかった……ですし」


「……ちょっと待って。色々と俺も聞きたいことはあるけど、これだけは最初に聞かせて欲しい。見てたって、どこから?」


 刀が効かないということを知っているのであれば――赤岬が助けに入る前ではないか?

 直登の言葉に桂葉が答えた。


「直登さんが刀を拾ってるところからです……」


「……あの野郎」


 絶妙なタイミングで助けに来たと思ったらそういうことかと直登は納得する。赤岬の考えることだ。どうせ、ピンチな時に助けたほうが、自分がすんなりと思いっきり戦えると考えたのだろう。そして、それは直登の性格を良く分かっていた。


「けど……」


 自分で言いたくはないが――普通、目の前で傷付けられている人間がいて、出るタイミングを優先するか? 下手したら、殺されていたかも知れないのだ。

 直登は考えられないと首を振る。

 だが、そんな漫画みたいなことを喜々として出来るのが赤岬だ。


「わ、私も……、お、驚いてて、い、言えませんでした」


「気にしなくていい。これは桂葉さんの問題じゃない。赤岬(バカ)の問題だ」


「す、すいません」


 桂葉が悪いのではない。

 事情も知らない中で、二人を信じてついてきてくれただけで在り難い。


「こっちこそ、悪かった。……で、赤岬から話はどこまで聞いた?」


 助けるタイミングを図っていたのは、最悪、しっかりと桂葉に『侵入者』と『魔女』について説明していれば許そうと、直登は聞く。


「え、ええと。し、『侵入者』が化け物だから、驚かないでってことしか聞いてないです」


「なるほどね」


 当然、赤岬はざっくりとしか説明していなかった。

 自分の戦い(こと)を優先させたのだった。

 直登は深くため息を付いて話をする。


「あれは『侵入者』――って、名付けてるけど、もしかしたら、ちゃんとした名前があるかも知れない。ただ、俺たちは知らない」


「……そ、そうなんですか」


「ああ。俺たちが知っているのは、『侵入者(あいつら)』が、違う世界から現れたということだけだ」


「ち、違う……せ、世界? ほ、本当にですか」


 桂葉が驚いた声を上げる。

 化け物がいること自体に驚いているのに、それが地球ではない場所から来たというのだから、更に驚愕する。

 そんな桂葉の声に、「さあな」と、無感情に言葉を濁した。


「え……?」


「俺たちにはそう伝えられているだけで、実際に世界を見たことがない」


 桂葉の疑問を抱かなかったわけではないが――直登はそんな時期をとうに過ぎていた。疑問の解決を諦めたのではない。優先順位を付けることを大人になるにつれて覚えたのだ。

 論理的な思考をするようになった。


「ともかく、『侵入者』が人を襲うならば、俺たちは守るだけだ。『祝福』を持った俺の使命だ」


「……?」


 桂葉が首を傾げた。

 どうやら、『祝福』の意味が分からなかったようだ。直登は深く掘り下げる。


『祝福』


 それは、かつて地球を救った『魔女』が残した遺産(もの)の一つだ。正確には一人の男への愛情である。愛された男こそが直登の『先祖』だ。

 『魔女』と『先祖』が結局、どうなったのかは他人の恋愛事情であり、直登は興味はない。桂葉は一瞬、目を輝かせたが、直ぐに伏せた。女子にとって恋愛というのは心が躍るのか。

 ともかく、愛された影響からか、『井伊家』には代々その効果が現れる。

 愛しただけで、親子何代にもわたるのだから、『魔女』の異常さが伝わるだろう。


「簡単に言えば、『魔女の遺産(レガシー)』だ」


 直登はそう言って話を纏めた。


「じ、じゃあ……、赤岬さんが戦っているのも――?」


 桂葉が疑問を投げかけられるのは落ち着いてきた証拠だ。

 赤岬が『侵入者』を押しているのもあるだろう。

 赤岬が『侵入者』の触覚を回避するように上空にへと跳躍した。垂直跳びにも関わらず、優に5mは超えているだろう。

 スカートが風に揺れ、中のスッパツが見えるが、相手は『侵入者』気にすることはない。

 空に回避した赤岬は、今度は重力に従い『侵入者』に落下する。片足を前に出した隕石のような蹴りだ。

 だが、モーションが大きすぎる攻撃は、楽々と躱された。

 地面に直撃する赤岬。

 砂煙が舞う。


「だ、大丈夫なんですか?」


「ああ。あれくらいで死ぬような『魔法少女』じゃない」


 直登の言葉の通り、自らが起こした土煙の中から、赤岬は立ち上がると、首を回してダメージが無いことを確認する。


「俺の場合だったら、今ので死んでるけどな」


「……」


 これが『祝福』と『魔女の証』の違いだった。

 『祝福』が直登に与えてくれる力は、主に二つ。

 〈『魔女の証』を感知する〉ことと、(『侵入者』の作る空間での活動権利)だけである。

 戦力が上がるということはない。

 それでも、直登が変化する前の『侵入者』を倒せるのは――日々の鍛錬のお陰である。人としての最大限の技術で直登は戦っていた。

 故に、今回のような、技術も関係なしの力を持った相手は全く話にならなかった。


「……その気になれば、桂葉さんも出来るさ」


「む、むりですよ……」


 桂葉は言うが、『魔女の証』を持っていれば、対したことはない。

 〈『魔女の証』が与えてくれる恩恵は『『侵入者』と戦う力』である。

 それは、生身でも渡り合える肉体とこの空間での意識を保てること。

 そして、なによりも一番の恩恵は――、


「うー、飽きたよ、直登!」


 桂葉に一番重要なことを教えようとした時に赤岬が直登に言う。『侵入者』との勝負がつまらなくなってきたと。

 あれだけ楽しみにしていたのに、飽きっぽい性格である。


「なら、最初から――『魔法』を使えって」


 直登は言う。

 桂葉に説明しようとしていた、『魔女の証』の一番の恩恵を。

 なぜ、『魔女の証』を持つ者が『魔法少女』と呼ばれるのかを。


「そうだね!」


直登の言葉に赤岬が頷いた。

赤岬は『魔法少女』と呼ばれる『魔法(ゆえん)』を発動した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る