2 恐ろしくないのか、こんなことをして

 大司教は、膝を妙な角度に折り曲げていた。ここは狭いと言っているかのように。

 副葬品はどれも金や銀だ。ルイジがそれらを次々と袋に入れた。それから柔らかい帽子と靴も剥ぎ取る。


「このあと、どこへ行くつもりだい」

 ルイジがたずねた。

「島を出る。北部へ渡って商売をはじめる」

「バカか。これしきの掠奪品でなにをはじめようってんだ。元手にいくらかかるか知ってるのか?」


 ラウロはバルセロナの造船所を思い出した。今のルイジのような口調でよく怒鳴り散らし、誰からも嫌われていた赤ら顔の親方がいた。ワインのカップを手放さず、あいた手でラウロを殴ったものだった。きさまの斧の構え方が気にくわない、おれの女奴隷に色目を使うな、などと罵りながら。


 返事はしなかった。ルイジが盗掘に自分の相棒を連れてきたことにも、ラウロは腹を立てていた。


 副葬品はあらかた頂いた。祭服を脱がそうとしたとき、足音が聞こえた。


 ラウロは棺から飛び降り、急いで柱のうしろに隠れた。

 ルイジも近くにある別の柱にへばりついた。


 通路から、誰かが歩いてきた。禿げ頭の老人だった。教会の司祭だ。片方の手にほうきを持っている。


 出口は、すぐそこだ。今なら、見つかることなく逃げられる。

 口だけ動かして、ルイジがこう訴えかけてきた――袋を置いて逃げよう。


 司祭は納骨堂を横切り、棺のふたが開いているのに気づいて足を止めた。驚愕し、口を大きくあける。彼が声をあげる前に、ラウロは柱の後ろから飛び出した。

 石棺をこじ開けるのに使った鉄の棒をつかむ。

 頭を後ろから殴る。

 

 苦悶のうめき声は、あがったのかもしれないが、ラウロの耳には入らなかった。自分の心臓の音しか聞こえなくなっていた。


「運の悪い野郎だ」


 いつのまにかルイジがそばにいて、倒れた司祭を見おろしていた。

「あんたは恐ろしくないのかい、その、こんなことをして?」

 恐ろしいか、だと? おれもおまえも地獄で焼かれるのに変わりはないんだ。

「おまえの連れはなにをやってるんだ。通路を見張るはずじゃなかったのか」


 大司教は大柄で重かった。祭服の襟と腰のあたりをつかんで棺から引きずり出し、床にひっくり返す。ケープを引きはがす。縫い取りのある長衣もふたりがかりで脱がせる。どちらもひと言も口をきかなかった。

 死骸はすぐに裸同然になった。副葬品もあわせると、袋はすでに一杯になっていた。


「たいしたことはなかったな。宝石のひとつも身につけていないとはね」


 ルイジはそう言って袋の口をひとひねりし、肩に担いだ。仲間を呼び戻す、と言いながら、奥の通路へ入っていく。ラウロは出口に向かった。左に折れると、眩しい光が満ちている。


 ルイジが相棒を罵る声が聞こえた。


 ――しっかり見張ってろと言ったのに。おまえがぼけっとしてるからこのざまだ。


 そして、囁き合うような声。


 ――大丈夫だ、やつは気づいていない。おれが決めたとおりに行動しろ。


 ルイジと相棒が大理石のふたをもとどおりに閉める音が聞こえた。納骨堂の外では犬が一匹寝そべっている。ラウロは懐から指輪を取り出した。ルイジに気づかれないように大司教の右手の薬指から抜き取り、隠しておいたのだ。


 光にかざすと、鮮やかな色に輝いた。


 まさに太陽そのものだ。それ自体が燃えあがり、暖かくも残酷な色できらめく。触れた瞬間に指が溶けそうだ。

 ラウロは血の色を思い出した。


 

 

 

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