走れ無銭飲食者

飛騨群青

第1話 2017/06/11 14:13 晴れ

 僕はビール缶を片手に街をふらついていた。無職だからね。


 事の成り行きを説明しておくと、このビールはウチの近くにある河原でBBQをしていた大学生から奪い取ったものだ。

 最初はビールを奪う気はなかった。僕はいつも通り、何もせず家で寝ていたのだが、朝から喧しい大学生連中がいた。

 仕方ないので僕はアパートから這い出て、河原に行き、手当たり次第にBBQの道具を蹴っ飛ばし、肉や野菜を焼いていたコンロも引っ繰り返してやった。すると連中は警察を呼ぶぞと言い出したので、黙るまでこのビール缶で殴りつけたのだ。

 正義は勝たねばならない。いかなる時代も、いかなる場所でも。お題目はともかく、まあ、こういうわけで街を徘徊していたんだ。


 その後、僕が駅前の通りを歩いていると、全国的に有名な某牛丼チェーン店から、薄汚いおっさんが飛び出してきた。どう見ても食い逃げだ。牛丼食い競争なんてスポーツは聞いたことがない。バイトのアンちゃんが叫びながら、おっさんを追いかけている。やっぱり食い逃げらしい。

 僕は電信柱に寄りかかりながら、その光景を眺めることにした。だがおっさんは僕のいる方へと逃げてくる。ああもう、今日は厄日だ。何てめんどくさいんだ。

 僕は落ちぶれ果てたメロスを凝視した。それはただのおっさんだった。おっさんの頭部の75%は砂漠化し、顔面がシミと皺で覆われ、顔の各部位、目、鼻、口の区別がつかない。これ以上ないぐらい醜い生き物だ。こんな奴は生かしておくわけにはいかない。僕の正義の心が燃えさかり、僕のテーマ曲が頭の中で鳴り響く。


 お前の敵を殴れ、財産を奪え♫ イケイケ ゴーゴー無職マン♪ 金と暴力だけが友達さ♬


 僕は走るおっさんの足を蹴り飛ばした。おっさんはチャップリンのように綺麗に転び、若いころの貴乃花のように顔面から地面に激突した。

 追いついたバイトのアンちゃんは、おっさんの着ている汚いポロシャツの襟首をつかみ、無理やり立たせて、そのまま容赦なく顔面を殴り続ける。鼻血が間欠泉のように噴出し、アンちゃんのエプロンが血まみれになった。ワーオ、まるで青空屠殺場だ。


 アンちゃんは礼儀正しい人で、僕に頭を下げて感謝してくれた。おっさんはそこらに転がしておくらしい。まあ、どう見てもやりすぎだし、警察には言えんな。

 医者を呼んでも仕方ない。おっさんは死ぬかもしれないが、若くもかわいくもない、ただのおっさんがどうなろうとも、誰も気にしないだろう。


「頑張んなよアンちゃん」


 僕はそう言って帰ることにした。缶ビールはおっさんの供え物として残すことにしよう。僕って優しいよね。そうだろ?

 

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