シミュレーテッド・ユニバース

宮沢弘

シミュレーテッド・ユニバース

#にごたん #第54回にごたん

○【被害妄想】

○【創造主】

○【テクニシャン】

○? <萌え>


 頭から離れない懸念がある。哲学的な問題だが、聞いたことがある人がほとんどだろう。つまり、「この宇宙はコンピュータの中のシミュレーションである」というものだ。有名な映画のように、私たち自身が存在はしているというものではない。この宇宙そのものがシミュレーションであるという仮説だ。


 それを実証するのは、アイディアそのものは簡単だ。つまり、バグを見付ければいい。おまけに、バグの手がかりはもうある。ダーク・マター、ダーク・エネルギー、そして量子力学だ。電子の二重スリット実験において、観測器をスリットの前に置くか後に置くかで、結果が異なってくる。これは明らかなバグだ。


 だが、問題もある。そのような結果はバグだとしても、だとするならすべての観測器が観測されていることになる。なにが観測器になるのかは明確ではない。サイズは違うが惑星軌道の摂動もまた、他の天体に影響をあたえる。それはそれで一種の観測器ではないのか。それとも、摂動を具体的に観測した観測器のみをコンピュータは観測器だとして影響を与えるのだろうか。


 あるいは、宇宙は膨張しているという。それも膨張の速度は速くなっているという。それは、実際に膨張し、また速くなっているのだろうか。もし、人類の観測手段が発達していることが、この宇宙の計算の対象となる領域を広げているとしたら? 人類の観測手段が発達が、その領域の膨張を速めているとしたら?


 比較的安価に試してみる方法は一つある。つまり、この宇宙の中にもシミュレーション宇宙を作ることだ。もちろん、普通のコンピュータではその目的に追い付かない。汎用量子コンピュータを使うしかない。だが、この宇宙を計算しているコンピュータが、なにを観測器ととらえるのかがわからないという不安はある。もし、このコンピュータも観測器であるととらえられたらどうなるだろう。


 シミュレーションされた宇宙の中でさらにシミュレーション宇宙を作る。そしてそれが無限に再帰的に行なわれる。それを支えるコンピュータは存在しないというのが、シミュレーション宇宙に対する否定的意見における、論拠の一つだ。それは、一見妥当な説明に見える。だが、もし、無限の扱いが違うとしたらどうだろう。たとえるなら、この宇宙を計算しているコンピュータが存在する宇宙における無限の濃度はℵ1であり、この宇宙における無限はℵ0であるというような場合だ。もちろんこの宇宙にもℵ1は存在するが、そこはたとえ話だ。ゼノンのパラドックスのうちの「飛んでいる矢は止まっている」にも似ているだろうか。私たちの宇宙における無限の濃度が、外の宇宙における無限の濃度よりもはるかに薄いとするなら、その否定的意見の根拠は成り立つのだろうか。シミュレーションにおいて、この宇宙が外の宇宙と同じ性質を持っているとする根拠はない。なにしろ、この宇宙において作ろうとするシミュレーション宇宙には、この宇宙の性質から制限をつけなければならない。この宇宙における制限が、外の宇宙の性質に依存したものであるという可能性はある。だが、外の宇宙の科学者やテクニシャンが、ただそう設定しただけなのかもしれない。


 量子力学がさらに発展し、そこにバグはないことがわかったとしよう。あるいは、バグを発見できない仕様になっていることがわかったとしよう。宇宙の膨張についても、そこにバグはないことがわかったとしよう。あるいは、バグを発見できない仕様になっていることがわかったとしよう。ならば、残るはどれほどの負荷をかけられるかだ。この宇宙の無限に限りなく接近したシミュレーション宇宙を作り、その宇宙においても限りなく無限に接近した宇宙を作り…… それは無限に再帰できるのかもしれない。だとすれば、負荷はかけられる。もしかしたら、だが。


 あるいは、マルチバース、オムニバースが存在するのであれば、それはどれほどの負荷を与えているのだろう。


 負荷によってどのような影響が現われるだろうか。もし、この宇宙を計算しているコンピュータが負荷により処理量に影響が出たとして、それを私たちはどうやって知ることができるだろうか。時間、余剰次元。そこに希望を持っている。だが、それもまた仕様であるとしたらどうなるだろう。


 証明できない命題を証明するために、私は、私たちはプログラムを起動した。私たちの創造物に愛を持って。私たちの創造者に敬意を持って。

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