第5話

 ボクの結論は「彼女は幽霊だった」である。自分でも信じられないが、きっとそうなんだろう。彼女は図書室にずっと籠っていたわけではなく、あそこから出ることが出来なかったのだ。だから語る話も全部図書室からの景色だったのだ。触れられなかったというのも、言わずもがな。あれから15分休みの時間、彼女は一度も図書室に現れてはいない。正しくはボクの前に姿を現していない。きっと自分の加減で姿を見せたり消したりできるのだろう。そうでなければ彼女と出会うまでボクが隠れていた彼女に気が付かなかったというのはあまりにも無理がある。

 ボクは彼女のことを知ろうと思った。彼女はいつも制服姿だったし、今の変わらない制服だったからきっと遠い昔に人間ではない。誰か先生に話を聞けば分かるかもしれない。いや、彼女のことをちゃんと知らなければならない。それは彼女とずっといたボクがやるべきことだと思った。


 まず話を聞くべきは、図書室にいつもいる司書さんだ。普段は司書室にいて姿を見せないが、きっと図書室内のことは把握しているはずだ。できるだけ時間のある時に話を聞きたかったので、ボクは放課後図書室を訪ねた。

 図書室には15分休みと違って生徒がちらほらといた。大抵は受験勉強に勤しむ三年生。ボクは邪魔にならないようにと極力存在感を消して、司書室のドアを小さくノックした。

「失礼します」

なるべく音を立てずに入ると、司書さんが不思議そうに突然の来訪者を見つめていた。

「あら、どうしたの。本ダメにしちゃった? 」

「あ、いえ、そういうことではなくて。少しお聞きしたいことがあるんです」

そう言うと司書さんは首をかしげながらも、ボクを部屋の奥にある来客用のソファーに通した。腰を下ろしてふうっと息を吐いてから話を切り出した。

「あの、よく図書室に来ていた女子生徒と言われて思い当たる人はいますか」

「図書室に? ううん、最近はキミがよく来ていたのは覚えているわ。いっつも15分休みの時間、一人でなんだか楽しそうにしていたわよね。まるで誰かと話しているみたいに」

司書さんは気味悪そうに言った。そうか、ほかの人には見えていなかったのか。

「あ、それはその……最近じゃなく、数年前とか」

「うーん…………あっ」

「な、なんです。思い当たる人いましたか」

「あ、そうね……実は三年前くらいかしら、図書室である女子生徒が亡くなっているのが発見されたことがあってね。私は丁度外に出ていて詳しくは知らないんだけれど、放課後誰もいない図書室の本棚の奥で隠れるように倒れていたらしいの。体中に殴られた跡があったとかで、警察が調べてみるとその子、ひどいいじめを受けていたらしいのよ。どうやら亡くなった当日についた傷もあったらしくて、朦朧とした意識の中図書室に入ってきてそこで力尽きた……そんな事件だったと思うわ」

「そんなことが……」

とても信じられなかった。きっとその女子生徒が彼女なのだろう。いじめと程遠そうな人間だと思っていたのに。そんな、あまりにも悲惨な……。零れそうになる涙を堪え、質問した。

「あの、名前とか」

「ああ、そこまではわからないわね……あ、でも当時いた先生なら分かるかしら」

「ど、どなたですか」

「あの頃は先生方の異動や退職が多かったから……あなた、学年は? 」

「えっと、一年です」

「ああ、ならあなたの学年主任の先生はそのころ担任をしていたと思うわ」


 ボクは司書さんにお礼を言うと急いで職員室に向かった。まだ完全下校まで時間があり、中には先生が殆ど揃っていた。キョロキョロとその先生がどこにいるのか入り口で探していると、後ろから突然声をかけられた。

「おい、何してんだ」

振り返ると、その先生が立っていた。

「あ、あの、お話を聞きたいことがあります」

「ん、なんだ」

「その……三年前に図書室で亡くなった女生徒のことで」

そう言うと先生の顔は険しくなった。怖気づきそうになるのをなんとか耐えて、真っすぐ先生の目を見た。

「彼女のことを、教えてほしいんです」

「面白半分で聞くような話じゃないんだ。帰ってくれ」

「いえ、違います!! 」

「……何が違うんだ」

「ボクは、彼女を知っています。話をすることが大好きなのも、よく笑うことも、黒い髪が綺麗なことも、とても優しいことも……でも、知りません。ボクは彼女を知りません。彼女がなんていう名前で、どんな生活をしていて、そして…………どうして死んでしまったのか、知りません。知りたいんです、お願いします」

頭を下げた。拳をぎゅっと握りしめ、溢れんばかりの思いをぐっと堪えて、言葉でぶつけた。なにやらぶつぶつと呟いていた先生だったが、一度大きくため息をつくとボクの肩をポンと叩いた。

「入れ、話してやる」

先生はそう言ってボクを職員室に招き入れた。先生の後をついてすれ違う他の先生方に会釈しながら歩いていくと、自分の机であろうところの椅子に腰かけ、ボクにもう一つパイプ椅子を差し出した。それに座ると先生は遠くを見るような目で語り始めた。

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