第11話

「いやー。もー、待った待った。かれこれ二時間くらい待ったよ。お腹すいてコンビニに行こうかと思ったけど、直登が「いくなー」って、うるさいし、もー大変でさ。あ、部活やってたの? お疲れ様!」


 馴れ馴れしく話しかけてくる女子高生。まるで昔からの友達のような気軽さだった。

司が桂葉を守るように前に出てた。背中に隠れた桂葉は昔からの友人ではないが――この少女の顔に覚えがあると、注意深く観察する。

ふざけた笑みを浮かべている相手に、司が怯むことなく聞いた。


「……。正門にいる男の仲間なの?」


「うん。そーだよ!」


 人殺しの仲間。

 そのことも隠す気はないらしい。その答えは聞いた桂葉は、この女子をどこで見たのかを思い出す。


「……あっ」


「どうしたの、ここ?」


「そ、そう言えば、倉庫で見た女子って……。この人かも」


「だろうね……」


 仲間と認めているのだから、その可能性しかないだろうと司には分かっていた。


「ごめん」


 見た瞬間に気付いていれば、こうして足を止めて向かい合わずに、素早く逃げ出せたのにと桂葉は自身の認識の甘さを反省する。

 桂葉を探していたのが直登だけだったということと、実際に刀を振るって手を下したのも直登だったから。そんな理由で、女子高生の存在を忘れてしまっていた。

 別行動していただけかもしれないのに……。

 どんな理由があるにしろ、もう一人の仲間の存在を忘れてしまっていたミスは大きい。


「えっ? 倉庫で見たってことは、やっぱ、隠れてたのは眼鏡ちゃんなんだ! ねぇ、どこから見てたの?」


「…………」


 無邪気に聞いてくる女子高生。彼女を前にすると、自然に素直な回答をしそうになる。『殺すところを見ていた』と。

しかし、桂葉の手を握ってきた司の意図に気付いた桂葉は、「べ、別になにも見てないです」と、咄嗟に嘘をついた。

 倉庫で桂葉が見ていたと言った時「やっぱ」と反応していた。

 ならば、まだ、手が打てると司は考えたのだ。


「本当かなー?」


「ほ、本当……です」


「別に隠さなくてもいいのにー」


 顔を近づけて桂葉の目をのぞき込もうとする。顔を背けて抵抗するが、しつこく、視界に入ってくる。当然、その動作は司の目の前で行われており、「やめろ」と覗き込んでいた顔を掴んだ。頬を片手で「むぎゅ」っとされた赤岬は、


「あー、うぅ、むー」


 と、意味の分からない言葉を発するのであった。


「……つ、司ちゃん」


 人殺しの仲間にそんな乱暴していいのかと桂葉はいいたいようだ。


「分かってる」


 相手が人殺しの仲間であることは忘れていないと頷く。だが、そうは答えるのだが、赤岬の顔を放すことはなかった。


「うーうー」


 と唸ってばかりの赤岬に、今度は司が顔を近づけた。


「ねぇ。本当に何も見てないの。だから、わざわざ学校に付け回すなんてことしないで貰える? 迷惑でしかないんだけど」


 掴んだ手を前方に突き放した。

 その乱暴な動作で解放された赤岬は、押された勢いで数歩後ろに後退した。バランスを崩して転びそうになるが耐えたようだ。

 その体制のまま司を睨む。


「うー! はぁっ! はぁ……。女子の顔を躊躇なく掴むなんて、なんて悪魔……」


「誰が悪魔よ。それはあんたじゃないの? いいから、もう、ここに関わらないでいてあげて」


「えー、無理だよ。だって、初めての仲間になれるかも知れないんだよ? もう、楽しみだって。しかも、こんな可愛い子だもん。グフ……グフ」


「この子、大丈夫?」


 不気味に笑う赤岬に思わず今度は司が後退した。

 後ろに下がることで桂葉が横に並ぶ。司の手をギュッと互いを握った。桂葉も不気味に感じているのだろう。

 そんな二人の光景を、更に興奮して見る。


「女子同士の友情……。ウフフフフ」


「司ちゃん。この人、ある意味怖い……」


「そうね。私もなんだか分からないけど、恐怖を感じるわ」


 自分に向けられた畏怖の眼差しに気付かないのか、赤岬が「あっ」と陽気に笑った。


「そう言えば自己紹介がまだだったね。私、赤岬りょう。宜しくね!」


 二人に向けて手を差し出す赤岬。

差し出した手が、いつまでも握られないことに肩を落としたと思うと、諦めきれなかったのか、もう一度、「ん!」と手を伸ばした。

 それでも司と桂葉は反応しない。


「うう……。私、そんなに嫌われることしたのかな? でも、実際に会ったのは今日が初めてだし……」


 差し出した右手で緑の格子を掴んだ。

 ブツブツと独り言を言いながら、その場にしゃがみ込みそうな勢いで沈んでいる赤岬。困った表情で二人は互いに顔を見合わせた。

 想像していた人物より、なにか親しみやすそうだと感じ始めていた。

 しかし、赤岬も殺人に関わっているのだ。

 親しむ必要はない。

 この隙に逃げるべきだ。


「うっ……」


 赤岬から離れようとした瞬間――桂葉が頭を抱えて地面に崩れた。

膝を折って地面に座る桂葉は、自身の頭を抱えると、痛みに顔を歪める。


「ちょっと、どうしたの? ここ?」


「また、まただ。三日前もいきなり頭痛が……」


 力の抜けた人形のようにして座ってしまった桂葉。

その桂葉とは対照的に、今まさに落ち込んでいた赤岬が、「シャキーン」と効果音を上げながら真っ直ぐに体を起こした。


「なんだー。私の仲間じゃん。もー、驚かせないでよねー」


「仲間って、何言ってんの? あんた、ここに何したのよ!?」


 桂葉が倒れたのは赤岬が原因だと思い込んだようだ。人殺しの一味が、知らぬ間に桂葉に何かを仕掛けたのだと。

 司はそんな相手に対しても果敢に胸倉をつかんでフェンスに叩き付ける。コンクリや鉄でできた壁とは違ってしなって威力を吸収した。

 だが、ダメージは無くても親友を殺そうとしているのだ。

 何度も何度も叩きつける。


「ああ、ちょっと、落ち着いて。今から説明するからさー」


 必死に説明しようとするが、激高した司に声は届かない。

 赤岬がなすがままにされている所に――、


「『侵入者』だ! 一時中断するぞ!」

 

 直登が現れた。

 赤岬を呼びに来たようだ。だが、探している二人と一緒にいる赤岬を見て、瞬きを数回繰り返した直登。

 そして赤岬に言う……。


「お前……。見つけたらすぐ、連絡しろって言ったよな?」


 直登の顔は怒りで引き攣っていた。

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