第16話勇者とそうでない者2

 俺とレイティンさんは王宮にある部屋の一室で向かい合って事務作業をしている。作業は俺にも出来る単純で簡単な流れ作業だ。作業に関しては全く問題ない、あと少しで言われた分は終わりそうだ。しかし、一つ問題がある。


「………」


「………」


 一切会話が無い、昨日のあの会話は何だったのかというほど、お互い一言も会話を交わしていない。どうやらレイティンさんは、仕事に集中すると周りが見えなくなってしまう性格の様で、一心不乱に書類作業をしている。


「あ、あの……」


「……」


 声をかけても、眉一つ動かない。作業が終わった事を言おうとしても、レイティンさんの耳に俺の言葉は入っていないらしく、眉一つ動かさない。


「参ったな……」


 言われた作業はすべて終わったものの、当の本人に報告できなければ作業が終わった事にはならない。

 どうしたものかと、困り果てているとレイティンさんの机の脇に、何やら張り紙のようなものがあるのを見つけた。そこには「終わったら、これを使って知らせてください」そう書いてあった。張り紙の下には、魔法陣が書かれたボタンのようなものが置かれていた。


__これを押せばいいのだろうか?


 俺は、半信半疑でそのボタンを押した。すると、レイティンさんの頭上に本が現れ、そのまま落下し、レイティンさんの頭に落ちた。


「終わりましたか?」


「……はい」


 結構分厚い本が落下したにも関わらず、レイティンさんは何事もなかったかのように俺の方を向いた。


「あの、これは?……」


「あぁ、私は集中すると周りが見えなくなってしまって、なのでこうして刺激を与える事で集中を解いて、我に返るようにしてるんです」


「な、なるほど、意外と方法が原始的ですね……」


「何を言いますか、こういう痛みによる刺激が一番効果的なんです」


 時々、この人はまともなのかどうなのかわからなくなる。


「あ、これ終わった資料です」


「ご苦労様です。ありがとうございます」


 俺は、レイティンさんにやり終えた資料をわたす。レイティンさんはその資料をパラパラめくり、軽く確認をする。


「問題なさそうですね。ありがとうございます。それでは、始めましょうか」


「始めるって何をですか?」


「魔法の勉強です」


「あ、そうだった」


 作業に夢中ですっかり忘れていたが、魔法を教えてもらう約束をしていたんだった。俺はレイティンさんに連れられて、王宮の庭に来た。王宮も大きさに比例して、庭もすごく広い、学校のグランドくらいあるのではないのだろうか……


「今日は最初ですし、まずは初歩的な知識と、簡単な魔法の使い方を教えます」


 そういうとレイティンさんは、魔法紙を取り出して魔法を発動させる。

魔法紙から赤い魔法陣が浮き上がり、魔法陣から炎が出現した。


「これが、魔法を教わるもが、一番最初に教わる魔法です。火を起こすだけの単純な魔法ですが、単純だからこそ、基礎を身に着けるのに丁度良い魔法です」


 真っ赤な炎がレイティンさんの手元でメラメラと燃えている。正直、元の世界でならライターやマッチがあれば、誰にでも出来るようなものだが、この世界ではそういったもの代わりに、このような魔法が存在しているのだろう。

 この世界にも火を起こす方法は他にもあるだろう、しかしそういった方法は手間も時間も掛かってしまう。しかし、魔法は覚えれば何かと便利だし、元の世界に帰る手がかりを探すのに、知っていて損をする事はないだろう。


「この魔法紙を使えば、誰でも簡単に魔法を発動させる事が出来ます。ですが、高度な魔法になると、魔法紙でも発動させるにはコツや経験が必要になります。ここまでは大丈夫ですか?」


「はい、でもこの世界の人間ではない自分が、この世界の人間と同じように魔法が使えるんでしょうか?」


「確かに、そうですね。同じ人間のようですが、体の構造が同じとは限りませんからね……」


 顎に手を当ててレイティンさんは考える。確かに見た目は同じ人間かもしれないが、俺は異世界の人間。こっちの世界の人達と体の構造がまったく同じとは言い切れない。


「でも、試してみなければわかりません。まずは実践有るのみです」


 レイティンさんはそういうと、魔法の発動をキャンセルし、その魔法紙を俺に向けて渡す。


「とりあえず、やってみなければ始まりません。この魔法紙で練習してみましょう」


 俺はレイティンさんから魔法紙を受け取る。


「まずは魔法紙を自分の前方に向けてください。暴発でもしたら大変ですから」


「はい」


 言われるがままに、魔法紙を前方に突き出し、俺魔法紙を強く握る。


「そうしたら、まずは心の中で、炎を強くイメージしてください。どんなものでも大丈夫です。出来るだけ鮮明に」


「えっと……」


 レイティンさんは俺の後方に移動し、後ろの方から指示を出してくる。

 炎のイメージと言われても、平和な世界で暮らしてきた自分には、生活で使用するくらいの弱弱しい炎しか頭に浮かばない。それこそライターやマッチなんかと言った、すごく弱弱しいものだ。


「イメージが定まったら、その炎を手にしていると思い込んでください。自分はそれを持っている、自分はそれを操っている。そんな思い込みをしてみてください」


「は…はい」


 思い込むという慣れない想像の仕方に、俺は疑問を浮かべながらも、自分なりに炎を持っているつもりで、思い込んでみる。


(俺は炎を持っている。この魔法紙の上に炎を持っている)


「まだ、思い込みが足りません。もっと思い込んでください」


「……は……い」


 考えながら人と話すのは難しく、俺の応答は歯切れが悪くなってしまった。もっと思い込むとはどうすればいいのだろう? もっと具体的に思い込めばいいのだろうか?

 だとすれば、俺が火を使うのに使っていたものを手元にあると思い込めばいいのではないだろうか? 

 俺はもっと具体的に炎が手元にあると、思い込み始める。


(そうだ、俺の手にはライターがある。火のついたライターがある。マッチもある。あ、でも俺マッチに火つけるの苦手なんだよな……)


 そんな事を考えていると、魔法紙を持っている手が若干暖かくなるのを感じた。俺は魔法紙を見てみるとその上には魔法陣が現れ、炎が出現していた。


「おめでとうございます。こんなのは初めてですよ……」


 レイティンさんが驚いていた。もしかしてこんなに早くに魔法を使えて驚いているんだろうか。もしかして俺には才能があるんじゃないか?


「本当ですか? なんだか夢中でやってたら出来ちゃって」


 少々照れながら、俺はレイティンさんに答える。レイティンさんは、興味津々と言った様子で、俺の手元の炎を凝視していた。


「えぇ、初めてです。こんなに……」


 こんなに早くに魔法を使える人は…と続くのだろうと、俺は思っていた。本当に才能あるんじゃないのか俺。


「こんなに弱弱しくて生ぬるい炎は……」


「え?」


 なんか思っていたのとまったく違う回答が返ってきた。


「えっと…それって、どう…いう?」


「初めて見ました、こんなに根性の無い炎系の魔法!」


「ぐは!」


 なぜだろう、すごく心に刺さる。バカにされているわけでは無さそうなのに、涙が出そうだ。レイティンさんは興味深く、俺の炎(弱弱しくて生ぬるい)を見ていた。


「普通はどんな初心者でも、一発目には結構大きな炎を出してしまうんです。そこから炎の火力の調整を教える過程で、魔力の制御や調整を教えるのですが……これは制御しても出来るものではありませんよ」


「あぁ……そうですか……」


「そもそも、なんでこの魔法を最初に教えるのかは炎の火力の調整を覚える事で、魔力の出し方と制御を教えるために、わかりやすく炎の魔法で教えているのですが、この軟弱な炎ではここからどう教えるべきか……」


「今、軟弱って言いましたよね? 目をさらさないでください! 本音が出ましたよね!」


 話を聞く限りでは、この炎の魔法は初めて魔法を使うものは魔力の制御がわからず、自分の持っている魔力をフルに使って発動してしまう事が多いらしい、そこでその人の魔力の大きさなどを図り、制御の方法を教えていくらしいのだが……。


「どうしたものでしょう……保有する魔力がこんなに弱弱しいわけでは無いでしょうし……」


 俺の出した軟弱な炎は、俺が無意識に魔力を制御してこんなに弱弱しくなっているのか、それとも、そもそもの魔力が小さすぎて、こんな炎しか出せていないのかが、よくわからないらしい。

 話によると、こんな炎はどんなに魔力の低いものでも出せないらしいし、どんなに魔力が高くてベテランの魔導士でも出せないらしい。


「あんなイメージだったからかな……」


 頭を抱えて悩んでいるレイティンさんをよそに、マッチとライターでイメージをした俺が悪いのかなと考え、もう一度イメージを改めて炎を出してみたが、やはり結果は変わらなかった。


「キャンプファイヤーのイメージでもダメか……」


 やっぱり、俺が異世界の人間だから、魔法が使えないのだろうか? そんな疑問を浮かべていると、レイティンさんが再び指導にやってきた。


「すいません、どう教えたものかと考えていました」


「いえいえ、やっぱり少し違うんですかね? こっちの人たちと、俺の体って」


「分かりません、ですがあんな不自然な形でも魔法紙は反応して、魔法を発動させた。という事は、全く使えないというわけではないと思います。」


 レイティンさんに言われ、俺は魔法の練習を続けた。しかし、ちゃんとした魔法は一回も発動させる事が出来なかった。この事態にはレイティンさんも頭を抱えて悩んでいた。誰にでも魔法が使用できる魔法紙で、満足に魔法を使えない俺に魔法をどう教えたらいいか、頭を悩ませていた。


「もうすっかり日も落ちてきましたね……」


「そうですね。今日はここまでにしましょう。明日、また挑戦してみれば、なにか変わるかもしれませんし」


 結局今日は何も進まなかった。俺の魔法は何をするにも中途半端に発動されるだけだった。水系統の魔法では、スライムのような濁った水が垂れるだけだったり、土系統の魔法では、土は出るものの形を形成する事が出来ず、砂になってしまった。挙句の果ては移動魔法だ、これに至っては何の反応も示さなかった。


「気を落とす事はありません。そもそも魔法とは無縁の世界から来たのですから、魔法が発動しないわけではありませんし、まだ希望はあります」


 いつもより優しいレイティンさんの言葉に、俺はなにやら目元が熱くなるのを感じた。


あぁ、やばい……泣きそう。


 いつも厳しい人が優しくしてくれると、なぜだろう、逆に傷つくというか、普段のあの厳しい言葉の方が、幾分かマシな気がしてならない。


「とりあえず、また明日頑張りましょう。明日も本日と同じくらいの時間に、雑務をしたあの部屋に来てください」


「はい……」


 俺は肩を落として、猫背になりながら、レイティンさんと別れて王宮を出た。

 町にも大分慣れてきた。まだ数えるほどしかこの世界で生活していないが、自宅と王宮までの道と、食堂屋「シャングス」の道のりは完璧に覚えた。

 今俺は、シャングスに向かって歩いていた。約束通り、みんなと晩飯を食べるためだ。辺りは随分と暗くなってきていた。スマホを使って時刻を見ると、もう既に7時を過ぎていた。


「急がないと、レベッカさんがうるさいかな?」


 俺は若干心配になり、スマホをポケットにしまい、急いでシャングスに向かおうと歩くスピードを上げた。そこで、俺はある違和感に気が付いた。


 俺のスマホって、こんなに充電持ったっけ?


 スマホはバッテリーの消費が激しく、元の時代で使っていた時はどんなに頑張っても二日も持たなっか。でも、こっちの世界に来てから多少使う程度だが、それでも電力の消費はあるはず、なのにも関わらず、俺のスマホはこの世界で始めてスマホを触った時から、バッテリーの表示は、変わらずに90%を示していた。


「とっくに、電源切れてもおかしくないはずなのに……」


 俺は再度、スマホを取り出して確認する。そこには相変わらず、残りのバッテリー残量を示す90%の表示があった。


「なんで、バッテリーが減ってないんだ……」


「減ってんのはこっちだっての……」


「へ?」


 独り言をつぶやいていたつもりだったのだが、返事が返ってきて驚き、俺はスマホから目を話して、声がした方を見た。


「あ、リウ」


「何が、あ。だよ! みんな腹すかせて待ってんだ。さっさと中入れよ」


 気が付くと、俺はシャングスの目の前まで来ていた。


「遅い! さっさと食べましょう、もうお腹ペコペコなんだから!」


「レベッカ、確か君、間食って言って何かさっき食べてたよね?」


 店の中から、レベッカさんとユーカスさんが顔をのぞかせる。余計な事を言ったユーカスさんは、レベッカさんに小突かれていた。

 俺は店内に入り、みんなが座る丸テーブルに座った。


「さて! 注文しますか! 取り合えず私はワインね~」


「また飲むんだ……」


 各々が注文を始めるさなか、一人だけメニュー表ではなく、分厚い本と睨めっこしている人物が居た。クリミリアだ。昨日の夜からずっと同じ本を読んで、何かを調べている様子だ。どうかしたのだろうか? と気になりつつも、昨日のことのせいで、若干気まずい。


「ほら、ミリアも何か頼みな」


 ミーシャさんがクリミリアにメニュー表を渡す。クリミリアは本から目を話して、メニュー表を見る。


「……」


「……!」


 一瞬目が合ったが、すぐにそらされてしまった。


「昨日のあれがまずかったのか?」


 昨日の帰り道の会話を思い返しながら、俺は考える。確かにあれは、冷たい言い方だったかもしれない。もう会えないから関係ないじゃん、そう言っているようにとられてもおかしくないのかもしれない。


「後で謝るか……」


 運ばれてきた食事を楽しみつつ、今日も夜は更けていった。

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家出したら異世界で御厄介になる事になりました Joker @gnt0014

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