彼女が姿を消した後

たかとん

夏の空

僕は空を仰いだ。

キミが僕の下から姿を消して何年経っただろうか、あれは僕が大学生の頃だから8年ほど前かな。

8月の青空は雲一つなく綺麗だけれど、皆暑い事に気を取られ、空を見上げると太陽の熱に全てを奪われてしまう。

僕はそんな夏のある日の事を思い出していた。

8年前の夏。

僕は大学2回生でいつものように通学していた。

いつもまばらな列車内だけど、どういう訳かその日は人が多く、路線の出発地から乗っている僕はラッキーだと思った。

電車で立つのは好きじゃない、視線とか立ち場所とかに困る。

そんな電車の車内、ある駅に着くと70代くらいだろうか?杖をついたご老体がやってきた。

僕は席を譲ろうとした、けれど先に動いたのは隣の女の子だった。

「どうぞ。」

「あらぁ、いいのよ」

「すぐに降りますから」

女の子は老婆から感謝されると微笑んで会釈した。

僕は先に動けなかった自分を恨んだと同時に女の子が老婆に見せた笑顔に左胸が微動した。

そうしてる内に僕は隣の外国人に列車がある都市に向かっているかを問われた、もちろん英語で。

僕は頭で質問を理解していたけれど、緊張してしまい、うまく答えられない、えーっとどうしよう。

「Yes.」

答えていたのはさっきの女の子だった。

そこからネイティブと取れるかのようなスラスラした英会話を外国人と交わし、再びニコッとして会釈した。まただ、微かに左胸が疼く。けれど今回は2度も女の子に助けられ、何も出来なかった自分にやるせなさを感じてしまった。

大学最寄りの駅につき、僕に声をかけたのはさっきの女の子だった。

「ねぇ、キミ文学部だよね?」

「へっ?」

声が上ずってしまい、僕は顔を紅潮させた。

「ほら、国文学の授業とってるでしょ? 」

確かに僕はその授業を受講していた、無論一人で。

「そうだけど、どうして?」

その質問をするや否や、女の子はさっきの爽やかな笑顔と相反して小悪魔みたいに微笑んだ。

「実はね、助けて欲しい事があって、さっき助けてあげたお礼にね、私が休んだ4回分のノート見せてちょうだい!それから被ってる授業一緒に受けましょ。」

意味がわからない、いや、わかろうしたくなかった。さっきまでの慎ましい女の子は今僕の前で一番嫌いな「ノートを見せて」という発言をしている。

僕は一言「嫌だよ」と言った、けれど彼女は既に僕の腕を掴んでいた。

「さぁ、早く行かないと2限に遅れるよ!」

「ちょっと待って!僕キミと受けるなんて一言も言ってない!」

彼女はそんな僕を嘲笑うかのように、引きずり回すかのように、(これは心の中で実際の彼女はそこまで酷い事はしていないが)僕の手を掴んで駆け抜けていった。

キミと出会った1日だった。

そんなことを思い出しながら街を歩いていた、僕は暑さを凌ぐためにある商業施設のカフェのカウンター席に座った。


「となりいいですか?」

僕は激しく動揺した、僕の目の前に姿を現したのは他でもないそう、8年前出会ったキミだった。

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