エピローグ 『少女が決めた、物語の行く末』
小さなころ、彼女の父と母はなかなか家に帰ってこなかった。彼女に対しても、あまり構ってくれはしなかった。
彼女の父は研究者、母は会社役員。二人とも、自分の自由な時間すらなかったのだろう。今にして思えば、凄い人たちだったように彼女も思う。
だが、幼いころの彼女には、どうしてもそれが理解できなかったし、受け入れられない事も多かった。
彼女はそれでも良い子を演じた。我儘は言わなかった。常に正しいと言われることを続けて、両親の迷惑にならないように努めた。
それがこの家に生まれた運命なのだと、彼女は自分に言い聞かせた。
しかし、彼女もいつの日か忘れてしまった事だが……。
たった一度だけ、彼女悪いことをした。
内容なんて、世間一般的に見れば、高が知れたことだった。
他人に話せばそういう事もあるだろうと、苦笑される程度の話だ。
誰にでもある、子供のころの愚行。
しかし、彼女にとっては唯一の反抗だった。
本当にどうしようもなく今の状態が気に入らなくて、どうでもいいことに八つ当たりをした。
本当に、彼女にしてみればどうでも良い事だった。
だが両親は、彼女の元に駆けつけた。
今まで、何度願っても構わなかった二人が、唯一この時だけ、彼女の元に駆けつけた。
彼女は頬を叩かれた。怒鳴られた。そして、……抱きしめられた。
数年ぶりに感じたぬくもり。彼女は何かが満たされた感覚を、ずっと忘れることは無かった。
それで満足だった。彼女はこれからも、ちゃんと良い子で居られると思えた。
彼女は例え父と母が自分と離れていたとしても、ちゃんと愛してくれていることを理解できた。
間違った事をすれば、駆け付けてくれる。彼女はそれが解っただけで、満足だったのだ。
「そう。例え離れていても、間違った事をすれば来てくれたのですわ」
光が届かぬ暗闇で、サリーヌはぽつりとつぶやいた。
「……きっと、間違えれば、私の元に来てくれますわ」
むなしく、その声だけが響く。
「また会えますわ。どこに居たって、会えるはずですわ」
もうどこにもいない事など知っているのに、それに縋ることしかしなかった。
だから、とても温かい事だったが、妹が差し出した手を離した。
今さら、別の者にすがる事など彼女にはできなかった。
そんなものに縋ってしまったら、きっとまた自分は周囲に不幸を振りまいてしまう。
きっと……サリーヌはそういう人間である。彼女自身、それを強く感じていた。
『君が良いのなら、一緒に来るかい?』
ほんの少し前にサリーヌの元に、彼女が所持していた旧文明の遺産を回収しに来た男がそう言った。
サリーヌとは、もう二年ほどの付き合いのある男だった。彼としては、サリーヌと関わった事はいい迷惑だっただろうに、最後の去り際にそんな事を言った。
理由を聞くと、『二年間同じ屋根の下で生活したし、家族みたいなものじゃないか』と言った。
サリーヌには、いまいち理解できなかった。家族っていうものは、間違ったときに駆けつけてくれる存在だ。いつも一緒に暮らす存在じゃない。
だから、『自分はこれから家族と会えると思うから、あなたとは一緒に行かない』と丁重に断った。
男は、少しさびしそうな表情をしながら、さようならを呟いて去って行った。
もしかしたら、それはサリーヌが知らない真っ当な道への入り口だったのかもしれない。
だが、それを選ぶ勇気は、サリーヌには残されていなかった。いや、もとから無かったのかもしれない。
彼女は常に、一つの目標のために生きてしまった。
だから、彼女は確信していた。
これだけ悪い事をしたのだ。この意識が切れた時、きっと自分は最愛の存在に会えるだろう、と。
結局のところ、サリーヌにとってそれが人生のすべてだったのだ。
それで終われば、ハッピーエンドなのだ。
徐々に彼女の意識は薄れていく。
(ああ、やっと終わる事が出来る)
もう、悪い事をしなくて済む。
もう、悲しませる必要はない。
もう、あの子は……自由に生きられるのだ。
それが彼女の終わりだった。
サリーヌ・ルブランが、その生涯の意識を失う寸前、その脳裏に思い浮かべたのは……。
最愛の父ではなかった。
最愛の母でもなかった。
それは誰も知ることの無い、何も記録する事もない、小さな結末だった。
長い夜もあとわずかで明けようとしていた。空は濃淡な暗闇から、うっすらと白が混じってきていた。
工場と十六小片風の瓦礫の上で、一同は途方に暮れていた。
やっとのことで、十六小片風を破壊し尽くしたのだ。放心状態になっても可笑しくは無いだろう。
だが、彼らにはそうなる理由があった。
「……ヤマノ先生、結局イースフォウさんの脱出は確認できていないのですか?」
「クルス君か……。ああ、その通りだ。その形跡も発見できていない」
ヤマノ教師とクルスは、広がる瓦礫の山を見渡す。
「……ユーナのやつに、広範囲の探索を掛けてもらいましょうか?」
「ユーナ君か。彼女の広範囲探索なら、何か分かるかもしれないが……残留する魔力もあるからな。どこまでの精度で探せるか……」
「……ヤマノ先生」
不意に、ヤマノ教師は声を掛けられる。
そこには少しふらついてはいるが、自分の力で歩いてきた、森野、エリス、ハノンが居た。
「三人とも、良くやってくれた。君たちの報告と、内部からの破壊がなければ、目標を停止させられなかったかもしれない」
「いえ……、結局のところ、先生の力も借りることになってしまいました。クルス君も……、助かったわ。駆け付けてくれてありがとう」
「いや、まあ僕は構わないけど……」
クルスはちらりとヤマノ教師を見る。
イースフォウの事をどう伝えれば良いのか、彼にも解らなかったのだろう。
ヤマノ教師とて、それは同じだった。だがそこは彼も場馴れしている。このような場合、変に隠したり誤魔化したりするのは良くない事を知っていた。
「……イースフォウ君は、すぐに探し出す。だから、安心して俺たちに任せてくれ」
それは命からがら脱出した、満身創痍の森野たち三人をねぎらっての言葉でもあった。今はしっかりと休んで、自分たちに任せてほしいと、そんな意味合いがあった。
もちろん、ヤマノ教師だって理解している。安心など出来るわけもないだろう。彼女たちとしては、自分たちの仲間が今も行方不明なのだ。居ても立っても居られないだろうことは予測できる。
しかし内部で行動した三人は、特に疲労が溜まっている。軍人として、しっかりと休ませる必要もあった。
おそらく簡単には三人ともここを退かないだろうと、そうヤマノ教師は考えていた。
だが、その予想は外れる。
「ま、大丈夫ですよ。あの子はしぶといから」
「そうですね。イースさんは、なんだかんだで切り抜けちゃいます」
「どうせこの後、私たちも入院か何かするんじゃん? イースが来た時さびしくないように、四人部屋で一つベッドキープしてほしいじゃん」
三人は余裕の笑みを浮かべていた。
それはやせ我慢ではなかった。
心からの、イースフォウへの信頼。
ヤマノ教師は、表情を崩しながら、大きく息を吐いた。
「……まったく、最近の学生は強いんだよななぁ。いいだろう、病室はその様に手配して貰おう」
さっそく通信機を使い病室の確保をし始めたヤマノ教師。その横で、クルスが森野に尋ねる。
「ところで森野。おおよそでも良いから、イースフォウさんが居たであろう位置って解らないか? 解ればすぐにその辺りを中心に調べようと思うんだ」
「ん~、そうねぇ。多分、あの部屋の奥の方だと思うから……」
森野は瓦礫の一角を指さす。
「あのあたりじゃないかなぁ。でも、こうも崩れると、なかなか位置の特定が難しいと思うけど……」
と、その時だった。
森野の指さしたあたりの瓦礫が、轟音とともに吹き飛んだ。
いや、中から何かが跳び出て、瓦礫を下から押しのけたようである。
森野とクルスは口をポカンと開けて、その中から飛び出した何かを凝視した。
それは言うまでもない。瓦礫の下に埋まっていたであろうイースフォウと、彼女と行動を共にしていたスカイラインとイズミコであった。
「やった、なんとか出られた!!」
「危うかったわね……。イズミコの仙気が無ければアウトだったわ」
「ふ、二人とも……、着地の術式を!!」
仙気を練りながらのイズミコの言葉に、イースフォウが術式を組み立て、スカイラインが制御を行う。
残された力を三人で協力し、見事な連携で仙機術として扱っていた。
仙気術は問題なく機能し、三人は無事に瓦礫の上に着地した。
「イースちゃん!!」
「イース!!」
「イースさん!!」
間髪いれずに森野、ハノン、エリスがイースフォウに駆け寄った。
「だ、大丈夫じゃん!?」
「心配したわよ、イースちゃん!!」
「イズミコさんと……スカイラインさんも一緒だったのですか」
三人に囲まれるイースフォウ。ニヘラと笑い返した。
「だ、大丈夫だって。ただいま、みんな!!」
感極まって抱きついてきたハノンの頭を撫でながら、イースフォウは言う。
「それよりも森野先輩!! スカイラインが足を折っちゃってるんです!!」
「え? そうなの?」
森野はスカイラインの足首を見る。
「たく、大丈夫だって、大したことは……っつう!!」
やせ我慢をしようとしたスカイラインは、少しの衝撃で顔をゆがめた。
「……これは、早めに病院に運んだ方が良いですね。とりあえず救急箱を持ってきます」
「頼むわエリスちゃん。あとレッテちゃんも呼んできてくれる? あの子、治癒が得意な召喚獣を呼べるはずだから」
「解りました!!」
エリスは急いで、その場からレテルの元へ駆けて行った。
代わりに、ヤマノ教師が近づいてくる。
「イースフォウ君とスカイライン君か……。随分満身創痍のようだが、何があったか教えてくれるか?」
その言葉に、イースフォウは答えようとする。
「ええと、話すといろいろと長くなると思うんですけど……何から話せばいいのか……」
上手く話をまとめられないイースフォウに代わり、スカイラインが口を開いた。
「今回の件の首謀者サリーヌ・ルブランと交戦し、サリーヌの身内でもあるこのイズミコ・ルブランの力を借りて、彼女を止めることに成功しました。サリーヌ自身は、旧文明の遺産『十六小片風』の崩壊の衝撃で起きた地盤沈下に巻き込まれて行方不明です」
「ええと、ざっとまとめると、スカイラインの言った感じです」
「……ふむ、そうか」
ヤマノ教師はその言葉を吟味し、もうひとつ質問を投げかける。
「で、イースフォウ君の当初の目的だった、二つの旧文明の遺産は、回収できたのか?」
その事については、イースフォウはしっかりと答える。
「それが……、やはり旧文明の遺産の崩壊と一緒に、地の底に沈んでしまって……。これから掘り起こす必要があるんですが」
「………それはまた、随分と面倒そうな状況になってしまったなぁ」
ヤマノは頭を抱えて考える。
「まあ、旧文明の遺産だ、ほっとくわけにもいかない。瓦礫の撤去作業と並行して、軍から探索チームを派遣して……」
「その必要はないぞ、少尉よ」
不意に、ヤマノの話を太い声が遮った。
イースフォウはその声の正体を知っていた。だが、必要が無いとはどういう事か。それを聞こうとする。
だがイースフォウ以上に、その声に反応した人物がいた。その声の主に一番関係が深いスカイラインである。まさかそんな人物がここに居るとは思いもよらなかったのだろう。その姿を確認するや否や、飛び跳ねるように驚いた。
「ぱ、ぱぱぱぱぱぱ、パパ!!」
「うむ、我が娘よ。久しぶりに会うな」
セリフとは裏腹に、その目はギョロリとスカイラインを睨みつけている。
「……随分心配したのだぞ? いきなり行方不明などに成りおって」
「ご、ごごご、ごめんなさい!!」
足の痛みなど忘れた勢いで頭を下げるスカイライン。この天才少女も、ヴァルリッツァーの当主には頭が上がらないようである。
だが、次の瞬間には、当主の表情は柔らかくなっていた。
スカイラインの頭に手を置き、ゆっくりと撫でた。
「……心配したが、随分良い眼をするように成ったではないか。どのような道を通ったかはあえて聞かん。成長したな、我が娘よ」
「ぱ……パパぁ」
スカイラインは彼女らしくもなく、涙をぼろぼろ流しながら声をあげて泣き出した。
そんな様子を見ながら、イースフォウとイズミコは複雑な表情をする。
イースフォウの父親は行方不明。イズミコの唯一の肉親も、つい先ほど闇にのまれたのだ。
家族のぬくもりが、少し羨ましく思う。
「……姉さん」
不意に、イズミコはつぶやいてしまう。
もしこの場で共にサリーヌが生き延びていたら、彼女はどのような言葉を投げかけてくれたのか。そんな事を、イズミコは考えてしまう。
「なるほど。君は彼女の事を『姉』と呼べるようになったんだな。それは良かったじゃないか」
不意に、イズミコの後ろから男性の声が聞こえた。
イズミコは振り返る。
「君の姉は、なんて言ってたかい?」
どこか頼りない男の問いかけに、イズミコは苦笑する。
ああ、そうだ。自分はもう姉に言葉をもらっていたのだ。
それで充分だった。
「『生きろ』って言ってたわ、ワイズ」
「そうかい、ならば励ましの言葉はいらないな」
やはり頼りない笑顔で、男はイズミコに笑いかけたのだった。
ガタッ!! そんな音が聞こえただろうか。
イズミコは音のした方を見る。
そこには疲れて座り込んでいた筈なのに、なぜかいきなり立ち上がったイースフォウが居た。
「………?」
イズミコは首をかしげる。彼女のその表情は、何とも言えない驚きの形相であったのだ。
「と、ととととととと!!」
イースフォウはプルプルと震える指でその男を指さし、先ほどのスカイラインよりもさらに衝撃的に、その言葉を放った。
「父さん!!」
「……あ」
イズミコは気が付いた。
サリーヌは明言してはいなかったが、黒影黒闇石とプロダクト・オブ・ヒーローは、ワイズサードの情報から探し出した旧文明の遺産であった。
という事はつまり、イースフォウとワイズサードには、何かしらの接点があっても不思議では無い。
……というか、普通に考えれば親子か何かに違いなかったのだ。
「やあ、我が娘よ。レジエの奴も自分の娘をべた褒めだが、僕もあいつに負けないくらいの称賛を君にあげよう。成長したね、イースフォヴフォア!!」
最後の方が意味不明の音になったのは、イースフォウが思いっきりワイズサードの頭を叩いたからである。
「やあ、じゃねええええええええええええええええええええええええ!! 三年間、どこほっつき歩いてたのよ!!」
ポカスカと実の父を殴りまわすイースフォウ。
「いや、まてまて。僕だって、囚われていたり、『忘れられた少女』で二年間くらい記憶が無かったりで帰れる状況じゃなかったんだって、って聞いてくれよ我が娘よ」
「知るか!! おかげで母さんは一人になっちゃうし、私はアムテリア学園に入学したりで、もういろいろとひっちゃかめっちゃかに成ってるよ!!」
「ん? おお、何だイースフォウ。お前、アムテリア学園に入ったのか。すごいじゃないか。……だけど、どこか仙機術に後ろ向きだったお前が、いったいどうしちゃったんだい?」
「それは……」
と、不意に別の男性と女性の声が聞こえた。
「――いやぁサード。お前の為なんだぜ? その選択は――」
「――そうね。フォウは行方不明のあなたを探すための能力を身につけるために、アムテリア学園に入ったのよ。お父さん思いよねぇ――」
その声は、ワイズが右手に持つ伝機のつかの部分から聞こえてきていて……。
そこには、黒い石と、紫の水晶が埋め込まれていた。
「ひ、ヒール!? クロも!! なんでここに!!」
イースフォウは、腰を抜かすくらい驚く。
「なんでって、そりゃあ僕の持ち物だからな。ちゃんと回収はするさ」
ワイズサードはさらりとそんな事を言う。
「地面の中に埋まっちゃいました、じゃあ持ち主としては失格だからな。だから、掘り返す必要は無いぞ?」
「……っく、三年間も私に預けていたくせに」
救い出せなかったイースフォウとしては、妙なところで負けた気がする。イースフォウとしては若干悔しくもあった。
だが、レジエヒールの言った『探す必要はない』理由は良く解った。
「――何言ってるんだよ。お前一人じゃあ脱出も出来なくて、俺たちを探す以外に助かる道が無かっただけのくせに――」
「――サード。やっぱりあなたはもう少し仙機術を学びなおした方が良いわ。私たちに頼りきりじゃあ今回みたいに何かあった時、また何年も行方不明になりそうだわ――」
クロとヒールの突っ込みに、ワイズサードは頭をポリポリかきながら笑う。
「いやぁ。『忘れられた少女』だけで、どうにかなると思ったんだけどなぁ。奪われて、逆に使われちゃったからなぁ」
そう言いながら、その左手には黒い人形のようなもの、記憶を操作する旧文明の遺産『忘れられた少女』が握られていた。これもちゃんと回収してきたらしい。
そんなワイズを見て、イースフォウは思い出してくる。
スカイラインに敵わないと思った事は幾度となくある。
当主に対しても、組み手を行えば行うほど、敵わない相手だと感じた。
でも、それらは如何にかすれば、成長すれば敵うようにも感じる事は出来る。
しかしイースフォウはずっとずっと昔から、この父親に対してだけは………きっと絶対にかなわない、そう思えてならなかった。
久々にその事を思い出して、父が目の前に居ることをやっと実感できた。
「おっと」
ワイズサードは、不意に抱きついてきた娘を受け止めた。
彼女は少し、小刻みに揺れている。泣いているのかもしれない。
ワイズはクスリと微笑し、イースフォウの髪をゆっくりと撫でた。
イースフォウの問い詰めが終わった段階で、当主はワイズサードに苦言する。
「おいワイズ。いくらなんでもあまり騒ぎが大きくなると、俺の力でももみ消せなくなるぞ?」
実に迷惑そうな表情であった。
「とは言ってもなぁ、僕も出来れば、平穏無事に家族と過ごしたいんだけど。……行く先々で旧文明の遺産が問題を起こすんだよなぁ」
その言葉に当主は思案し、思いついたようにこう言った。
「なら、もうお前は本家で身柄を拘束して、二度と外に出ないようにした方が良いのかもな」
「いやぁ冗談きついよレジエ。……そんなマジな顔で洒落を言うなよ?」
「いや、俺はマジだぞ?」
ワイズサードは若干冷や汗を流しながら笑う。
そして、笑いながら更にこう言った。
「それに、……帰る事は出来ないんだ」
その言葉にイースフォウはワイズサードの胴から顔を離して、彼の顔を覗き込んだ。
「父さん………どういうこと?」
「……すまないな、イースフォウ」
トン、と彼女を突き放す。
「実は僕が姿を消した理由は、別件の旧文明の遺産の話なんだ」
その言葉に、イースフォウは目を丸くする。
「………はぁ?」
「いやそれが三年前、とある通りがかりの占いばあさんに、『あと三年で世界は滅びるよ』って占われてなぁ。僕はそれを解決しようと思って旅に出たんだ」
「おい……まさかワイズ。その件、まだ解決してないのか? ……だとしたら、やばいだろう。お前が消えたのも、三年ほど前じゃないか」
当主の問いかけに、ワイズは首を横に振る。
「正確には、二年と九カ月前だな。二年前にサリーヌに捕まらなければ、余裕で解決できたと思ったんだけど、とんだ道草を食っちまったってわけだわ」
「あと三か月で、世界が滅びるというのか?」
「さてなぁ。それは、僕の頑張り次第だな」
「ちょっと、じゃあ父さんはこれからどうず……」
不意に、ゴオと力が吹き荒れた。
その力は、ワイズサードを中心に巻き起こっていた。
「今回は、クロやヒールを使った力技はやめようと思っていたんだけど、もう後三カ月じゃあ四の五の言ってられない」
その言葉に、二つの石は答える。
「――俺はお前の力になら無条件で成ってやるぜ? サードよ――」
「――世界を救うのが、私『英雄計画』の使命です。他力本願は基本的に認めたくないですが、致し方ありませんね――」
クロとヒールも、実にワイズに協力的な姿勢を見せている。
「まて、ワイズ。お前一人で無理させるわけにはいかん。俺も連れて行け」
当主がずいと前に出る。
だが、ワイズは笑いながら、
「だめだ、レジエじゃ足手まといだからな」
ばっさりと切り捨てる。
「………まったく、この極星のヴァルリッツァーにそこまで言えるのは、お前くらいなものだ」
笑いながら、レジエヒールはぼやいた。そして、一番のライバルにエールを送る。
「行って世界を救ってこい、ワイズサード!!」
「おう、期待して待ってろレジエ!!」
そう言って、飛び立とうとする。
……が、ワイズサードは跳びたてなかった。
その袖を、小さな手が握って離さなかったのだ。
「……いや、せっかくカッコイイ旅立ちなんだから、快く見送ってほしいんだけど」
イースフォウは頑として話さなかった。
「ふざけるな。この上、さらにまた行方不明になろうっていうの?」
「いやぁ、たった三カ月だぞ? ちょっとサラリーマンの単身赴任が伸びたって程度の話だって」
「三か月経てば帰れるの?」
「ん~。まあ、それがかなわなかったら、おそらく世界は滅亡してるからなぁ」
「三か月なのね?」
「うん、まあそうだな。あと三カ月で元の生活に戻る」
「約束ね」
「約束だ」
ワイズサードは安堵する。どうやらイースフォウは、やっと納得してくれたようである。
しかしそんなワイズサードの期待を、イースフォウはぶちっと裏切った。
それこそぶちっとワイズサードの伝機から、旧文明の遺産を引きちぎった。
「ヒール、あなたこっちへ来て」
「ちょ、え? フォウ!?」
それを、自分の伝機に無理やりはめ込む。
「ええと、イースフォウ?」
戸惑うワイズサードを無視し、イースフォウはイズミコに尋ねる。
「ねえ、イズミコ。いろいろ話したいんだけど、一緒に付いてくる気ある?」
「おいおい、イースフォウ、何を言ッブフェ!!」
頭をはたかれて、ワイズサードは言葉を遮られる。
イズミコはその言葉に対し、じっくりと悩んだ後に答えた。
「ううん。私じゃきっと足手まといだから……。三ヶ月後に、イースフォウと話せるように、いろいろと準備しておく」
「おっけ!!」
そして次に、ヤマノ教師に声を掛ける。
「ヤマノ先生!! お願いがあります!!」
「な、なんだいイースフォウ君?」
ヤマノ教師の顔が若干引きつっているのは、おそらく嫌な予感しかしないからだろう。
イースフォウは笑顔で伝えた。
「私、休学します!! 来年、また一年からやり直しますね!!」
「……あ、そ、そうかい」
その勢いに、もはやヤマノ教師は何も言い返せなかった。
「いやまてまてまて。僕はまだ連れていくなんて……」
ワイズサードは慌てふためきながら、イースフォウを止めようと試みる。
だが、その肩がポンと叩かれる。
「諦めろ、ワイズ。俺とは違って、この子は何となく足手まといにはならんと見える」
「……なんの根拠だよ、レジエ」
しかしワイズサードもそれには気付いていたようで、大きく息を吐きながら観念した。
「……はいはい解ったよ。久々に、娘と少し長めのデートをしてくるよ」
そう言うと、イースフォウの肩に手を回す。
「行くか、娘よ」
「うん、父さん!!」
再度、力が吹き荒れる。
今度は、父と娘の二人から。
イースフォウは笑顔で手を振る。
「じゃあね、みんな!! また春になったら会おうね!!」
その言葉を最後に、二人は恐ろしい速さでその場を飛び立っていった。
一同のほとんどは、そのあまりの展開にポカンと口を開いていた。
そんな中、森野はぽつりとつぶやいた。
「迷いを断ち切ったのは良いけど、迷いが無さ過ぎるのも問題なのねぇ」
お騒がせな父と娘の去って行った空には、夜明けの太陽が昇り始めていた。
"真説"少女仙機譚~晴天のヴァルリッツァー③~決戦の章 藤辰 @fujitatu
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