第6話

「さてと、今日こそは『魔法少女』を見つけられるといいな……」


 直登が『魔女の証』を最後に感じたのは、倉庫で『侵入者』と戦った日である。

 あれから既に三日が経過していた。この三日間、『侵入者』の『気配』もなければ、『魔女の証』の『気配』もなく、ただただ、日課の修行と仕事をこなすだけの毎日だった。

 赤岬もあの日以降、『機関』に顔を出していなかった。


「もしも、二人目の『魔法少女』が見つかれば――赤岬の負担も減らせるだろうし」


 今までは、赤岬一人しか『魔法少女』が居なかったために、なにかと無理を頼むことが多かった。体調が悪いと言っていた日に『侵入者』と戦ったり、友達と遊んでる最中に『侵入者』が現れたりするからだ。

 赤岬に友人がいないのは、彼女が『魔法少女』であるというのが最大の理由であろう。それでも文句をいいながらも、危険を侵して戦いを続けている赤岬に、直登は感謝していた。


「……でも、『魔法少女』が二人同時に揃うなんて、初めてじゃないか?」


 仮に二人目の『魔法少女』が仲間になったのであれば、それは直登の代が初めてということになる。祖父の時代も『魔法少女』は一人で、父親の時代も一人だったと聞いている。

 下手したらこれまでの『侵入者』との戦いの中で初めてのことかも知れない。

 直登はそう考えると俄然とやる気が出てくるのを感じた。

 『魔女の証』を受け継ぐものが、果たして何人存在するのか明確な数字は分からない。それに、どうやって『魔法少女』が選ばれているのかも謎である。

 ただ、どんな時代でも――必ず1人は『魔法少女』として『覚醒』し、『侵入者』と戦ってきた。

 一人で世界を守っているのだ。『魔法少女』の人数が多ければ、この歴史に幕を下ろせるかもしれない。

 そんな淡い期待を直登は抱く。


「そうなったらいいんだけどな」


 そう言って直登は目をつむり『魔法少女』の気配を探す。

 直登は今、三日ぶりに『魔女の証』を感じていたのだった。今度こそ『気配』を逃すまいと、目を閉じて『気配』に集中する。頭の中でぼんやりと色付く方向を探す。

 直登が今いる場所は、繰間市の真ん中を流れる鎌野川(かまのがわ)の堤防だった。川の流れによって削られた段差を利用して作られたのだろう。

 堤防は遊歩道として活用されており、脇は野花が青々と風になびき、川の左手にある山々が美しく太陽の光に映えていた。

 土曜日ということもあってか、サイクリングを楽しむ若者や、家族そろって散歩をしている微笑ましい姿が見受けられた。

 直登はそんな中、一人、難しそうに目を閉じて、「ふぅー」と、強く息を吐く。

 散歩していた家族が、直登の横を通り過ぎる際に、必要以上に距離を取ったことは、目を瞑っていた直登は、知る由もない。

 修行僧のような顔をして遊歩道の真ん中に立っていた。


「もうちょっと、先かな……」


 直登は、感じている『気配』はまだ先の方だと判断して、足を動かし始めた。

 直登が感じる『気配』は色で頭の中に浮かび上がる。『魔女の証』は白色。ちなみに赤岬の『気配』は、その名の通り赤色である。

 意識を集中させれば、相手がいる方向に対して脳内が色付く。

 距離があれば薄く、近ければ濃くといった具合だ。

 今感じたのは目を閉じた闇と混ざり合う白色。

 『魔女の証』を持つ人間までは、まだ少しあるようだった。


「……ふぅ」


 直登はここに来るまでに、かなりの距離を歩いている。

 こんなことならば、愛用しているマウンテンバイクに乗ってくれば良かったと後悔するが、ここから工場まで、一時間。自転車を取りに引き返すには、だいぶ遠い。


「修行の一環としてやらなきゃよかった……」


 修行は修行。

 探索は探索として区切れば良かった。これでは、修行するにも疲れが出て、共にマイナスの成果しか残せないと悔やむ。

 それでも、一定のリズムを刻みながら、直登は走る。


「でも、移動してる感じはなかったから、あと三十分も走れば会えると思うんだよね……」


 感じた『気配』の方角からして、この遊歩道付近にいることは間違いない。念のために部活帰りだろうか、通り過ぎていく女子高生がいないかにも注意する。


「……」


 直登の計算通り、30分ほど走った場所に――一人の女子高生がいた。

 遊歩道に設けられている、道路に降りるための階段に座っていたのだ。

 黒の制服に黒のスカート。

 首元には青いリボンが付けられたいた。

 制服を着ている女子高生。

 横からだと表情ははっきりと見えないが、ショートボブの髪型と相まって、どこか中性的な雰囲気であった。


「……さてと」


 取りあえず、目の前にいるこの女子高生が、直登が探していた『気配』なのかを、もう一度探る。

だが、目的の人物らしい『女子高生』を目の前にして、直登の探知の力は発動しなくなってしまった。

 どこにも『気配』を感じない。

 そうなると、目の前の少女が『魔法少女』である可能性もあるし違うかもしれない。

 直登が走っている間に、『魔女の証』を持つ者も移動した可能性もある。

しかし、直登はこの少女に話しかけようと決意する。


「……」

 

 決意した直登ではあるが、綺麗な顔立ちで黄昏ている少女に、どう声をかけていいものか悩んでしまう。『魔法少女』であるかどうかの前に、見知らぬ女子に、気軽に話しかけるほどの勇気はないのだ。

 それでも、相手が『魔女の証』を受け継いでいるかも知れないと自分に言い聞かせると

 

「その制服、繰間工業高校だよね……」


 裏返った声で少女に話しかけた。

 少女は、明らかに不自然な態度の直登に、戸惑った表情を浮かべはしたが、すぐに立ち上がって逃げるようなことはしなかった。


「そうですけど、なんですか?」


 女子高生の顔が直登に向けられる。

 鋭い視線と落ち着いた態度は、人見知りの直登には当たりが強く感じてしまう。凛としたクールな眼差しと、整った顔立ちは、女性からも人気が出そうであった。

「なんですか?」と自分から質問してきたということは、最低限の話は出来そうだと、直登は安心する。

小さく咳払いをして声のトーンを調整して、質問を投げた。


「少し聞きたいことがあるんだけどいいかな?」


「だから、なんですか?」


「ええと……」


 やはり、キツイ少女の態度に直登は一瞬、頭が真っ白になる。

 いきなり、「あなたは『魔女の証』を持っていますか?」と聞いても伝わらないだろう。まずはどこから聞くべきかと、十秒ほどフリーズした。そこで、三日前の夕方、何をしていたのか確認してみればいいのだと思い付く。

 『気配』を感じた夕方に、この女子高生が商店街にいて、今日もここにいたのならば――『魔法少女』の確率は高くなる。

 夜中の倉庫での出来事については聞かないほうがいいだろうと直登は、あえて聞かなかった。


「三日前の夕方、なにしてたか教えて貰えないかな?」


 直登は質問すれば答えて貰えるだろうと思っていたが、その認識は甘かった。

 女子高生=赤岬のイメージを持っている直登。一応、その点を考慮してはいたが、比べる物差しが湾曲していては、想定しても結局は大きくズレてしまう。

 赤岬ならば初対面の男に、三日前、何をしていたか聞かれても、迷わずに答えるだろう。だが、大多数の女子が、怪しい男に対して答えるわけはなかった。


「は? いきなりなんですか? てか、誰ですか? どこ高?」


「……」


 この子、きれいな顔してヤンキーなのだろうか。メンチを切るようにして目を細めた女子に、思わず一歩後退してしまう。

 それくらい、彼女の視線には中々の迫力があった。

 それと同時に、高校生だと間違われたことに、若干の嬉しさを感じた直登も変わっているのだろうが……。もう一歩、距離を取ろうとした足を、その喜びが踏み留ませる。


「俺は高校生じゃない。……社会人だ。いきなりの質問で申し訳なかった。でも、ちょっと、人を探してて……」


「人探しですか……?」


 作る表情は怖いが、完全に悪というわけではないようで、人探しという言葉に、少しだけ表情が和らいだ。

それでも、警戒は継続されているようだったが。


「それで、分かってることが、三日前の夕方、商店街に居たこと……、相手は恐らく女子高生だってことだけだ」」


「……その高校生とは、一体、どういう関係なんですか?」


「ええっと」


 関係などない。

会ったこともない。

 現状はただの他人でしかないし、そもそも相手が誰なのかも分からないのだ。無関係としかいいようがないが、それをこの場では言わないほうがいいだろう。

 直登は「大したことないよ」と、曖昧な返事をする。


「怪しいですね……」


 はっきりとした言葉を返せない直登に対して女子高生は訝しむ。直登が何か犯罪を犯しているのかと勘違いしているようだった。


「そうかな? 因みに君は何してたんだい?」


「……残念ながら、探している生徒は私じゃないですよ。私は三日前の夕方は、普通に部活に参加していましたから」


 直登を信用はしていなくとも、自分とは関係ないと女子高生は答えた。

 そうした方が、怪しい男から解放されるだろうと気付いたのか。

 自分は駅も使ってないし、商店街に近づいてもいないと続けて言う。

 その言葉の通り、階段の横に置いてある、銀色の一般的な自転車は、彼女のものなのだろう。

 そしてこの場所は駅とは反対方向だ。

 通学で商店街を通らないのは、間違いなさそうだと直登は女子高生の言葉を信用した。


「……そっか」


 やはり、ここに来るまでの間に移動してしまったのか。

 全く役に立たない探知の力に直登は悲しくなる。

 なにが『魔女の祝福』だと。

 直登の浮かべる表情が、余程悲しそうだったのか、


「……それに、夕方の商店街って、帰宅する生徒が駅に向かう通路として使ってるので、結構な人数に上ると思いますよ」


 と、それだけの情報で人を見つけるのは大変だとアドバイスをする。


「まあ、そうだろうけどさ」


 実際に商店街に行った直登も、そのことは実感していた。

 帰宅ラッシュの商店街の中で、『気配』だけを頼りに人を探すのは大変であると。

 せめて、もう少し何かしら情報があれば助かるのだけれど、今、直登が持っている情報は数少ない。

 だが――その中でも一つ確信があるからこそ、この少女にへと話しかけたのだが。

 

「忙しいところごめんね。ありがとう」


 直登は礼を言ってその場から離れようとする。


「……別に忙しくないですよ。ただ、友達待ってただけだし」


 直登を見ずに答えたその言葉に直登の動きが止まる。


「友達……?」


「そ。っと、戻ってきたみたいだね」


 遊歩道の先を見つめていた女子高生は、ブレのない動作で立ち上がると、止めていた自転車に腰かけた。

 どうせならば、その友人にも話を聞いてみようと、直登も一緒に待っていると、


「なんであんたも待ってるのよ、話は終わったんでしょ?」


「いやー。ついでにその子の話も聞きたくてね」


「いっとくけど、多分、聞けないと思うよ?」


 待つのはいいけど、どうせ何も得られないだろうと彼女は言う。

 どういう意味なのかと直登は聞いた。


「え? それってどういうこと?」

「会えばわかる」

 

 短いその言葉は深く追求することを拒んでいた。

 話が聞けないという意味が分からないまま、もう一人の女子高生が来るのを待つのだった。

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