第10話

ブライは野盗のほうへと振り向いた。

これみよがしに、大太刀を肩にのせ、指先でくいくいと挑発する。


「さあ、次は誰が相手をしてくれるんだ?」

その言葉で、ただの観衆と化していた野盗は、はっと我にかえった。

魔術師はあわてて呪文の詠唱にはいった。

―――だが、その声はすぐに途絶えた。

ブライがこんどは小石ではなく、鏃を投擲したのだ。

猟師のアランに頼んで用意していたものだった。

口の中を鋭い先端でつらぬかれ、魔術師は一瞬で絶命した。

さらに投擲はつづき、仕掛ける間もなく、ふたりの男が屍と化した。


「―――次」

ブライは無表情で告げた。


「こ、このや―――」

野郎と言いたかったのだろう。しかしその前に、首が胴から離れている。

ブライの大太刀は、彼の肩にのったままだ。

ただその刀先が、朱に濡れている。


「次」

野盗たちは慄然とした。

それは屹立する死、そのものだった。

幾人かの野盗は、弓を装備していたが、恐怖で手元がおぼつかない。


「む、無理だ。あんな龍の化物さえ勝てない相手だぜ」


「とても、闘う気なんて起こらねえ。許してくれ」

もともと村民や旅人などの弱い人々を相手に荒稼ぎしてきた連中だ。

竜の末裔を切り伏せるような強者と相対したことなどないに違いない。


「いや、どうでもここで死んでもらう」


「最初は見逃してくれたのに、今回はなぜ―――」


「もともと俺の受けた依頼は、おまえら木っ端盗賊団の殲滅なのさ。だが、アジトを急襲するにも手掛かりがないし、森をくまなく探すのは非効率だ。ならば、そちらから全員出向いてもらうのが一番いい」


かれら野盗にとって、街道をとおる旅人や村人から奪う金品がおもな収入源だ。

ブライが村に居座ることにより、それが封じられては、いずれ行動に出るしかない。

野盗どもは慄然とした。

すべてが、ブライの思惑通りコントロールされ、ここにほぼ盗賊団の全員があつまっている。


「こ、こうなりゃヤケクソだ」


三人が同時に、いっせいに斬りかかった。

ブライの大太刀が、銀の軌跡を描いた。

一閃、また一閃。

三つの肉塊が、どうと大地に沈むとき―――

すでに大太刀は付着した鮮血を、地に吐きだしていた。


「だ、駄目だ、こいつはばけもんだ」


「もう、逃げるほかはねえ!!」

やがて野盗はちりぢりに逃げ出しはじめ、場に留まったのは数人にすぎない。


「おまえらはどうする、来るなら早くしろ」


「い、いや、降参だ。もう闘う気はねえ」

リーダー格の男が武器を捨て、両手をあげた。


「ならば、あの村を狙うのはすっぱりあきらめて『夕焼け窃盗団』は解散、それでいいな」


「そ、それは・・・・」


「声が小さいな。どうするんだ!」


「も、もう二度と、あの村もあんたも狙わねえ! 誓う!」


「よし、それでいい」

ブライはにんまりとした。


「だが、約束を違えた場合は―――わかってるな」


「も、もちろんだとも。もう部下にも見限られちまったし、あいつらも懲りて、二度とこの辺には戻って来ねえだろう。このザマでは団を再興させることなんて不可能だ」

野盗の頭目は、恨みがましい眼でブライを見、


「なにより、あんたみたいな化け物がいたんじゃな。ここらで潮時だ」

男は、憔悴して去っていった。


―――こうして『夕焼けの窃盗団』は、壊滅した。


それを見届けた後、ブライとセシリアは、連れ立って村へ歩きはじめた。

どちらも無言のままだった。

空気は湿気を孕んでいる。

やがて、街道からフフォーレ村へつづく小路の前に出た。

ブライは立ち止まらない。そのまま街道を北へとすすんでいく。


「ちょっと、そっちは村じゃないわ」


「―――ああ、すべて片付いた。野盗は単発であらわれることもあるだろうが、組織的な攻撃はもう不可能だろう。村は恐怖から開放された。虎はもう、必要ない」


「だめよ。みんな待ってるわ。あなたの帰りを」


ぎゅっと、セシリアがブライのキモノの端をつかんだ。

ブライは足を止めた。だが、振り向こうとはしなかった。


「・・・・世話になった。いい村だった。お前の口から、よろしく言っておいてくれ」


「いやよ、自分の口で伝えて!」


「しめっぽいのは苦手なのさ。それに言った筈だ――」


そのとき、ようやく虎はふりかえった。

キモノを握る手を、やさしく外していく。


「狡兎は死した。走狗は煮られるか、消えるかしかないのさ」


最後にブライは、セシリアの手をぐっと握ると、ふたりは視線をかわした。

彼の瞳の奥に去来するものは何か、セシリアにはわからなかった。

やがてふっと笑い、背中越しに片手をふった。


彼なりの惜別のあいさつだったのだろう。

いつもと同じように、何もなかったかのように、飄々と街道を歩みはじめた。

小さくなっていく背中に、セシリアは小石を投げつけた。当然、あたるわけもない。


「この、かっこつけ――――ッ!」


少女は絶叫した。

もうブライはふりむかない。

風が、セシリアの金髪をかきあげた。

碧い眼にゆらめいていた涙が決壊し、透明な雫が空に溶けた。

セシリアは、小さくなっていく背中を、ただ見つめ続けていた。

――やつは、ただの風。通り過ぎていくだけの。

この涙も、胸をしめつける痛みも、いつかは消えるだろう。



その声を背に、ブライはにやりと笑った。


「しあわせになれ」


どこにも届かない独白をひとつ。

おれはいっぴきの虎なのだ。

どこにも留まれない。誰も愛せない。

流れ流れて、斬るだけしか能がない、ただの流浪の傭兵。

来たときと同じように、なにも持たず、ただ大刀のみを背負って。


「ひと雨くるかな・・・」


風の強い午後だった。

空のどこかで、かすかに雷鳴がとどろいた。






『――風と共に現れし虎、風と共に消える――。』



―――了。

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風と共に現れし虎、風と共に消える。 チャンスに賭けろ @kouchuu

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