Scene5 人のせいにしたがるのが人間
夏美は美味しそうにビールを
僕はそんな彼女の姿を肴にビールを飲み、サラダをつつく。あっという間に最初の缶は空になる。
「なんか、なつかしいですね、このアウトドアの感覚」
夏美は缶ビールを手にしたまま、しみじみと天を仰ぐ。僕は何も言わずに、潮風になびく彼女の髪に目を遣る。
「昔は楽しかったです」
「昔って言っても、たかだか7、8年前のことだけどな」
僕は次の缶を開ける。景気のいい音が僕たちの間の小さな空気を揺らす。
「もうずいぶん昔のことです。私の中では弥生時代とかとあまり変わらないくらいです」
「夏美は弥生時代から生きていたのか?」
「前世の話ですよ」
その横顔は真面目だ。
「学生の頃は、よくみんなでキャンプとかしましたよね・・・」
夏美の言う「みんな」の中にはもちろん中澤も含まれている。
僕たちはレクリエーションのサークルを作っていて、キャンプに行ったり登山したり、スポーツの大会に参加したりした。大会がない時でも、誰かのアパートに集まって意味もなく酒を飲んだ。
つまり、レクリエーションとは、酒を飲むための口実にすぎなかったわけだ。
「なにもかもが自由で、濃かった・・・」
夏美はそう言って足下に落ちている小石を拾い上げ、指先でやさしく撫でる。
僕は眼前に広がる海に目をやる。水面はまるでビロードの布みたいにゆるやかに波打っている。
そのさまを見ていると、夏美の言うように7、8年前はずいぶんと昔のような気もしてくる。
「また戻りたいなあ、あの頃に」
実感のこもった言葉だ。
「ところで、ひとつ、聞いてもいいですか?」
夏美は流木に腰掛けたまま、背中をすっと伸ばしてこっちを見る。
僕は、いいよ、と答え、残りのビールを喉に流し込む。
「どうして裕子さんと別れちゃったんですか?」
「いきなり鋭い質問だな」
「ずっと気になってたんです。だって裕子さんすごくやさしかったし、しかもきれいだったから、なんで先輩はあんな人と別れちゃったんだろうって?」
ミートソースのパスタを口に入れる。ぬくもりはなくなっているがトマトケチャップの味はまだ生きている。
「要するに破綻してたんだよ、俺たちは」
夏美は少し首をかしげてこっちを見る。
僕はそろそろ酔いはじめている。
「裕子はとにかく日本を出たかったんだ。もっと広い世界を知りたかった。それで、4年生になってからいろいろと情報をかき集めて、結果的にダイビングのインストラクターとしてプーケットに行くと決めたんだ。それって、どういうことだと思う?」
夏美はビールの缶を両手で持ち、やや背中を丸めて考え込む。
「先輩には申し訳ないけど、先輩よりも自分の夢を優先したということですか?」
「そう思うよな。間違いない。ただ、もう1つ問題があった。俺の心だよ。裕子からその話を聞いた時、俺はさほどショックを受けなかったんだ。つまり、俺たちはそろそろ潮時だって、自分で分かってたんだ。それはたぶん裕子も同じだった。俺たちは、そのうち別れるだろうなって互いに悟り合ってたんだよ」
「どっちが悪いとかじゃなくてですか?」
「そうだよ。そりゃ、あの時はお互いに自分は悪くないと思っていたさ。追いつめられた時には人のせいにしたがるのが人間だからね。でも、あれから時間が経って冷静に考えてみると、あの時俺たちは別れるべくして別れたって気がするね」
夏美は僕の話にきちんと耳を傾けている。そんな夏美のすぐ横にいると、少し話しすぎたような気もしてくる。
「たしかに、人のせいにしたがるのが人間ですよね・・・」
夏美は意外な言葉に反応する。
それから彼女は暗がりの中で、サンダルに入った砂を手で払いはじめる。
「先輩、今彼女とかいないんですか?」
「いないよ」
「作ろうとしないんですか?」
「今のところはそういう気にはなれないね」
僕はそう答え、手に持っていたビールを一気に空にする。そうして最後に1本だけ残った缶を掲げて、俺が飲んでもいいかと聞く。
夏美はどうぞと言って2、3回うなずく。
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