11 何か企んでいるのだとしたら

 ルイジはすぐ横の部屋に飛び込んだ。

 室内には寝台があり、乱れた敷布の上に服が脱ぎ捨てられていた。誰もいない。


 行き止まりかと思われたが、奥に階段があった。下へ伸びている。通路の小窓から中庭の光が差し込んでいた。

 階下で叫び声があがった。

 窓から頭を出して見おろすと、ルイジが下穿きを押さえながら中庭を突っ切って走って行くところだった。


 井戸の横で睦み合っていたふたりが突き倒され、罵声をあげた。人の肩を押しのけて、ラウロも中庭に出る。往来につながる扉が大きく揺れていた。


 夕映えの中、半裸で走る男を追うのは難しくなかった。ふたつめの通りで手が届くほどに距離が縮まり、体ごとぶつかって石畳へ倒した。いつのまにか短剣を抜いていた。


「待った!」


 ルイジが両足をばたつかせた。


「待ってくれ」


 心臓が打ち、耳鳴りがした。目の前が真っ赤になっていた。喉に押しあてた刃を動かさずに立ちあがり、襟をつかんで引き起こした。そして壁に向けて押しつけ、再び短剣を突きつけた。


「金はどこだ」

「金?」

「大司教の墓から盗んだものはもう売ったんだろ? その金はどこにある」

「金はない」

「ない?」

「盗まれた」

 ラウロは短剣の刃をさらに皮膚に食い込ませた。

「ほんとうにないんだ!」

 かすれた声でルイジが叫んだ。

「あいつに――仲間に、ぜんぶ持ち逃げされた。ほんとうだ。どこへ行ったのかわからない。頼む、殺さないでくれ」


 ルイジはその場にへたり込んだ。逃げようとはしなかった。



 港が近い。市街地のちっぽけな灯火は背後に遠ざかり、空と海面の境界が燃えていた。


「船の中で金を山分けし、この港で降りたあと、やつとは別れた。ひとりになってから指輪を売ったんだ。おまえが隠していた、あのルビーだよ」


 売ったということは予想していたので驚かなかった。


「だが、今日、盗まれた。留守にしたのはほんの短い時間だったんだが、そのすきにおれの宿へきたんだ。あとを追いかけたが、見失っちまった。指輪のことはやつには黙ってたんだが、どこかで聞いて知ってたにちがいない」

「それはいつのことなんだ」

「午後の鐘が鳴ったあとだ」


 オルランドといっしょにいるところを見たとき、ルイジの相棒はまだ金を手にしていなかったことになる。

 街でふたり組の姿が目撃されなかったわけだ。やはりルイジは相棒と袂を分かっていたのだ。


 さっきまで命乞いをしていたのが嘘のように、ルイジは前をぶらぶら歩き、ときには冗談まで口にする。


「なあ、悪く思うなよ。おまえを毒殺しようと言い出したのは、やつだからな。無事でよかったよ」


 そう言いながら、ルイジは視線をちらちらと後ろへ投げかける。武器を手にしているのはラウロのほうだ。油断させて短剣を奪う機会を狙っているのだろう。


 港沿いに邸館が建ち並ぶ界隈に入った。荷揚げした商品をすぐに運び込むために、建物は桟橋側を向いて建てられている。別の街で船荷の上げ下ろしをしていたとき、ラウロはこうした建物になんども足を踏み入れた。1階部分は倉庫や事務所として使われ、2階や3階は住居になっている。荷役に限らず、人や馬などの出入りが激しいため、日が暮れても扉が開け放たれていることが多い。


 指輪をルイジから買った人物の家は、このどれかなのだ。

 それをまた盗み出せばいい、と提案したのはルイジだった。


 金を奪って逃げた男も捜し出す。オルランドに頼めば、すぐに居所を探り出してくれるだろう。金を取り戻したら、オルランドに少しやってもいい。


 ルイジが足を止めた。

 周囲を威圧するような大きな館が、粗い壁面を残照にさらしていた。正面の扉は閉まっている。ラウロは建物の裏手にまわった。裏口は薄っぺらな板戸で閉ざされているだけだ。


「ここが、そいつの屋敷だ。織物商のパントゥルノだよ」


 ラウロは驚いた。


「パントゥルノ? 彼がおまえからあの指輪を買ったのか?」

「ああ。大司教の墓から盗んだものだとも知らずにね」


 ラウロはしばらく無言で館を見つめた。あの指輪を買った人物は、裕福だが顔も名前も知らないどこかの商人だと思い込んでいた。裕福であるのにはちがいないが、宿で見かける胃痛もちのパントゥルノがそれだと言われても、にわかには信じられない。


 からかわれているのだろうか。またあざむかれるのか? ラウロが彼と面識がある事実をルイジが知っていて、何か企んでいるのだとしたら――


「どうした? 怖じ気づいたのか」


 ルイジは隣で薄笑いを浮かべている。

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