朧気に
僕は体が硬直し、右手に持っていたアイスコーヒーも動きを止めた。
僕の隣に座った女性は8年前に僕の下から姿を消したキミだったから。
「久しぶりだね。8年ぶり?」
極めて何事も無かったかのような口ぶりで、その態度と8年ぶりという言葉のギャップに違和感を感じた。
「キミなのかい?」
僕はそれ以外の言葉が出てこなかった、脈をうつスピードが普段の10倍速い気がする。
「そうよ。元気にしてた?」
ケロッと答える彼女に僕は8年間の想いが溢れる。
「元気にしてたじゃないよ!どうして急にいなくなったんだよ!昔だってそうだよ!僕の気持ちを考えた事ある?」
思わず大きな声を出してしまう、28歳にもなって情けない。けれど、これは僕の本心だ。
「僕の気持ちってキミは私に何か言葉にして伝えたの?」
彼女の言葉が鋭く刺さった、痛いところを突かれるというのはこういう事だな。
ー
「ねぇ、どうしてキミは友達を作らないの?」
人混みが嫌いな僕はいつも一人で木陰のベンチで昼食をとっていた、彼女が僕と行動するようになってからはベンチに腰掛ける人数が一人増えた。そもそも僕は承認してないのに。
「1人が好きだからだよ。楽だし。」
「ふん、嘘だね。私はキミの高校時代の同級生と友達なんだ。キミ、高校時代は普通に明るくて友達もいたでしょ?」
右手で髪を掻き分けながら茶目っ気たっぷりに彼女は言い放った。
「そんな事知ってどうすんだよ。僕の青春は高校でおしまい。大学はちゃんと勉強していい企業に就職するんだよ。」
僕は両親の薄給を見て、いかに職業選択が重要かを見ていた、だからちゃんと早めに単位を取って就活に力を注ぎたかった。その為に友達は不必要だ、大学生になって友達に囲まれて堕落している人間は何人も見てきた。
「んー、それは違うと思うなぁ。私は友達いた方が楽しいと思うけど。」
「キミがそう思うならキミにとってそれがいいと思うよ、僕もそれだ。」
僕は吐き捨てるように言った、彼女は僕をからかったようにのぞき込んだ。
「じゃあ、私にとっていいと思うことするね。私の友達になりなさい!」
「意味がわからない、利害関係が一致しない、僕にとっていい事は…」言葉を続けようとすると何か硬いものが額にぶつかる音がした、彼女の額が僕のそれにぶつかる音だった。
「ごちゃごちゃいう前にまずは実践、それじゃあまずは帰りましょ、寄り道ね。」
傍若無人な彼女の態度に溜息をついた。けれどいつの間にか不思議と足並みは彼女と揃っていた。
ー
「キミと友達になろって言った時もブツブツ言ってたよね、ほんと理屈ぽい。」
僕は彼女の的を射た発言にバツが悪そうに答えた。
「そんな事よりどうして今頃僕の前に現れたんだい?」
「そうね、私結婚するのよ。だから8年前の忘れ物取りに来た。」
彼女が口にした二文字は僕を困惑させるのに十分な二文字だった。
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