第3話 光は、鍵と共に
店内に入ると、クーラーのよく効いた風が、体中に粘り付く汗をゆっくりと冷やす。
落ち着いた雰囲気があり、広々としている店内では、見渡すだけでは探し人は見付からなかった。
「すみません、
「はい、深山さんですね。こちらへどうぞ」
僕は自分の気持ちの整理に手一杯で、少し出遅れてしまった。
「なにやってんの、
鈴が、僕の緊張を知ってか知らずか、微笑を浮かべて話しかけてくる。
僕はどうにか高ぶる鼓動を抑え込み、彼女たちのあとに続く。
席は丁度店内の角にあった。
他の所よりも空間が広々としていて、そこに男三人女二人が腰かけ談笑している。
その中に、中学の時から会っていなかった幼馴染――
彼女は、僕を見るなり腰を浮かし、「神夜・・・!」と心底驚いたように口にした。
そして、微笑を浮かべてこちらへと歩み寄ってくる。
そこで彼女は、初めて僕の容姿に目を向けたのだろう。悲痛の面持ちで「どうしたの・・・?」と訊いてきた。
僕はというと、恥ずかしくて彼女の顔をまともに見る事が出来なかった。
だってそうだろう?彼女は、あの頃と変わっていなかった。それどころかあの頃以上に輝いて見える。
それに比べて僕はどうだ。鬱々とした表情。ぼさぼさの髪。目元のクマ。
この時ほど今までの生活を後悔したことは、今までもこれからも無いだろう。
「いや、その・・・」
僕の口から出るのは、そんな途切れ途切れの、掠れた弱々しい声だ。
「・・・らしくないよ」
すると彼女は、悲痛な表情を微笑にすり替え、そう言った。
「私は、神夜のお陰で変わらずに済んだ。あの時に最後に話したこと、覚えてる?」
「あぁ、確か、五年後に売り残っていたら、付き合う・・・だったかな」
これは覚えている。何せ、僕が今まで生きてきた中で一番輝いていた時だから。
琴音は、顎を引きこう続けた。
「私がこうして売れ残っているのに、あなたがその様じゃ、私が誰かに取られちゃうよ?」
僕は、この言葉に救われた。本当に彼女は、あの頃から変わってないのだ。当時の僕は、そんな彼女に憧れていた。
ひたすらに真っ直ぐで、凛々しくて。まるで鉄の棒を一本通しているかのような彼女に。
僕は、どうだろう。目標を失って、支えを失って、意味を失って。
その意味を作ろうともせずに、ただ落ちぶれるだけ。
「・・・その通りだよね。少し・・・少しだけでいい。僕の話を、聞いてくれないか」
気付いた時には、そう口にしていた。
「あ!買い忘れた本があんの忘れてた!」
「やべっ!俺も!」
すると、周りの人たちは、気遣いからか席を外そうとする。
だが、それは申し訳ないと思い、僕が口を開こうとする。
「あ、皆さん、ま――」
「じゃ、後でね、神夜くん。ちなみにここ、出入り自由なお店だから、心配しなくても大丈夫」
僕の言葉を遮り、皆歩き出してゆく。
鈴は、僕とすれ違うとき、耳元でつぶやいた。
「ただ、二十分しか時間あげられないから。早く済ましてね」
ここまでされると、鈴たちの意向を無駄にすることはできない。
僕は彼女たちの狙いに、乗ることにした。
鈴たちが去ってから、僕たちは腰を落ち着けた。
「・・・何から話そうか」
琴音に話すべきことは、沢山ある。
だが、ここで言うべきでないこともその中に含まれている。
慎重に話していくべきだ。
「何からでもいいよ。でも早くしてね」
琴音がそう催促する。
昔と寸分違わぬ彼女には、助けられっぱなしだな、そう思いながら口を動かし始める。
今から僕が話すのは、僕が、僕だけが抱える問題――
花火のように、消えてゆく YR^83 @yasaka17
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