12.十六小片風の設計図『レジエヒールとワイズサード』

砲台は、すでに全ての力を砲身に注ぎ込んでいた。

もはやその魔力は、肌で感じられるほど強大に膨れ上がっていた。

なるほど、これが放出されれば、軽く町一つは消し跳ぶかもしれない。旧文明の遺産としてはそこまで強力なものではないが、それでも十分現代の人にとってみれば脅威である。

しかし、慌ててはいけない。これを止められる手を持っている者は、この場には他に居ないのだ。集中が途切れれば、大惨事つながってしまう。

レテル・ネウイエル・パトリコラは、自分の持てる全てをひねり出すように、ある術式を編んでいた。

レテルの得意とする召喚術は、遠方の対象動物を自分の場所までワープさせる能力。そして自分の仙気力を分け与える代わりに動物に協力してもらう能力、この二つによって成り立っている。

そのどちらが両方が正しく組み上がらなければ、術は上手く行使できない。

ワープに使う能力に手を抜けば、近場の大した事の無い動物が召喚されてしまう。動物に分け与える仙気をケチれば、その動物は言うことを聞かない。

だが、今回の件を収めるには、生半可な動物では対抗できない。それこそ神話級の巨獣でも召喚しなければ防ぎきれない。

そんなものをここに移動させて使役するのは、レテルの実力では不可能であった。

だが、もしワープ……移動だけならば、レテルノ実力でも十分出来る。

ようはそのあと、巨獣を制御できる何かがあればいいのだ。

そこで、フラジオレットの出番であった。

フラジオレットは『舞踏の服』と呼ばれる特殊なドレス型の伝機を使い、動物を操ることができる。あくまで操ることだけしか出来ずにレテルのように召喚は出来ないが、おおよそどんな動物でも自由に動かすことができるのだ。

……操っている間、常時舞っていなければならないという弱点もあるのだが……。

「太古に生れし誇り高き十二の獣。汝、天の流れにて生きる王。我、召喚の姫。汝に協力を求む……」

レテルの歌うような術式。それに合わせて、フラジオレットは舞い踊る。

「……来たれ………RU……RU……王!!」

レテルの呼び声とともに、空間が割れる。

そして、轟音を鳴らしながら、空間の裂け目から何かが出てきた。

ごつごつとした、岩山にも似た表面。鋭く光る牙と爪。

その口からは絶えず火炎が漏れ出て、まるで雷鳴のような音がその喉から絶えず流れている。

「……まったく、レッテさんたらとんでもないのを召喚しましたね」

フラジオレットは冷や汗を流しながら、舞い続ける。何となく気押されそうにもなるが、大丈夫だと自分に言い聞かせる。フラジオレットの能力ならば、制御は難しいことは無いのだ。

狂ったように舞う。それでこの巨獣は、フラジオレットの思うがままになった。

それでも、その集中力は並みのものではない。

いや、とっくに二人の限界を超えている。

レテルもフラジオレットも、自分の限界以上の術を使って、今にも気絶しそうなほどであった。

だが、ここで踏ん張らないといけないのだ。

「竜の……真の王……。ここまで来てくれて、ありがとうございます」

「さあ、行きますよ竜真王。我が舞いより命ずる。目の前の砲台を止めよ!!」

グルルルルと雷鳴のような喉が、そのままグワリと開く。

そして、こんどは雷鳴などと例えられないような咆哮があたりを支配した。

「GURUAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」

それと同時に、十六小片風も臨界点を超えた。その砲撃は、同じく常軌を逸した爆音を奏でながら発射された。

「「お願い!!」」

爆音の中、レテルとフラジオレットは叫ぶ。

その言葉を理解したか、その言葉に支配されたか。

巨竜は十六小片風の砲撃を、その胴に受け止めた。

「GYUAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」

世界を切り裂くような巨竜の悲鳴。しかしその大きな瞳は、苦悶の表情を浮かべていない。

その砲撃を抱え込み、そのまま遥か上空に投げ逸らした。

ゴオっと空を切り裂いた十六小片風の砲撃。しかしまだ魔力が残っているのか、第二射を撃とうと動き始めた。

だが、巨竜はそれを許さない。

ガバリと口を開くと、一気に火炎のブレスを解き放った。

それは、ただの火炎ではない。全てを吹き飛ばすような、強力な暴風火炎であった。

全てを焼き尽くすほどの、無慈悲な息。だが、ここは市内である。周囲は工場地帯とはいえ、巨竜の本気は流石に危うい。

なんとか、フラジオレットの制御が間に合う。火炎はいくばくか良心的な威力で、砲台のみを焼き払っていった。

そこで時間切れだったのか、はたまたエネルギーを使い果たしたのか。

巨竜の姿が光とともにかき消えていく。

召喚術で呼びだされた巨竜は、その役目を終え消えようとしていた。

「はぁ、はぁ、はぁ……なんとか……抑えきれました」

レテルは息も荒く、その場に座り込む。

フラジオレットも両膝を地面に付き、肩で息をした。

二人としては、旧文明の遺産と戦っていたというよりは自分たちの召喚した巨竜とたたかっていたと言った方が正しい状況であった。

竜自体、旧文明の遺産並みにヤバイ代物だったのだ。それこそ暴走でもすれば、さらに被害は拡大しただろう。レテルも、本来ならばあと五十年は修行しなければ、あんな伝説の塊を召喚することは出来ないはずだ。

まったくヤマノ教師も無茶な役目を振ったものであった。

「はぁ、はぁ、でもこれで、旧文明の遺産の機能……殆ど沈黙に出来ましたよね?」

レテルは、光る汗をぬぐいながら、フラジオレットに問いかける。

「……おそらく、九割は破壊できたはずです。こっちの制御も、自分でも驚くくらいに、精密に出来ましたから……」

その言葉を聞いて、レテルは安堵する。

これで駄目だったら、残りの手は無かったのだ。

一度の召喚で二人の仙気が空っぽであるし、他の連中もそろそろ仙気切れは否めないはずだ。

そもそも、旧文明の遺産をこのメンバーで沈黙させることができたのだ。これは、奇跡に近い。

「……まあ、一応周囲の魔力係数を測ってみましょう」

フラジオレットは、自分の身につけている伝機を操作し、残存する魔力の数値を図り始める。

しかし、図り始めたその瞬間、彼女は眼を見開いた。

「…………そんな」

体が小刻みに揺れている。

その様子を見たレテルは、その意味に勘づく。……いや、勘づくと言った方が正しいかもしれない。

当り前である。このタイミングでそんな表情をされては、誰だってその意味を理解するに決まっている。

フラジオレットは、通信機に向かって叫んだ。

『みんな!! 気を付けてください!!』





まず、はじめに撃破されたのは、クルスとエミリアの学生ペアであった。

『っく、だめだ!! 戦線を離脱する!!』

いや、なんとか逃げることは出来たようだ。だが、復帰は難しいだろう。

「っく!! まだ動くのか!! あれは!!」

ヤマノ教師は叫びながら攻撃を回避する。

そこに、マイからの通信が入る。

『分析が終わった。……あれは残ったパーツを全て寄せ集めて作られた、さっきよりは小規模な自立砲台。……小規模でも、あれが暴れれば、被害は深刻になりうる』

「っく、自動再生か!?」

『少し違う。再生はしてない。さっきと同じように残りのパーツを使って、機能回復ができるよう適応しただけ。規模は更に小さくなった』

「……どのみち、自分で動けるように修復したってことだな」

『気をつけて、ヤマノ教師。今、コルダもやられた。私も、そんな長くガ――――――――――――――』

急に通信が途絶える。ヤマノは慌てて通信機に向かって声を掛ける。

「マイ君!! どうした、応答しろ!!」

だが、ノイズが走るだけで、通信は回復しなかった。

状況は非常にまずい。

旧文明の遺産を崩壊させたと、全員が油断してしまっていた。

その直後の攻撃で、疲れ果てていたメンバーのほとんどが行動不能に追いやられたらしい。

クルスは戦線離脱。コルダとマイもやられたようだ。おそらく、マイと一緒に居たユーナも落ちただろう。

残ったのは、先に戦場から離脱したマイノモミジのみである。

ようは実質、今戦場に残っているのはヤマノ教師だけであった。

「……俺だけで、あれを沈黙させろとな」

どう考えても無理であった。

ここは一回離脱を試みて、体勢を立て直したところで再度攻撃……。

しかし、ヤマノ教師は首を横に振る。

それではダメなのだ。このまま少しでも放置すれば、周囲の建物や施設は、ことごとく破壊されてしまうだろう。避難誘導も間に合わないかもしれない。ここで、何としても食い止めなければならないのだ。

しかし、ヤマノ教師は……。

「避けるので手一杯だ!!」

砲台から絶え間なく繰り広げられる小さな砲撃を避けるしか、彼には出来なかった。既にその場から逃げる算段すら無かったのだ。

これでは……何の意味もないではないか。

『意味はあるぞ、ヤマノ少尉』

不意に、通信から流れる声。

「レジエヒール殿!!」

極星のヴァルリッツァーであった。

『ここは、我らに任せろ。だから少尉は、もう少しそいつの気を引いておいてくれ』

「ちょっと待ってくれ、もう少しってどのくらいなんだ」

完全に敬語を忘れるほどテンパるヤマノ教師に対し、ヴァルリッツァーの当主は……。

『大丈夫だろう、君ならな』

そう言って、ブチリと通信を切ってしまった。

「答えになって無あああああああああああああああああああああい!!」

半ば悲鳴にも近い叫びをあげながら、それでも攻撃を避け続けるヤマノ教師は、やはり優秀な軍人に違いは無かった。





二人の男が、ローブを風になびかせながら、立っていた。

片方は、ヴァルリッツァーの当主。その手には、スカイラインのレイレインに似た伝機が握られている。

その当主が、隣に立つ男に声を掛けた。

「二年ぶりだな、ワイズ」

「いや、三年ぶりだよレジエ」

極星のヴァルリッツァーのことを本名……いや、レジエヒールをさらに愛称で呼ぶ人物は、この世でたった一人しかいなかった。

ワイズサード・ヴァルリッツァー。当主と比べられた男。そして、唯一当主が並ぶ事を許してしまう男。

「まったく。三年間も連絡もよこさずに、お前は何をやっていたんだ?」

「いやなに、ちょっと世界を救おうとしていたのさ」

「……その結果がこれか? 随分お粗末な救世主っぷりじゃないか」

「そうでもないさ。今から救うわけだからね」

そう言って、これまたイースフォウのストーンエッジに似た伝機を、ワイズサードは構える。

その柄には……。

「――いや、レジエの言う通りだろサード――」

「――ほんとよね、救うとか言って私たちの力任せじゃない――」

ヒールとクロが刺さっていた。

「まあまあ、良いじゃないか細かいことは。そんな事よりも、そろそろどうにかしないと、あの若い少尉君が落とされちまうさ」

「……ふむ、そうだな。彼には今回だいぶ世話になってしまった。早いところ片づけて、いろいろ礼をしなければならない」

その言葉に、ワイズサードは嘆息する。

「まったく、いつもそうやってワイロづけにして解決するのはどうかと思うぞ?」

「そういうことは、自分の尻拭いを俺に押し付けなくなってから言うんだな、ワイズ」

「はは、そうだね。いつもお世話になっているよ」

そんな軽口を叩いてい笑っていた二人だが、、二人同時にぴたりと笑うのをやめる。

「俺が浮かせる。ワイズは殲滅してくれ」

「了解。でも、僕は君に合わせられないからな、レジエ」

そして、二人は一気に取り掛かった。

地面を掛ける当主、その伝機には一瞬で組み上げた『逆流』を流す。

そしてその伝機を、地面に突き立てた。

「食らえ!!」

当主の放った逆流は、そのまま地中を走り、旧文明の遺産の真下から吹き荒れた。

ゴオッと、その規模を小さくした十六小片風を浮き上がらせる。

「な、なんだ!?」

近くにいたヤマノ教師は、突然のことに驚きを隠せない。

「離れてくれ、少尉君!!」

不意に、どこからか声が跳んできた。

「ッ!!」

誰のものかなど確認する暇は無かった。

伝機の魔力検知が、異常な数値を知らせるアラームを鳴らしたのだ。

もはや仙気も限界に近い。ヤマノは旧文明の動きが止まったこの一瞬で、やっとのことでなんとかその場を離れることができた。

そして、ヤマノが去った一瞬後に。

「クロ、ヒール、解放しろ!!」

ワイズサードの高らかな声とともに、二つの石は見たこともない輝きを放った。

「黒影黒闇石!! 出力全開だ!!」

「プロダクト・オブ・ヒーロー!! 魔力を最適化します!!」

「よし!! 消し去れ!!」

ワイズサードの声とともに、今まで十六小片風が放っていたものとはレベルの違う力の奔流が、十六小片風の残りを、飲み込んでいった。

激しい爆音、激しい衝撃。

激しい空気のうねりの中、ヴァルリッツァーの落ちこぼれワイズサードと、ヴァルリッツァーの当主レジエヒールは並びながらその場を離れる。

「いやぁ、レジエは相変わらず人間離れした仙機術だね」

そんなワイズサード言葉に、レジエヒールは皮肉交じりにこう答えた。

「おまえのそれこそ、人間が持つには危険すぎるものだ」

二人のその背後で、十六小片風の最後の爆発が今静かに散った。

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