第4話

 それから、ボクと彼女は互いに意識し合う存在になっていた。図書室で話をするときもどこか緊張していて、しかし相手と話せることが何よりの喜びであると感じていた。それはボクが勝手に思っているだけではなく、きっと彼女もそうなんだろうと表情や声色から伺えた。相変わらず彼女は図書室から見たことしか話すことはない。ここまで関係が深まっても変わらないその彼女に対し、ボクは少しずつ寂しさを覚え始めた。やはりボクには図書室で見た以上の話は出来ないのだろうか。ボクは学校での出来事に留まらず、家族や幼少期の話まで、彼女に聞いてもらいたいことは何でも話してきた。彼女はその話を興味津々に聞いてくれていて、ボクは口に出さずともいずれ彼女からそんな話が聞けるのではないかと期待していた。けれど、彼女が自分のことを語ることは一切なかった。

 ボクはなんだか焦りを感じた。もしかして、ここで彼女と会っているのはボクだけではないのだろうか。たった15分間の休み時間で話をする程度の間柄だ。お互いが思い合っている……なんていうのは、ボクの都合のいい妄想なのではないだろうか。これまで女性とここまで親しくなることのなかったボクはただ、自惚れていただけだったのだろうか。

「あ、あの」

なにか行動を起こさないと。そんな気持ちが心を焦らせた。

「来週、花火大会があるんだけど……その……一緒に、行きませんか」

勇気を振り絞り、そう告げた。ボクが彼女の反応を伺おうと見たその表情は、予想していなかったものだった。悲しい。あまりに悲しい顔をしていた。こんな顔を見たのは、あの日髪の毛についた埃を取ろうとした時以来だった。

「……ごめんなさい」

彼女はそれだけ言うと、ついに話さなくなってしまった。静寂が、体に刺さる。また彼女にこんな顔をさせてしまうだなんて。前のボクならここで一緒に黙り込んでいたのかもしれない。けれど、今どうしても知りたい。一体何が、彼女をこんな顔にさせてしまっているのかを。

「ど、どうしてダメなの」

そう聞くと彼女は一瞬肩をびくつかせた。核心に触れた気がした。ボクはここぞとばかりに質問を飛ばす。

「ボクはあなたともっと仲良くなって、色んな話をして、色んな所へも行ってみたい……図書室だけじゃなくて、もっと広い世界に出て同じものを見て、同じ話ができるようになりたい。ボクは……あなたにとってボクは、それに値しない人間なの……? 」

「そ、それは……」

彼女は一向にワケを話さなかった。そんな曖昧な態度を見ているうちにボクの熱はさらに勢いを増していく。そうしてついにボクは、二人だけの禁忌を破ってしまった。

「どうして! 」

そう叫んで、彼女の肩を掴もうとした。気が付いた彼女が咄嗟に離れようとしたが、ボクの伸ばした手は彼女の肩を掴む……はずだった。

「…………え」

ボクはそのまま勢い余って、彼女が今座っている椅子に、倒れこんだ。ボクは彼女の体をすり抜けた。倒れた衝撃で椅子がボクの体で押され、ガリガリと床をこすらせながらボクの体を支える。無様に椅子の足にもたれて見上げた彼女は、両の目から涙を流し、ただごめんなさいと小さく繰り返していた。唖然とするボクに彼女はひたすら謝り続け、立ち上がることさえ忘れていたところにチャイムがけたたましく鳴り響いた。その刹那、彼女の体がテレビの電源を消すみたいに消えてなくなった。ボクは図書室で一人、彼女がいた空間をぼんやりと見つめ続けた。



 教室に戻ってからも心ここにあらずで、ろくに授業の内容も聞かずにあの一瞬の出来事を脳内でフラッシュバックし続けた。彼女の体をすり抜けたあの瞬間、ボクは一つ納得したことがあった。あの時埃を取ろうとしたボクをなぜ、彼女はあれほどまでに拒絶したのか。今となっては明白だ。もしボクが髪の毛に触れていれば、触れられるところまでいっていれば、きっとボクは彼女の髪を触れずにいたからだ。愚かだった。どうしてあんなに感情を高ぶらせてしまったのか。十分じゃないか、たった15分でも、15センチ埋められない距離があっても、十分じゃないか。彼女と楽しく話して、その余韻に浸って授業を受けて、それが毎日楽しかったんじゃなかったのか。それ以上求めることがあったのか。図書室が、あの15分が、ボクと彼女とのかけがえのない大切なものだったはずだろう。それをボクは一瞬にして壊してしまった。

「……バカだな、救いようもなく、バカだ」

ボクにしか聞こえないそんな独り言が、ボクの胸を大きく抉った。

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