Scene4 流木とよく冷えた缶ビール
国道を下りてからというもの辺りはすっかり暗くなり、外灯もまばらになっている。
窓を開けると、強烈な緑の匂いが立ちこめ、草木が揺れるさらさらさらという音が、低く唸るようなエンジン音と一緒に車内に入ってくる。
僕は古い酒屋の店先でたった1人幽玄の光を放っている自動販売機の前で車を停め、500mlの缶ビールを5本ばかり買う。手に張り付きそうなほどによく冷えたビールだ。
僕たちの前に海が現れたのはそれからまもなくのことだった。
小さな砂浜の左右に岩が突き出ているために、プライベート・ビーチのような雰囲気だ。
大学4年の秋、ちょうど裕子と別れた後にこの海岸にたどりついたことがある。僕はここでビールを飲み、ラジオを聞いた。それからギターも弾いた。
あの時は中古のオープンカーに乗っていて、幌を全開にして星を見ながら眠りについた。情景が、まるで1週間前の出来事のように甦ってくる。
エンジンを切り、ドアを開けた途端、潮風が静けさと一緒にまとわりついてくる。
夏美はひょいと車を飛び出て、浜辺に向かって小走りで進む。1本だけ立っている外灯が彼女の白くて薄いワンピースをまるでカゲロウの羽根のようにうっすらと映し出している。
僕はセブンイレブンの買い物袋を両手にぶら下げて彼女についていく。
砂浜には手頃な大きさの流木がちょうど横たわっていて、僕たちはそれに座ってさっそく乾杯する。
水平線上にはいくつもの漁り火がほぼ等間隔に連なり、空には星が細かい電飾のように散らばっている。
記憶が鮮明になっていく。あの夜と何も変わっていない。
そのうち、今まで自分の身に起こってきた数々の出来事が、あたかも架空の作り話のように感じられてくる。
ここは世の中に流れる時間というものから完全に独立した海岸なのだ。
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