第12話
「私だってね、仲間になるかも知れない子と、ストロベリートークしてみたかったの! 全部直登に任せるなんて――そっちの方が失敗する確率高いんだしさ!」
それが報告をしなかった赤岬の良い分であった。女子の気持ちに疎い直登が、桂葉を一人で説得できる可能性など零であると。
「なっ……。お前、なんてことを――。別に俺は、一人でも説得できるさ。だが今はそんな余裕はない」
「だね!」
直登が見張りを辞めて赤岬の元へとやって来たのは、『侵入者』の『気配』を感じたからである。
直登と赤岬が感じている『侵入者』の気配は、幸いにも『繰間工業高校』から、離れてはいない。
急げば『侵入者』を待ちかまえられるだろう。
「そうだ。折角だからさ、ここちゃんも連れてこうよ!」
「連れてくって……、まさか、確認できたのか?」
赤岬に言われ直登は、桂葉にへと意識をむける。だが――桂葉から、まだ『気配』は感じられない。赤岬は『気配』を探知できているのだろうか。
もう一人の『魔法少女』の存在は初めて。
まさか、『祝福』を受けたものは、一人の『魔法少女』以外は感じられないのか。
「まーね。どっかの誰かさんと違って私は優秀だからね」
「じゃあ、やはり、お前は感じているのか……?」
「全然ー。何も感じないよ」
「じゃあ、なんで……?」
「もう……。直登は馬鹿だねぇ……。だって、ほら、見れば分かるじゃん」
見れば分かると赤岬が指さした。
桂葉は、地面にうつ伏せになるようにして倒れてしまっていた。まるで『気配』に怯えているように震えていた。
「……確かにな。だが――」
とてもじゃないが連れていける状態ではない。
横で必死に声をかけて励ましている司がいた。親友の声も聞こえていないようだった。
「怖い……。怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い」
ひたすら「怖い」と連呼する桂葉の目は、異様なほど見開かれていた。その光景に司は戸惑うが、事情を理解している直登と赤岬は、さほど、焦る様子もなかった。
「初めて『侵入者』の気配感じると、こう、内側から体が冷えてく感覚あるよねー。私はそこまでじゃなかったけど、優しそうなここちゃんじゃ、耐えられないよねー」
「これで『魔法少女』がこの子だってことが分かったな……。ならば、今日の目的は果たせた、行くぞ!」
「え、でも、折角だから、『侵入者』と『魔法少女』の戦いを見て貰った方が良くない?」
「気配でこうなってるんだぞ? 彼女が『魔女の証』を持っていることは分かったんだ。無理はしなくてもいいだろ」
「でも、だからって、このまま放っておくのがいいとは、私は思えないんだけど?」
「いや、連れて行く方が危険だ。誰もがお前みたいな人間だと思うなって。同じ人間だなんて、傲慢な人間の考えることだぞ?」
「別に、私そこまでは言ってないじゃん。本当、後ろ向きすぎだよね、直登は!」
「ちょっと! 何言ってんの?」
話し合いというよりは、言い合いに近くなってきた二人を止めたのは司だった。震えながら地面に倒れた桂葉の背を、抱き着くようにして支えている。
親友が異様な状態なのに、平然と、むしろ喜々とした表情で言葉を交わしていた二人に、我慢が出来なくなったようだ。
「こんな目に遭ってるのは、あんた達が関係しているんでしょ? 意味わからないこと言ってないで、早く治しなさいよ!」
「それは違う。そうなってるのは俺達のせいじゃない」
司の荒い口調に、直登は慌てて否定する。
あれだけ偉そうなことを言いながらも、司の言葉に額を指で掻く。直登の態度に赤岬が助け船を出した。
「そうそう。あれは『侵入者』のせいだよー。私達は何もしてないのー!」
「……『侵入者』? 意味わからないことを言ってないで! 私はあんたらが、人を殺したことを知ってるんだからね。警察に連絡されたくなければ、早く治しなさい!」
自分の持っている情報をこの状況で告げても交渉の余地はない。司だって冷静ならばそれくらい分かっているはずなのに。
最も、人を殺したことなどない直登と赤岬は、何のことだと記憶を手繰ってみる。
当然、記憶にはない。
「え、ちょっと待って。人殺しって……。直登、一体なにがあったの? いつかやるだろうとは思ってたけど」
「おい。この子は、「あんたら」って言っただろうが。何で、俺だけみたいな感じで、話を進めようとするんだ」
「だって、直登ならねぇ。私は人殺しなんてできない、ただの超絶可愛い女子高生だもん!」
赤岬は司に同意を求めるが、求める相手が悪かった。
司に同意を求める方がおかしいのだろうが。
「ふざけてないでよ……こっちは本気だよ? なんなら今すぐにでも警察に連絡できるんだからね!」
司は携帯を取り出してみせた。
「はぁ。あのね、直登にも言ったんだけど、悪戯で警察に電話すると、犯罪なんだよ?」
「悪戯? 本当にそうなのかな……。私は知ってるんだからね。男は日本刀を持ってた――。あんたのその竹刀袋には何が入ってるんだ?」
証拠があれば悪戯にはならない。
司にとって、これは賭けだった。人殺しを脅すという行為。それは――自分も殺されるかもしれないのだ。
この二人が桂葉になにをしたのかは、分からないが、尋常じゃない苦しみから、早く解放してあげたい。だから、多少の危険は覚悟の上だ。
殺人者を脅すくらいのことはやってみせる。
「ほら。だから言ったじゃん。日本にはね、銃刀法違反ってあるんだよ?」
「それも知ってるって。でも、俺のこれは刀じゃないしさ。『侵入者』専用だ」
「……私は分かるけど、普通の人からすれば刀だって」
司の固い決意とは裏腹に、あくまでも直登と赤岬は緩く会話を続けていた。
「……なるほど」
当たり前のように一家代々と武器を持ち歩いていたので、意識が甘かった直登。
そもそも、使うときは直登自身も言っていたように『侵入者』と戦う時だけだ。『侵入者』が創る空間では、人は意識を保てない。
故にそこまで気にしなくてもいいだろうと思っていたが――まさか、『魔法少女』に見られていたとは。
幸運なのか不幸だったのか。
「先週の倉庫での出来事を見られていたのか……。それで、彼女は俺を避けるようなことをしてたんだな」
「……気付いてたんだ」
「うん。廊下から俺を見てたよね……」
直登は戦闘経験が多いからか、人の視線や動きに敏感である。あんなあからさまに覗いていますといった行動は、逆に直登からしてみれば、見つけて下さいという意味にしかならない。
だけど、まさか、殺人者だと勘違いされているとは。行動が分かっても、心が分からなければ、意味はなかった。
「……誤解なんだって――俺が倒したのは『侵入者』で……」
人なんて殺していないと直登。
「なに? 空き巣に入られたから殺した。正当防衛だって言いたい訳?」
「そうじゃなくて――」
何を言っても疑いを返してくる司に、『魔法少女』や『魔女』の話などしても信じて貰えるわけがない。どうやって話を信じて貰えるのか。
「もうさー、やっぱ、一緒に来てもらえば解決じゃん。こうなったら、刺激が強いとか言ってられないよ」
直登は反対していたが、状態が変わってしまった現状では、赤岬の言うことが最も簡単に信じて貰えるのは明白である。
だが、どうやって桂葉を現場に連れて行くのかだ。
疑いを晴らすための難易度はどう転んでも高いようだ。
しかし、『侵入者』の気配が強くなっている今――これ以上の時間は無駄には出来ない。
「とにかく――俺達に付いてきて欲しい」
『侵入者』の作る空間では司の意識は保てない。
だから桂葉に説得して貰おうというのだ。司は桂葉を信用しているから。
「は? なんで、私達が――」
司は直登の予想通り強い拒否感を示すが――「司ちゃん、私…た…行く」と、消え入るような声で桂葉が司の腕を掴んだ。
「ここ……。大丈夫なの?」
震えは止まっていないが、自分の意志で話をできるレベルには、恐怖に打ち勝ったようだ。
司の肩を借りて、おぼつかない足で、倒れそうになりながらも、桂葉は立ち上がった。
「わ、私は……い、行きたいです。こ、怖いけど……い、行けば、自分が……自分が変われる気がするから……」
桂葉の目に恐怖はない。
しっかりと前を捉えて自分の意思を告げた。直登は桂葉の意思を尊重するだけだ。こんな姿を魅せられては、直登は断ることなどできやしない。
「そうか」
直登は短く答えた。
「取り敢えず、先行して俺が、『侵入者』と戦っておく。赤岬は、その子を連れて後から来てくれ……」
赤岬が手を貸せば、動けない桂葉を連れてこれるだろう。
直登の提案に赤岬の表情が曇った。
「でも、この『気配』、もしかしたら――」
「だからだよ。そうするのが一番、速いんだ。文句があるなら急いで助けに来てくれ」
直登は女子たちを置いて、気配を感じる場所へと向かう。
まだ、この世界に姿を現していないが、急がないと、被害者が出てしまうだろう。
話していた時間を取り戻すように全力で駆ける。日々の鍛錬がこういう時に生きてくることを直登は実感していた。
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