3 巧妙な抜け駆け

 盗品は、近くの農村で売り払うと決めていた。ルイジの知りあいで盗品売買の仲介を行う農夫が、その村に住んでいるという話だった。


 宿の一階にある食堂には、泊まり客のほか、地元の男たちも集まっていた。亭主が客に料理をくばっている。今日は煮たマカロニと野菜だ。ルイジは連れといっしょに、街のようすを見てくると言って出ていった。もっともそれは口実で、このあとどうするかを話し合うつもりだろう、とラウロは推測していた。


 ルイジを誘ったのは、盗掘を手際よく終わらせるためだ。いっしょに逃げる仲間を増やしたかったからではない。お互い相手のことは信用していない。


 湯気をたてるマカロニを見ながら、考えをめぐらせた。おれがやつの立場だったらどうするか。


 利益を分けるなら、人数は少ない方がいい。3人ではなく、ふたりで折半する。邪魔な3人目は、ひとけのない街道で殺す。死体は豚が片づけてくれる。盗品をどう処分するかを話し合っていたとき、それなら近くの村に買い手がいる、と言い出したのはルイジだ。おそらく市門を出たあとか、村にたどりついたところで、やつらはおれを始末するつもりではないだろうか。買い手の男も仲間にちがいない。


 指輪は紐を通して首からかけ、外から見えないよう隠してある。


 めまいがした。食べ物の匂いにつられてやってきた黒い犬が、足もとをうろついている。


 向こうはふたりだ。行動を共にすれば、こちらの不利になる。どうすればいい――答えはすでに出ているじゃないか。姿を消すんだ。戦利品はもちろん頂いていく。ルイジはまだ戻ってこない。やるなら今しかない。


 中身が半分ほど残った皿を地面に置いた。すぐに犬が汁をなめはじめた。宿の主人が近づいてきて、お気に召さないんですかい、と言った。


 ルイジが相棒と連れだって出かけたのは、大聖堂から戻って間もないときだ。盗品を宿に置いたまま、そう遠くまで行くとは考えにくい。すぐ近くにいるかもしれない。急に立ちあがったせいか、足もとがふらついた。


 宿泊者のための部屋は狭い。壁を無造作にぶち抜いたようにしか見えない穴が窓で、棒を組みあわせた枠に板をのせたものがベッドだ。蚤だらけで寝心地は悪いが、安宿のベッドはどこも似たようなものだ。椅子代わりにもなる箱には、ぼろ布と壊れた食器が詰め込まれている。


 膝をついてベッドの下を見た。袋はあった。奥に押し込まれている。銀色の司教杖が袋の口からはみ出し、埃まみれの床の上で輝いていた。財宝を隠すにしては無頓着というしかない。中を調べた。なくなっているものはない。詰め直した形跡もない。


 疑問がわいた。部屋はほかの客も出入りする。盗品をこのように置き去りにして出るとは、あまりにも不用心ではないか。これでは丸見えもいいところだ。持ち逃げされることだってありうる――今、まさにやろうとしているように。もう少し隠す努力をしてもよさそうなものだ。


 自分のベッドへ近づいた。服や鞄は放り投げた場所にあり、動かされたあとはない。金品はすべて身につけている。


 壁によりかかって考えた。めまいがして、立っていることができない。


 ルイジは盗品を部屋に残しておくのが一番安全だと考えたのだ。隠すこともせずに。宿の主人の柔和な顔が頭に浮かんだ。いつもサイコロで遊んでいるなじみ客の顔も。


 墓荒らしの件を、彼らはすでに知っているのではないか。


 食堂から聞こえていた笑い声はやんでいた。

 ほどけた袋をそのままにして階段を降りた。床に転がっている盗品の銀器を見られたらどうなるか、考えもしなかった。混乱をきたしていた。頭がくらくらする。質の悪いワインを樽ごと飲まされたような気分だ。ワインは飲んでいない。マカロニの残りを犬にやったとき、亭主はなんと言った? お気に召さないか、だと? うまいわけがあるか。あれには薬が入っている。膝に力が入らない。壁につかまり、なんとか一階までたどりついた。テーブルにはコインとさいころが散らばっている。湯気をあげる鍋、数人の客、亭主。さっきとなにも変わっていない。ただひとつだけ、変わったことがあった。地面に横たわっている犬のようすがおかしい。


 立ちあがれないらしく、後ろ脚で地面を蹴っている。目が真っ赤で、口から白いよだれを垂らしている。からっぽの皿がひっくり返って転がっていた。犬は蹴るのをやめて痙攣しはじめた。


 ラウロは犬を見ていた。その場にいる全員は彼を見ていた。泡を吹いて死にかけている犬と、無表情な男たちの顔。その不相応さがおかしく、ラウロは吹き出しそうになった。


 それからなにがあったかはおぼえている。まず首にかけていた紐が引きちぎられ、大司教の指輪が奪われた。懐に手が伸びて財布をとられた。地面に散乱した硬貨の音も聞いた。ラウロはルイジを出し抜くつもりでいたが、ルイジはそれ以上に巧妙に、ラウロを出し抜いてのけた。自分の手を汚さず、宿の主人に彼の始末を頼むというやり方で。


 それから両足をつかまれて地面を引きずられた。


 どれほど眠っていたのかわからない。たいした距離は運ばれていない。

 今いる場所はどこかの路地裏にちがいないが、視界はぼやけていて、周りはほとんど見えなかった。なにもかも真っ白に輝いている。立ちあがると膝がぐらぐらした。屈んだまま手探りで進み、立ち止まって胃の中のものを吐いた。


 顔をあげた。目の前にロープがあった。


(絞首刑の縄だ)


 しかし、目を凝らすと、ロープの先端には驢馬がつながれていた。もういっぽうの端は壁の輪っかに結びつけられている。結び目のほどきかたが思い出せず、押したり引っぱったりしているうちに、また意識が遠くなり、完全な闇になった。


 

 

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