第11話

13機関の医療施設は日本でもトップクラスの病院設備にひけをとらない。


あらゆる状態に対処できる設備と医師や看護師が常時つめている。


地下駐車場からの緊急エレベーターで搬送されたケイは即座に治療を開始され今は病室のベッドで寝ていた。


病室の扉には、集中治療室のプレートがつけられている。


しかたなくレイら3人はN1の部屋で待機していた。


「うちの医療チームは日本一やさかい、大丈夫や。心配せんでもじきによくなる」


落ち込んでいるレイにボルトが声をかける。


「でもケイがあんな怪我するなんて珍しいよねぇ」


「まぁ、そんなこともあるわ。危険な仕事やさかいな」


「私のせいね」


レイが弱々しくつぶやく。


「別にレイのせいやない。ケイが自分で判断したことや、あいつもレイに責任はないって言うやろ」


「そうね。彼ならそう言うでしょうね。でも、私にもう少し力があればケイが無理する必要は無かったのは事実だわ」


「デュナミスは想定外だったと思うよぉ、それはケイの判断が甘かったんだし、結局はケイが悪いからレイちゃんは気にしない、気にしない」


そう言われてもやはり自分の力の無さが悔やまれる。


そこに遠山が入ってきた。


「お疲れ様。ケイの事は聞いた。3人に怪我は無いだろうな」


遠山の後ろにラシードが立っていた。


「ああ、この方は本部からみえてるラシード統括副部長だ」


紹介されたラシードが前にでる。


「なんでもデュナミスが現れたそうだね。日本もヨハネの動きが活発になり大変そうだが君らエージェントが頼りだ頑張ってくれたまえ」


ラシードの視線がレイに向く。


「君が例の聖痕者かね」


レイが頭を軽く下げた。


「立花麗華です」


「君のような勇気がある人が機関に協力してくれるのは大変ありがたい」


「いいえ。逆にご迷惑をおかけしてしまいました」


ラシードは口元をゆるめ。


「何を言われる。君がヨハネと直接戦う必要など無い。君はただの民間人だからね。命のやり取りは〃力〃のある彼らに任せればいい」


そう言ってボルトとミストを見る。


「だが、もし君が自分の身を自分で守りたいのなら、〃力〃を手にすればいい」


「ラシード氏! その話は先ほどお断りしたはずです」


遠山が確認するように言った。


「確かに君には断られたが、本人の意志を確認するくらい構わんだろう」


「どういう意味です?」


レイが聞き返す。


「簡単な話だ。契約をすれば力が手に入る。それで自分の身は守ればいい」


ラシードはレイに悪魔との契約をすればいいと言っているのだ。


だが聖痕を刻まれたレイにとってはリスクが大きいと聞いた。


「聖痕を刻まれた者が悪魔と契約するのは確かに危険が伴う。しかし、今まで成功した例は幾つもある。特に霊力が高い者ほど成功の確率は上がる」


「そうなんですか?」


レイが遠山を見る。


「おや? 初耳でしたか? 遠山くん、隠し事はよくありませんね」


「いえ、隠すつもりは……ただ、彼女に契約をさせる必要は無いと詳しい説明をしなかっただけで……」


ラシードの顔が厳しくなる。


「その結果が、エージェントの怪我ですか。今がどんな状況か理解しての判断ですか? 判断が甘くはないですか?」


やはり知られていた。


どこでラシードにその情報を伝えた者がいたかここまでの移動時に近づいた者を思い出す。


「それは理解しています。判断が甘かったのは認めます。それでも聖痕者の契約にはリスクがあり反対です」


しばらくラシードは遠山の顔を見つめると


「いいでしょう。日本の事はあなたに一任しています」


そう言い、再びラシードの顔が優しくなる。


「失礼をしました。つい仕事の話になると熱くなってしまい余計な事を言ってしまったようです。私はこれで失礼します」


ラシードは扉に向かい歩きだす。


「遠山くん。くれぐれも私情は挟まないで下さいよ。それで人類が滅亡なんて笑えませんから」


そう言い残して部屋を出ていった。




「感じ悪い奴」


「本当ぉ」


ボルトもミストもあまりラシードの事を良く思わなかったようだ。


「まぁ、あんなもんだ。本部のお偉いさんだからな」


遠山が諭すように言う。


「遠山さん、さっきの話」


「すまない。隠すつもりは本当に無かった。ただリスクをおかしてまで契約するほど切羽詰まっている訳じゃないので敢えて話さなかった」


あくまで確率が上がるだけでリスクが無くなるわけでもない、冒さなくてもいい危険はするべきでないとの判断だった。


「でも、状況が変わったんでは?」


確かにケイの怪我は予想外だった。


正直、場合によってはレイの身に何か起こってもケイならば判断を誤らないと思っていた。


まさかレイをかばってケイが傷付くとは考えていなかった。


「ケイの離脱は痛いが、まだそこまで深刻な状況ではない。心配しなくてもいい」


話では1週間ていどで動けるようにはなるとのことだ、もう1週間もかければケイのことだ仕事に復帰できるだろう。


「しばらくは僕の補佐をして、ケイが戻ったらその後について決めよう。今日のところは解散だ、気を付けて帰ってくれ」


遠山が手をパン!と合わせ、それが合図かのように話を終えた。





日本支部から機関のマンションまでは2駅で移動できる。


マンションの周りは比較的人や車の通りも多い。


さすがにそんな場所で襲撃してくるほどヨハネもバカではないし、まして天死を召喚するための召喚陣も作ればしない。


レイは駅から真っ直ぐにマンションへと戻った。


マンションの1階はホテルのような造りで、ロビーとフロアーの半分を利用した喫茶コーナーがある。


「立花さん」


レイがエレベーターの前に立つと後ろから声をかけてくる人物がいた。


レイが振り返ると先ほど支部で会ったラシードが立っていた。


「少しお話をしたいのですが、よろしいですかな?」


「何でしょうか」


ラシードは喫茶コーナーの方を見ると


「あちらでいかがですか?」


と言った。


「どんなご用件でしょうか?」


本部の人間とは聞いているがレイはラシードの事を詳しくはしらない。


支部での遠山とのやり取りの件もありあまり良い印象がなかった。


「先ほどの件も少し関係がありますが、……話とは貴女の父上の件です」


「父の?」


レイの父親はレイが中学生の時に海外であった災害に巻き込まれ亡くなったと聞かされた。


その父親の話を何故ラシードがしたいと言うのかレイには想像がつかなかった。


「あなたの父上が無くなった本当の理由を知りたくは無いですか?」


「本当の理由? どういう意味ですか!」


「ですから、その話をお聞かせしたいと思いまして貴女を待っていたのですが、興味ありませんか……」


「本当の理由と言われましたよね? つまり、父は災害で亡くなったのでは無いという意味ですか」


「ええ、そうです。さぁ、あちらでゆっくりとお話しますから」


そう言ってラシードは喫茶コーナーへ向かった。




テーブルの上にはコーヒーが2つ。


どちらも口をつけていない。


「聞かせてください。何故、あなたが父を知っているんですか」


「それは彼が機関のエージェントだったからです」


「え?」


想像できるはずだった。


普段のレイならばラシードの立場を考えればその答えも選択肢に加えたはずだ。


しかし、レイが知る父親の記憶がそれを否定していた。


レイの家系は古くから剣術を教える道場をしていた、近所では立花剣道道場として知られていた。


幼い頃から祖父や父親に剣術を教えこまれた。


父親は道場では決して親子としてレイを扱わなかった、他の生徒と同じように教えられた。


だが、剣道とは別に代々伝わる剣術を教えられる時は違った。


祖父から父親へ伝えられた古来から鍛えられた競技としての剣術ではない、実戦を考えた剣術だ。


今では使うことなど無いその剣術をレイは次の世代に伝えるべく教えこまれた。


弟は幼いころから体が弱く厳しい稽古に耐えられなかった、したがい祖父と父親はレイにその役を与えたのだった。


呑み込みのいいレイはすぐに腕をあげた。


祖父も父も驚くほどだった。


父親はその剣と同じで厳しく真っ直ぐな人だった。


レイは父親に嘘をつかれたり誤魔化された記憶がない。


隠し事をしない人だった。


その父親がエージェントをしていたなどレイには想像できなかったのだ。


「彼は非常に優秀なエージェントでした。エージェント1にして、機関史上唯一の12番目の封印を扱えた、まさに最強と呼ばれた人物でした」


「父がエージェント1……」


「はい。20年前、イタリアで今の日本と同じようにヨハネによる天死降臨が行われてしまいました、その時、私達は後手にまわってしまい大変苦戦をする事となり世界中からエージェントを集めたのです」


「その中に父が?」


「はい。私もその中に含まれていました。エージェント1である彼は先頭に立って天死との戦いを繰り広げたのですが……」


ラシードがそこで話を区切った。


「父は、天死に殺されたのですか」


「天死との戦いは最終的にイタリアの小さな村で行われました。実はその近くにヨーロッパの聖痕監視施設があったのです」


「監視施設……」


「ヨハネは天死と共にその監視施設を襲い収容されていた生け贄を大量に殺しました。そして、私達が一番恐れていた事が起きたのです」


天死ガブリエルの降臨である。


機関はガブリエルから逃げ帰ったエージェントからそれを報告された。


実際にはミカエルも降臨したのだが、それを知る者はガブリエルが放った雷の槍で全て消滅してしまい機関は知らない。


「ガブリエル……確か4大天死の1人ですよね」


「ガブリエルの力は凄まじく今でもその攻撃で出来たクレーターが現地には残っています」


「父はその攻撃で……」


「はい、恐らく。ただ、何故かガブリエルはその場から消え去った。本当なら天死による人類滅亡が行われていたはずなのに」


「何があったのですか?」


「私達にも本当の所はわかりません。その場にいたエージェントは全て消滅させられたのですから、ただ……」


「ただ?」


「いえ……、考えられるのはガブリエルが力を行使する前にエージェントが何らかの傷を負わせていたのではと推測しています」


レイは黙った。


もしそうなら人類を救ったのは父親かもしれない。


そして自分も同じ道を歩もうとしている。


だが、父親とレイとでは立場が違う。


エージェント史上最強と呼ばれた父親と、何の力もなく聖痕を刻まれた自分。


力が欲しい。


レイは心からそう思った。


そんなレイの気持ちを知ってか知らずかラシードが話だす。


「貴女が何故それほどの霊力を持たれているのか、恐らくそれは遺伝に加え幼い頃からの鍛練のせいではないでしょうか」


「遺伝てすか」


「はい、霊力の高い両親からは同じく霊力の高い子が生まれる。たとえは悪いですが競馬の馬と同じです」


血統と呼ばれるそれだ。


「遺伝は外部から手が加えられない貴重なファクターです。貴女にはそれがある」


「しかし、それでも契約は危険な事に変わりはないですよね」


ラシードは顎に手をあてた。


「確かに言われる通りです。危険はつきます。ですがそれは普通の者でも同じです」


「私には聖痕が……」


「それはさして問題ではありません。先ほども話した通り、霊力が高い貴女はそれくらいのアドバンテージを持っているのです」


レイはラシードの思惑を計りかねていた。


「契約をしろとおっしゃるのですか?」


「強制はできません、なにより本人が強く望まねば契約はできませんから、無理やりはできないんですよ」


「本人の意思が大事という事ですね」


ラシードは頷いた。


「どうですか、契約施設を見て見ませんか?」


「施設ですか?」


興味はあった。


「最新のコンピューター管理された設備で契約者の安全管理もされています。今は昔ほど危険ではありません。場合によっては途中で止める事も可能です」


「止めるとは?」


「契約者の状態を常時管理し、異常があれば契約を止める事ができるのです」


話を聞く限りではかなり安全に気を使っているように聞こえる。


「力とは望まぬ者には与えられません。待っていては何も手にできないのですよ」


その通りだ。


幼い頃から父親にも何度も言われた。


望まぬ者に進歩はない、未来が欲しければ自分で掴めと。


「父上の意思を継ぐ気持ちがあるなら私も微力ながらお手伝いさせていただきますよ」


レイにとってはダメ押しのような申し出だった。


「契約を試したいと思います。いえ、契約させてください」


それはラシードが日本へ来た目的が果たされる一歩手前だという事にレイは気付いていなかった。

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13's<サーティンズ> 綴り屋 @kamkou

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