重ねる

「結婚」の二文字。

8年ぶりに現れた彼女の告白、僕は状況が上手く理解できない。

「だーから、私結婚するの。その前にキミと会いたかったの。」

彼女の言葉が鉛になって打ち受ける。

「なんだよ、本当に意味がわからない。結婚でもなんでもすればいいじゃないか。何でわざわざ僕に会いに来たんだよ。」

僕は許容できるような覚悟も無かった、と言うより本当に意味がわからなかった。今すぐ逃げ出したい気持ちだったけど、顔を伏せると彼女の右手は僕の右腕を掴んでいた。

「とにかく着いてきてよ!!」

前期末のテストも近づきつつあった日。

僕は相変わらず彼女と行動を共にしていた。

日向ぼっこができる木陰で昼食を取るのが好きだったけど真夏となると流石に暑さには耐えられない。

教室はクーラーの風でひんやりしている、昼休み食堂やカフェで過ごすのは愚かな行為だと思う、こんなにも人気が少なくて落ち着けるのは昼休みの教室だ。次の講義の教室で食べれば移動時間もなく、効率化も図れる。

「ねぇ、キミ。好きな事とかないのー?毎日つまんなくない?」

「失礼だとは思わないのかい?好きな事はあるけれど、人に話す事でもないから。」

「キミって本当にひねくれてるよね、ほんとは素直に愚直に生きたいんでしょ?」

僕は彼女のこういう所が嫌いだ。見透かされているような、誰もが素直ならこの世界は争いなんて起きない。

「じゃー、言うよ、どうせ引くよ。僕ね、小説が好きなんだよ。将来は物書きになりたい。」

彼女は僕をまっすぐ見て首を傾げた。

「なんで引くの?素敵な夢じゃん!」

そう言うと僕の手を引いて走り出した。

「ちょっ、どこ行くの?」

「良いから着いてきて!」

彼女の言うがままに僕達は走った、見慣れない坂道を登って。

見えていたのは美しい景色だった、街が一望できる空き地。

「へへっ、いい景色でしょ?小説のネタになる?」

「わざわざその為にこんなところ来たの?」

「でも来て損はなかったでしょ?」

僕は息を切らしながら、頷いた。悔しいけどこの景色は綺麗だ。カメラを向けると彼女が映り込んでくる、綺麗だ。景色がより映える。

この景色を僕は忘れる事は無い。

カフェを飛び出し、僕が連れてこられたのは8年前に彼女が僕に教えてくれた空き地だった。街は模様を変えて、高層マンションなどが増えてしまったけれどここからの景色はやっぱり気持ちがいい。

「ここって。」

「そう、未だにキミ夢を忘れられないんでしょ?」

「もういいんだよ。」

「良いじゃん、すがりつきなよ。」

吐き捨てる僕に諭すように彼女は語りかける。

彼女は両腕を後ろに回し伸びをしてから僕を指さす。

「今日は一日中付き合ってもらうから!思い出巡りよ!」

傍若無人、唯我独尊、それでいて美しい彼女は僕に微笑みかけ、それを見た僕はまたもや拒否の意を示す言葉を発する事が出来なかった。

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彼女が姿を消した後 たかとん @takato1228

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