第13話

「行っちゃった。もう――、本当に意地っ張りなんだからなー。困っちゃうよねー」

 

 直登の背を見ながら、桂葉へと話しかける。

 いきなりの赤岬の問いかけに、「え……ええ」と曖昧な返事を返す桂葉。

 桂葉としても、もっと、色々聞きたいことはある。だが、万全じゃない状態では、思考も上手く機能しない。そんな状態である桂葉の代わりではないだろうが――司が聞く。もしかしたら、司の方が桂葉よりも、疑問を持っているのかも知れない。

 『侵入者』の『気配』を感じることは出来ないのだから。


「って言うか、さっきから、『気配』とか言ってるけど、なにが言いたいの?」


 司が赤岬に感じている敵意は、桂葉が自分で決めたこともあり、比較的柔らかくは成っていた。それでも、まだ表情は厳しい。

これから何が起こるのか。知っていることを教えるように求める。


「うーん。そうだな。取りあえず、歩きながらでいい? この『気配』――直登には厳しいかも知れないし」


 赤岬が直登を意地っ張りだと主張した意味。

 直登はなるべく一人で、『侵入者』と戦おうとする傾向があるのだ。勝てない相手に挑むほど直登は愚かではないが、実力が近ければ迷わず自分が戦おうとする。

 こんな時でも、『少女』に戦って欲しくないと思っていた。

 歩き出した赤岬に続くようにして司達も足を進めようとする。 


「ここ? 歩ける?」


「う……、うん。あ、ありがとうね、司ちゃん」


「いいの。もし何かあっても、私が守るからね」


 肩を貸して歩く司。運動部をしているだけあり、肉体は鍛えられているようだ。しっかりと桂葉を支えて、互いに転ばないようにと、足を前に出して行く。

 二人の三歩前を歩く赤岬。手を貸すどころか、気にもしていないのか。自分のペースで歩く赤岬。腕を組みながら、司と桂葉の会話を聞いていた。


「いいねー。美しき友情だねー」


「馬鹿にしなくていいから。あんたは、知ってることを教えてくれればいいの」


「冷たい、冷たいよ。司ちゃん! もっと仲良くなろうよ」


「なら、せめて速度を落としてくれない?」


「分かったよー」


 渋々と赤岬は速度を落として司と桂葉と並んだ。

 横に並んだだけで、やはり助けようとはしなかったが。そんな人間に対する司の表情が温かい訳もない。


「素性も知らない人間と仲良くなんかなれるわけないし……。それより、まず、司ちゃんとか呼ばないでくれる? 気持ち悪いんだけど?」


 どさくさに紛れて司との距離を縮めようとしたのだが、あっさりと拒否されてしまった。


「うう……。残念だ」


「何で、ここが、こんなことになったのか早く教えてよ。原因が『気配』ってどういうことなの?」


「ええとねー」


 赤岬は、どう説明しようか考えながらも、「次は右かなー」と、気配に向かって道案内をする。ただですら、学校の裏口から細い通路を進んでいるのだ。

 人気が全くない。

 赤岬が右に曲がると、さらに、細い路地へと入り込んでしまう。

 三人のわきを逃れる用水路は、草木に覆われ、細い通路を更に狭くしている。女子三人が密集して、なんとか並列できる幅であった。

 

「『侵入者』ってやつが現れてるんだ。そいつは、怖―い化け物で、人を食べたりしちゃうんだよ?」


 ガオー。と、両手を広げて二人に襲い掛かる素振りを見せる。だが、二人の反応は寂しいものだった。桂葉はそれに反応できる余裕がなく、司は相手にする気がなかった。


「あんたさー。制服着てるってことは、高校生でしょ? 真面目に話してくれない?」


「真面目だよー。信じてくれって言っても、ここちゃんはともかく、司ちゃんは信じてくれないだろうけどね……」


「そうね。化け物がいるっていうなら、是非見てみたいものだわ」


 桂葉がいなければ、今すぐにでも警察に連絡している。

 警察よりも病院の方が良いかも知れない。

 どちらにせよ、自分には手に負えないから、優秀な大人に任せたいと、同世代とは思えない赤岬に、ある意味で圧倒されていた。

 化け物をこの目で見れば信用できる。

 見た物しか信用しないという司だが――、


「だから――もう無理だって」


 この辺りが限界だろう。

 赤岬の言葉と同時に一歩、司が足を前に出した。

 その足が地面に着く前に――がくりと司の力が抜けた。


「へ?」


 桂葉を支えていた司が、逆に桂葉に寄りかかるようにして、意識を失ってしまったのだ。


「え……? あ、司ちゃん」


 支えを失った桂葉は、司と共に地面に絡まるようにして倒れてしまった。

 狭い道の真ん中。

 桂葉は、なんとか、司の下から這い出ると、意識を失った親友が無事かどうかを確認する。息はしているようだ……。

 名前を呼んでも反応はない。


「大丈夫だよー。意識を失っただけだから。『侵入者』が現れると、普通はこうなるんだよ」


「そんな……。信じられない」


「ねー。でも、ここちゃんは、この先を見たら信じざるを得ないと思うなー。司ちゃんじゃないけど、自分の目で見ることになるんだからさ」


 今まで何をするにも愉快で楽しそうな表情を浮かべていた赤岬が、楽し気な笑みに意地悪さをプラスした。

 桂葉と視線を合わせるようにしてしゃがむと、グッと顔を近づける。心の内側を覗き込むような視線に、ビクっ体を震わせる桂葉。

 目覚めさせようと親友の身体を揺すっていた手を止めた。

 赤岬が桂葉に聞く。


「で、ここちゃんって、好きな人いるのかな?」


 何の脈略もない質問に、桂葉が口を開ける。


「は、はい?」


「いやー。やっぱり女子同士の会話って言ったら、恋バナだよね?」


 教えなよー。と桂葉のわき腹を、人差し指で突っついた。


「あ、ちょっと……。やめて下さい!」


「やだー。教えてくれるまでや、辞めないんだからね!」


「そ、その……。でも……」


 中々辞めない赤岬。払いのける桂葉の手に力が込められていく。

 司が意識を無くし、恐怖が体を蝕んでいるというのに、恋バナなんて出来るわけもない。ましてや、赤岬と桂葉は初対面で在り――会って30分程度。

 浅い仲だ。

 それなのに、こうして、数年来の友人のように話すことのできる、赤岬の対人能力が強いのかも知れないが、時と場合を考えない事に対して、桂葉は少しだけ怒りをあらわにする。


「あ、あの! こんなことしてる場合じゃないと思うんですけど? 化け物がこの先にいるんですよね?」


「うん」


「なら、恋バナなんてしてる余裕ないのではないですか? 赤岬さんが急ごうって……」


「そうなんだけどー。でも、やっぱ、女子同士、距離を近づけるのは恋バナが一番だって、噂で聞いたよ?」


「と、取り敢えず、さ、先を急ぎましょう」


「ぶー。分かったよ。その代わり、終わったら教えてね」


 教えて貰えないことに頬を膨らませる赤岬。

 それでも、それ以上は追求してこないところをみると、直登が心配なのは本当のようだ。

 だったら、「恋バナ」しようなんて、言わなければいいのに。

そう思う桂葉であった。


「……司ちゃんを運ぶのを手伝って貰えませんか? わ、私一人だと辛くて……」


 司とは近い、運動もしていなければ、対格差も逆になる。

 背の高い司を一人で運ぶのは桂葉には厳しかった。

 赤岬に助けを求める。

 自分の時は助けてくれなかったが、この件が終わったら、恋バナをしようと条件を加えたら、


「りょーかい!!」


 と意気込んで手を貸してくれた。


「…………」


 司を真ん中にして、右側を桂葉が、左側を赤岬が抱える。

 完全に意識を失っている司は運びにくいが、ここで一人、寝かしておくわけにも行かない。

 それに――桂葉からしてみれば、親友である司を置いていくという選択肢は在り得ない。

 三人は、『侵入者』がいる場所へと急ぐのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る