第3話

「相変わらず凄いねー。私にもかしてよー!」


 訓練室の扉が勢いよく開かれた。中に入ってきたのは口の周りにココア粉を付けた赤岬。集中力が高まった直登の気を抜くのに、十分すぎるほど間の抜けた顔だった。


「赤岬……」


 直登の冷めた視線を意に介さず、


「毎日、毎日良く飽きないねー。直登は、結構な腕前なんだから、ちょっと位、休めばいいのに」


 と、訓練室の中に入り、直登の手から刀を奪った。刀を奪われないように抵抗しても良かったのだが、本気を出せば赤岬に勝てないことを直登はよく理解している。


「一日休むと三日取り戻すのにかかるらしいからな。俺には、そんな過去を取り戻す時間は――与えられていない」


 だから、邪魔をするなと釘を刺すが赤岬には通じなかったようだ。


「やだなー。そんなの迷信だって」


「はっ」「とうっ」と適当な掛け声を上げて刀を振るった。

 型も剣筋も乱雑だった。そんな動作ではいくら素振りをしようと、何の意味もないと呆れる直登。

 赤岬にしたって、本気で訓練をする気もないのだろう。

 十回ほどして満足したようで、直登の隣に腰を下ろして刀を返した。

  

「一日休んで三日頑張れるのと、一日も休まずにだらけた三日を過ごすんじゃ、どっちが有用なんだろうね」


 入れ替わるようにして立ち上がった直登に言う。

 直登の言う通り、休まずに毎日を過ごせる人間がいれば、それは理想なのだろうが、そんな人間はいない。いたとしてもそれは人間じゃない何かだ。と赤岬は笑った。


「ま、私の場合は三日休んで一日頑張るんだけど!」


「お前はもっと頑張れよ……」


 もっともらしい事を言うのはやめろ。と直登は手首を軸にして刀を回転させた。


「それにしても、最近、あいつら出ないねー」


「あいつら?」


「……もう。分かってるくせに惚けないでよねー。『侵入者』に決まってるじゃん!」


「まあ、確かにな。最後に出たのはいつ頃だ……? 一か月くらい前か」


 あいつらが『侵入者』を差すと決まっているのかどうかと言うことには目を瞑り、最後に『侵入者』と戦った記憶を思い起こす。


『侵入者』とはこの街に現れる得体の知れない『化け物』の総称であり、『魔女』の世界と関りがあるらしい。本当に『魔女』の世界があるのか。何故、この世界に現れるかと疑問には思うが、だが、実際に存在してるし、人を襲う。 

 だからこそ、直登は戦っているのだ。

『侵入者』を知る一族として。


 直登の記憶に狂いはないようで赤岬も同意した。


「それくらいになるね……。一か月か……出番無くて暇だー! 暴れさせろ―、戦わせロー!」


 赤岬は訓練室の床に大の字になって寝そべると、バタバタと手足を動かした。この言動から分かる通りに、赤岬は『魔法少女』として『侵入者』と戦うことが大好きだった。


「戦いたいって……。おおよそ女子が言う台詞ではないね。そしてその格好は女子高生がする格好ではないな」


 はしたない格好を思春期の女子がするんじゃないと直登は注意する。

 直登の言葉に、バタバタと手足を動かすのをやめる赤岬だが、仰向けに寝そべった姿勢はそのままに反論をする。


「なに言ってんの。今の時代は、女の子も戦う時代なんだよ? 男女平等社会なんだよ? じゃなきゃ、スーパーヒーロータイムの後に『プリキュア』が続かないって」


「見た目に寄らず、詳しいんだな、お前……。でも、その時間帯とはあまり男女平等は関係ないんじゃないか……それに、その時間帯もその内変わってくだろうぜ」


 近い将来な。いや、既にもう変わっているのかも知れない。

 それはともかくとして、女性が戦う作品は意外にも昔からあるのだ。ただ、社会がそう言う風習だから拡大されるだけである。要するに物は良いようなのだ。

 それ以上、深くは追求せずに、再度素振りを始める。

 

「もう、折角同じ場所にいるんだから話しながらでいいじゃん。冷たいなー直登は」


 赤岬が構って欲しそうな視線で、足をピンと直立させる。地面と90度に延ばされた足を、シンクロの選手のように動かす。


「……」


 スカートでやる姿勢じゃないと直登は忠告しようとするが、それこそ赤岬が狙っていることであり、ここで話しかけたら思うつぼだと言葉を呑みこんだ。

 反応しないと分かると、パタリと足を降ろして諦めたようだ。


「じゃあ、私は戻るかなー」


「……」


 一体、何しに来たんだよ。

 直登は心の中で突っ込んだ。

 訓練室降りてきたのはいいが、結局、十回程度素振りしただけで帰っていったことになる。結果的には直登の邪魔しかしていなかった。


 赤岬は背中を丸めて扉に向かう。そして、一階に上る際に、寂し気に振り返り「止めるなら今だよ」と、口に出した。


(そういうのは自分で言ったら駄目だろうが!)


 心の叫びを塞いだ直登。

 その甲斐あってか、赤岬はそれを最後に上に登っていった。


 赤岬がいなくなることで広くなった訓練室。

 無駄になった時間を取り戻すようにして、動きの幅を激しくする。さっきまでは只の素振りだったが、相手の動きを想像して、実際の戦闘をシュミレーションするシャドーを始めた。


「はっ! はぁっ!」


 見えない敵を思い描きながら戦う。

 直登が思い描くのは自身が勝てない相手だ。そうすると、近くで動きを見る機会が多い赤岬が自然と浮かび上がる。


 ニヤニヤと「私に勝てると思ってるのー」とでも言いたそうに笑う幻影(あかみさき)が直登の目には鮮明に浮かび上がっていた。


 自身で作り上げた幻影に攻撃を仕掛ける。

 左足を軸足とし、右の足を大きく踏み込みながら、刀を袈裟に斬り下ろす。だが、赤岬ならば、この程度の斬撃――平然と躱すはずだ。

 赤岬が交わすところまで想定した直登は、次の一手に行動を移した。


 斬撃を交わして直登の背後に回る赤岬に、踏み込んだ右足を後方に蹴り勢いをつける。左足を支点にしてその勢いを利用して振り返る。

 身体を左に回転させた直登は――刀を振るって幻影(あかみさき)を一刀に切り捨てた――。

 つもりだった。

 

 直登が作り上げた幻影(あかみさき)は、人間離れした動作で上体を反らし、不敵な笑みと共に直登を殴りつけた。

 幻影(あかみさき)の拳を受けた所で――イメージが崩れた。


「……はぁ、はぁ。くそっ。俺は想像ですら勝てないのか……」


 直登は悔しさから大の字に倒れた。

 自身の弱さ。

 そして――、


 「赤岬に言われなければ、『侵入者』のことなんて気にもしなかった……」


 倒すべき存在のことを、この一か月、全く考えていなかった意識の低さにも嫌気が差す。だが、それは『魔女の証』を頻繁に感じるからであって、そちらの対処に専念していたからである。

 動きの無かった『侵入者』に対して『魔女の証』は一か月で6回。

 こんな短期間での発生は初めてだったのだ。

 故に直登もそちらを優先して考えてしまっていたわけだが――


「いや……。そんなの言い訳にしか過ぎないか」

 

 どんな状況であろうと、意識を反らしたのは自分だ。


「でも……嫌な予感はするな」


『魔女の証』の多すぎる誤検知。

 動きのない『侵入者』


 二つのこれまでにない経験が、直登の心にさざ波を立てる。

 自身の考えすぎならばいいのだがと流れてきた汗をぬぐい、訓練室の角に置かれたベンチに腰を下ろした。

 横には小型の冷蔵庫が置かれており、その中からスポーツドリンクを取り出す。

 少量を口に含んで口内に染み渡せるように液体を動かして、ゆっくりと飲み込んだ。


「『侵攻者(あいつら)』が何を考えてるかなんて、分かる訳はないけど……不気味だな」


 直登がそう呟くと――心臓が大きく高鳴り、心が冷えていく。

 高揚感と不快感が血流に乗って体を巡る。


「噂をすれば影が差すか……」


 この感覚は『侵入者』が現れる前兆だ。やはり、『侵入者』が現れなかったのは偶然だったようだ。

 一か月なら、無いこともないし、むしろ普通だ。

 自身の考えすぎであったことにひとまず安心する。

 

「よしっ……」

 

 飲みかけの容器を冷蔵庫に仕舞った直登は、日本刀を手に持ち、一気に階段を駆け上っていく。訓練室から一階に上がると、まだ、赤岬は『機関』に残っていたようだ。

 てっきり、家に帰ったものだと思ったが、屈伸して体を解していた。

 赤岬も『侵入者』の出現に気付いたのだろう。

 

「直登も行く? これくらいなら、私一人でも楽勝だと思うけど?」


 現れる『侵入者』の強さは感覚で理解できる。

 直登の場合は『侵入者』の力が強いほど、イメージが黒くなっていく。

 今、感じている『侵入者』は、それほど濃い色ではない。薄い灰色のような感覚だ。ならば、それほど脅威ではない。


 赤岬ならば余裕で勝てる相手だ。

 ――だからと言って、赤岬に任せるわけつもりなどないのだが。


「いや、俺も行く。久しぶりだし、もしかしたら、『魔女の証』を持った人間が、現れるかもしれないからな」


『魔女の証』を持った人間も、完全に覚醒はしていなくとも、『侵入者』を感じることは可能なようだ。その不思議な感覚に誘われるようにして、現場に向かうかもしれないと言う直登に赤岬も頷いた。


「確かにそれはあるかも。そうなると、直登が近くに居たほうがいっか。魔女っ娘好きが功を奏して、手に入れた力は直登だけのものだもんね」


「そんなわけあるか! 代々継がれてんだよ! 井伊家にな! お前も知ってるだろうが!」


 赤岬には全て説明しているので、直登の力が『祝福』によるものだと知っている。にも拘わらずに、あざとく目を丸くして首を傾げた。


「そうだっけ……。私が知ってるのは、直登が魔女っ娘好きってことだけだよ……」


「お前な、こんな時に冗談を言うなよな……」


 強くないとはいえ『侵入者』が現れそうなのだと呆れる。


「冗談じゃないんだけどねー!」


「そうかよ」


 とにかく、これ以上赤岬に関わっていたらきりがないと、、汗で滲んだワイシャツやシャツを脱ぎ、適当なTシャツに袖を通した。

 そして、剥き出しになっていた日本刀を竹刀袋に戻した直登は準備OKだと赤岬に告げた。


「……どうした?」


 しかし、赤岬は自分の胸に手を当てて硬直して動かない。

 また、悪ふざけかと疑いはしたが、だが、その引き攣った表情は稀にみるモノだった。なにかあったのかと直登が聞くと、


「もう……、いきなり脱ぎだすから襲われるかと思ったじゃん!」


 下らない理由であった。

 心配するんじゃなかったと呆れた様子で直登は、ため息を付くと、扉を開けて一人で先に出る。背後から「犯されるかと思ったー」という声は直登の耳には届いたが、心には届かなかった。


 犯すも何も脱いだのは上半身だけだし、下着を見せた訳でもない。

 本当はズボンも動きやすいジャージに履き替えたかったが、赤岬がいることを考慮して、上半身だけに留めたのだ。

 そこもしっかりと考慮したつもりだったのだが……。


 見た目、コギャルの癖に赤岬は純情なのだ。

 是非ともその心を服装に反映させて欲しいと思うが、どうせ治らないと直登は諦めていた。


「ああ、待って、待ってよ!」


 一人先に出た直登の背を追い、白いサイコロ上の建物から、赤岬が慌てた様子で飛び出してくる。

よほど慌ててたのか、扉の前で立ち止まっていた直登の背中に、「あ、ああ、きゃあ!」と、ぶつかってしまう。

 いきなりの衝撃に直登は、赤岬と絡まるようにして倒れてしまう。


「あいたたたた……」


 直登の背中に抱き着くようにして倒れた赤岬。直登はうつ伏せに倒れ、その上に赤岬が乗っかていた。


「もう、なんで扉のすぐ前で止まってるんだよー! 危ないじゃんか!」


「これは俺が悪いのか……?」


 それよりも直登は背中に感じる感触を早く退かしてほしかった。直登の思いが通じたのか背中に感じる柔らかな触感がどかされる。

 直登は地面に手をついて体を起こした。

 服についた土や砂を払い落としながら、「怪我はないか?」と聞いた。


「心の傷以外に傷はないよー! 襲われそうになるし、置いてかれそうになるしで大怪我だよ」


「よし。怪我はないな」


「自分だけいい思いしておいてねー。本当はそれを狙ってたんじゃないのー?」


「は? いい思い? 別にしてないけど?」


 赤岬が何を言いたいのか理解できない直登。

 何を言っているんだと首を傾げるが、赤岬が意地悪そうに笑う。


「本当にー?」


 そういいながら、赤身先は自分の胸を強調するようにして腕を組む。倒れた拍子に胸が押し付けられたことを、「いい思い」だと言いたいらしい。


「……相手がお前じゃなかったらな。くだらないことを言ってないで、早く向かうぞ!」


「今、何気に酷いこと言わなかった……? あ、ちょっと、待ってってば!」


 言葉を無視して駆けだした直登の背を、赤岬は追うのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る