12 こっちにも財宝があるぞ

 窓辺に灯りは見えなかった。まだ、住人が床に就く時間ではない。


 今すぐ侵入するつもりで来たわけではなかった。場所さえ覚えておけば、いつでも戻ってこられる。住人が寝静まり、往来に人通りの絶える深夜のほうが、盗みはやりやすいにきまっている。


 しかし、ルイジはすぐに忍び込みたくてうずうずしているらしい。引き返せば、この男は抜け駆けするにちがいない。出し抜かれるのは二度とごめんだ。


 からっぽの宝石箱なんか見たくもない。


 扉は軋みながら内側へ開いた。通路が奥まで延びている。


 中の様子をさぐるだけにしよう、とラウロは自分に言い聞かせた。まだ家人が起きているようであれば、引き返す。


 通路の左側に扉があった。軽く押すだけで動いた。正面に階段が見える。

 客が迎えられる中庭がそこにあった。周囲を柱がめぐり、洒落た宮殿のように見せている。人影がないのを確かめ、横の通路から入った。


 右手に大きな扉、窓には夕映え。広間全体がほのかな薔薇色に染めあげられている。


 ざっと見ただけでも、中庭には5つの出入り口がある。家族以外の人間も出入りする1階部分に、宝石をしまっておく部屋があるとは思えない。2階をさがしたほうがいいだろう。ラウロは中央を迂回して回廊を歩いた。頭上の通路が屋根のかわりになり、真上からは見えない。


 キアラはここにいるのだろうか、と考えた。また、宿に赴いているかもしれない。薬種商がいないと知れば、戸惑うにちがいない。今頃は彼をさがしまわっているかもしれない。しかし、レモは恐らく、この街にはもういない。


 腰に前掛けをつけた若い娘が回廊をすたすた歩いてきた。ふたりに気づき、さらに抜き身の短剣と半裸のルイジを見て目を剥いた。彼女が口を開け、叫び声を発するよりも早く、ルイジが動いた。娘を壁際に引き寄せ、同時に口も塞いだ。


 娘は抵抗したが、一発殴られて敷石の上に転がった。


「金の受け渡しをしたとき、あの扉が開いていた」

 と、娘を扉の裏に押し込みながら、ルイジが言った。

「寝室のようだった。きっとあそこに宝石箱がある」


 2階の角にあるその扉は、今もわずかに開いている。上にはほかにもいくつか扉がある。今にもひとつが動いて誰か出てきそうだ。と思うや、ルイジはすでに階段に足をかけている。


 身を屈めて、ラウロも続いた。引き返すかどうか迷っていると、前に進む道が示される。


 あのときと同じだ。


 子供の頃、バルセロナにある大聖堂の宝物庫に忍び込んだ。司祭が昼寝する時間を狙い、年上の仲間5、6人と裏口から入った。仲間は螺旋階段をぞろぞろのぼってゆき、ラウロはしんがりにくっついた。


 頑丈な錠を壊して中に入ると、宝の山だった。大燭台と銀の皿、書物、儀式用の杯、真珠をちりばめた十字架や聖遺物箱。服にそれらをぎっしり詰め込んで部屋を出ようとしたとき、ひとりが叫んだ。


「こっちにも財宝があるぞ!」


 部屋の奥に、また扉があった。みんなでそこへ入り、金の鎖を見つけては首にかけ、口いっぱいに硬貨を詰め込んだ。


 ラウロにとって、それはただの遊びだった。年上の友人が彼の服に珊瑚や真珠を押し込んだが、彼にはその意味もわからなかった。むしろ、忍び込むという行為そのものを楽しんでいた。重大な罪であるとは思いもしなかった。それは、常日頃、街角で繰り返した冒険と同じだった。


 宝物庫はいくつかの部屋に分かれていた。奪いきれないほどの宝に圧倒され、ずらかろう、という首領格の若者の言葉に後ろを向いたとき、彼らは警備兵と鉢合わせた。兵は、あわせて10人はいた。


 皆いっせいに逃げ出したが、掠奪品のせいで動きは鈍かった。ラウロだけが警備兵の手をすり抜けた。気づくと、教会の裏手にあるぼろ小屋で、ひとりで震えていた。

 仲間は全員捕らえられ、縛り首になった。


「こっちだ」


 ルイジに呼ばれ、ラウロは寝室に滑り込んだ。


 床の中央に大きな寝台がひとつ置かれていた。主人と奥方に加え、あと4人くらいはここで寝起きできそうだ。床まで達する緋色のタペストリーが正面の壁にかかっていた。床に置かれた木箱に目が吸い寄せられた。

 床に膝をついて錠を外しにかかった。緊張のせいで、裏口の扉よりも時間がかかった。


「もたもたするな」


 ルイジの声にも焦りがあらわれている。


 開けた瞬間、上に置かれていた陶器の水差しがぐらりと傾いた。倒す直前に受け止め、蓋を開けて中をのぞいた。


 いっぱいに詰め込まれた枕や敷布の下から、銀の食器が出てきた。底には虫の死骸や錆びた鎖、割れた燭台の欠片が散らばっている。


 ない。銀器をのぞけば、がらくただ。


 扉の隙間から外をうかがっているルイジが言った。

「誰かが来る」





 


 

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