12.十六小片風の設計図『少女が気付く、自分を救う存在』
攻撃を開始してからどのくらい経っただろうか。
十六小片風を取り囲む外部隊は、少しずつではあるが十六小片風を崩しつつあった。
ヤマノ教師は砲台を真正面に見据えながら、迫りくる攻撃を避け続ける。もちろん、合間を縫って攻撃も忘れない。
順調に、十六小片風の破壊を進めていた。
『こちらクルスチーム。左側目標の二〇%を破壊!!』
『はぁい、ユーナだよ♪ 右はマイちゃんが三割壊したよぉ』
『こちらコルダ。背面の目標、五割が沈黙しました』
他の部隊も順調のようである。
(……あとは、内部にいる彼女たちが脱出出来ればいいのだが……)
未だ脱出してくる様子は無い。また、戦闘が開始されてから通信状況が悪くなり、エリスとハノンにさえ連絡が取れなくなってしまった。
(誰も戻ってきていないこの状況で、これ以上破壊を続けていいのだろうか……)
しかしかといって攻撃の手を緩めれば、この旧文明の遺産がどのような事をするか解らない。いや、これは巨大な砲台である。間違いなく、何かにその砲撃を打ち込むことになるだろう。
そうなるまえには、やはり破壊し尽くさなければならない。
『ヤマノ少尉……。相談がある』
「……モミジ君か。どうした?」
思いつめた表情で、コルダと背面を攻撃していた嘱託の仙機術使い、マイノモミジは訴えた。
『身勝手とは分かっているが……自分が内部に侵入して、ハノン達を助けに行くことを許してほしい』
「……気持ちは解るが、それを許すことは出来ない」
ただでさえ人員が不足しているうえに、他の学生チームよりも嘱託の二人は、大きなダメージソースになっていた。
その片方が攻撃をやめて内部に突入するのは、出来れば避けたかった。
しかし、モミジは鋭い表情で、尚もヤマノ教師に訴える。
『お願いします。あんなじゃじゃ馬でも、家族なんだ……。ここまで信じて待っていたが、もう待っているだけは出来ない!!』
ヤマノ教師は頭を抱える。
彼の訴えはとてもよく理解できる。出来る事なら、向かわせてあげたい。
しかし今のこの状況は、場合によってはさらに多くの人命がかかる可能性のある事態なのだ。ハイ良いですよ、では済まないのだ。
「……頼む、もう少しだけ耐えてくれ。きっと彼女たちは自分たちの力で脱出するから」
だが、ヤマノ教師のその言葉に、マイノモミジは激昂した。
『そんな不確かな事で、自分の家族を見捨てられるか!! 俺は、今から内部に突入する!!』
「……モミジ君」
ヤマノ教師も理解する。これ以上彼を止めることは出来ない。
仕方がない。どの道、こちらの命令に従わないのであれば、ここに繋ぎ止めておいたところで、益にはならない。
しかし、そんな二人の通信に、呑気な声が入りこんできた。
『ちょいとお二人さん。争い事は何も生まないのね』
「……ユーナ君。……彼の言うことももっとなんだ。もう自由にやらせることにするよ」
『あらあらヤマノ教師ともあろうお方が……。まったく、この作戦の指揮官なんだから、もっと厳格にやっていただきたいものね』
どの口が言うのか。そのしゃべり方は、上官をなめているのではないか。いろいろ文句を言いたくなる。
だが、ユーナはニコリと笑いながら話す。
『ポイント1―5―6にご注目くださいませ~』
緊張感の無い声。だが、不思議と気になる何かがある。
そんなユーナの声にそそのかされて、ヤマノ教師とマイノモミジは指定されたポイントに視線を移した。
不意に、そのポイントが爆発した。
『そのままポイント1―5―5に移動しま~す』
再度指定された所で爆発。
その爆発は、まるで何かが進むように、一直線のコースをたどって断続的に起きていた。
どうやら内部からの爆発のようであった。
そして、その爆発は、ついに旧文明の遺産の外層部に達し……。
『ごらんください、あれが梨本森野の貴重な脱出シーンでございます』
最後の爆発とともに、黒こげになった森野とハノンとエリスが跳び出てきた。
『……あーこちら森野』
不意に、通信機に森野の声が流れた。
『ごめん、三人満身創痍だから、誰か受け止めてぇ……ガクリ』
爆発の衝撃で上空に吹っ飛ばされた三人は、そのまま自由落下をし始める。
「って、誰か、三人を助けてやってくれえええええええ!!」
その言葉が響き終わるか終らないかの速さで、高速で助けに跳んで行った影があった。
『……モ、モジミです。なんとか無事、三人を受け止めました』
「あ、ありがとう。良くやってくれた」
なにはともあれ、三人はなんとか無事脱出してくれた。
(……これで、あとはイースフォウ君だけか)
「三人とも、報告してくれ!! イースフォウ君はどうした!?」
しかし、その質問にはマイノモミジが答える。
『ダメです、ヤマノ少尉。三人とも、極度の仙気不足で気絶してます』
「……っく、なんてことだ」
仙気を使いすぎると、極度の疲労による気絶を起こしてしまう。そうなると気を取り戻すのに、最短でもおよそ一時間はかかってしまう。
だが、ヤマノ教師は思う。
(どちらにせよ、一緒で脱出しなかったということは、内部では別行動だった可能性が高い。……イースフォウ君の事は、森野君たちは知らないと考えるのが妥当か)
となると、可能性は一つ。
イースフォウは、未だあの中で戦っているのだ。
(……もう、彼女を信じるしかあるまい)
イースフォウが自力で生き残る事に、掛けるしかない。
これ以上、この施設に手心を加えていたら……。
不意に、ヤマノ教師の伝機から、けたたましい音が流れる。
同時に、コルダの通信が入ってきた。
『ヤマノ少尉!! 魔力が異常値です!!』
「……ついに、メインの機能が動き始めたのか?」
さらに、マイの通信がつながる。
『全体で5割の破壊に成功。……だけど、小さなパーツが組み合わさって作られている構造。あの旧文明の遺産自らの機能で、メインのシステムを再構築した様子』
「……つまりどういうことだ?」
『規模が若干小さくなったが、……万全のシステムで旧文明の遺産が起動したってこと』
「するとどうなる?」
『……砲身に高エネルギー反応。砲撃が行われる模様。予測発射カウントダウン……二十五、二十四、二十三……』
そのカウントダウンには、ヤマノ教師も焦りを隠せなかった。
「じ、時間が無い!!」
ヤマノは慌てて通信を飛ばす。
「ジオ君!! レテル君の準備は大丈夫か!!」
待機していた、フラジオレットとレテルに問いかける。
『こちらジオです。いつでもいけます』
その答えは、実に頼もしいものであった。
実際ヤマノ教師は、この施設を止められるのは、この二人の能力にしか頼めないと考えていた。
いわゆる奥の手である。
「すまない、時間がもうほとんどない。手筈通りにお願いする!!」
『了解!!』
ジオはそういうと、通信を閉じた。
「総員!! ジオとレテルが動く。二人に攻撃されないよう、囮および援護に移れ!!」
『『了解!!』』
(……奥の手ではあるが……、果たして上手くいくか……)
だが少ない手札では、この作戦がヤマノ教師に出せる唯一の策であった。
とにかく、賭けてみるしかないのだ。
ヤマノ教師は、ごくりと唾を飲み込んだ。
崩れる施設。どうも内部と外部、両方の破壊が行われたようである。パズルのように組み合わさったこの十六小片風は、連鎖反応を起こして全体の崩壊が始まっているようだ。
この中心部も、大きく変形してしまった。真ん中のメイン機器の柱は、裂けた床に沈んだし、自分の足場にも亀裂が入り崩壊した。
しかしその程度では、十六小片風は止まらない。パズルのように組み合わさった作りの十六小片風は、自動的に残ったパーツで機能維持を図ろうとする。黒影黒闇石から取り出した魔力は、施設全体に供給されている。例えこのまま破壊活動が続いたとしても、一撃か二撃の砲撃は自動的に発射されるだろう。
(だから、自分がこの崩壊した足場の底に沈んでも、全く問題ではない。自分のやりたいことはやった。後はどうなっても良い)
どのみち、この世界に自分を助けてくれるような人間など、もう居ない。死ぬほど会いたかった人たちは、結局のところ何をしても駆け付けてくれないのだ。そんな事は、サリーヌ・ルブランとてとうに理解していた。
だから足場が崩れた時、彼女は別に何も感じなかった。恐怖も、悲しみも、絶望も、サリーヌは感じなかった。
感じなかったからこそ、戸惑った。
「っく、くぅ!!」
「………何をしているのですか、三五号」
サリーヌは自分の手を懸命につかむ少女に、戸惑いを隠せなかった。
「っく!! イズミコ!! 戻ってきて……!!」
「馬鹿!! 瓦礫につぶされるわよ!!」
イースフォウとスカイラインは、イズミコの行動を制止することができなかった。それも仕方がない。障壁で瓦礫をガードするイースフォウは術式展開で集中しているし、スカイラインは足の負傷で動けないのだ。
イズミコとサリーヌの元に、すぐに移動することはできない。このままでは、イズミコが危うい。
だが、イズミコはそれを承知で飛び出した。
サリーヌが崖に吸い込まれるのを見て、居てもたってもいられなかった。
「……ま、まって。お願い……あなたに、聞きたいことがたくさんあるの」
聞きたいこと……。はて、何のことだろう。
サリーヌは本当にわけが解らなかった。
なぜって、目の前の少女は、彼女のことを忘れているはずだったからである。
忘れているということは、つまりはもう関わりが無いということだ。
こんなふうに助けるなど……あり得ない。
「なんで……そんな事をするんですの?」
心の底から、サリーヌは彼女に尋ねた。本当におかしくって、本当に理解不能だったのだ。
尋ねられたイズミコは、その言葉を吟味する。
(どうなんだろう。忘れてしまった記憶の手がかりだから助ける、というのもあるし、目の前で危ない目に会ってる人間を助けない訳がない、というのもあるわ)
彼女は気付いたら手を出していたのだ。それは先ほどスイッチを押そうとしたサリーヌを見て、手元を攻撃してしまった時もそうだった。
反射的に、イズミコの体が動いてしまったのだ。
……では、なぜ反射的に動いたのだろう。反射とは……何かに反応するということだ。イズミコは考える、自分は何に反応したのかを。
彼女を突き動かしたものとは何なのだろうか。
(私自身を突き動かすんだ。つまりは……きっととても大切な、大きなもののはずだ。かけがえのないモノなのだ)
なぜ彼女は、目の前の女性を助けようとしたか。
イズミコは理解する。それは簡単な答えだったのだ。
「忘れたけど……きっとあなたが大切な人だから」
その瞬間、サリーヌは目を見開く。
目の前の少女を、今までサリーヌに尽くした少女をじっと凝視する。
「私は……思い出したい。……きっと大切なことだから、忘れてはいけない事だから……。その為には、きっとあなたが必要なの!!」
サリーヌは理解する。この少女が、どれだけ自分の為に動いてくれていたのか。自分のことを思ってくれていたのか。
そのほとんどは旧文明の遺産の効果で忘れてしまっているのに……、今もこうして忘れているはずの自分のことを思ってくれている。
(私のことを、大切だと言ってくれている)
……だが。
「……悪いですわね。私は、あなたを大切には思っていなかった」
サリーヌは笑いながら言った。自分の大切なものは、この世で唯一なのだ。それを求めて、ここまで生きてきてこの日を迎えたのだ。
その中に少女が入ることは、今日この日まで一瞬たりともなかった。
この少女は、サリーヌにとってはただの手駒。今まで動かなくなってしまった三四種の使い魔の次の存在。三十五番目の手駒である。
そうやって扱ってきたし、そうやって関わってきた。
その心は……彼女の中で今もやはり変わらない。
それが、サリーヌの限界。サリーヌ・ルブランという人間の程度。
「本当は……、大切にすべき存在だったはずだったのに」
サリーヌには、結局それが出来なかったのだ。
サリーヌの大切なものが、あまりにも大切すぎたから……。
そんなサリーヌの言葉に、イズミコは笑いかける。
「私は忘れてしまった。……だから、別に何も気にしてない。……ううん、覚えていたとしたら、なおのこと私は気にしなかった気がする。……だから、これから私のお姉さんとして、私の忘れたものを思い出させてほしい。……これまで一緒に歩んだ道を思い出させてほしい」
その言葉は、イズミコにとってやり直しの願いが込められた言葉だった。
その願いがサリーヌの心を揺さぶる。とても温かく心地よい、そんな言葉だった。
だからこそ……サリーヌは絶望する。
これまで歩んだ道は、罪の道。
彼女がこの少女を巻き込んだ、いばらの運命。
その事を、痛感してしまう。
もしこれからイズミコが彼女とともに歩むとしたら、それが少女にとって大きな足かせになってしまうことを気付いてしまう。
イズミコは、サリーヌを大切だと言った。
サリーヌは考える。では、自分がもし目の前の少女を大切に思うのなら、どうすればいいのか。
それは、考えるまでもなかった。サリーヌの進んだ罪の道なのだ。それについては、サリーヌで抱えれば良い。
目の前の少女は、サリーヌ・ルブランの妹は、何も背負わなくて良いのだ。
「……ああ、本当に。私はどうしようもない人でしたわ」
ギュッと、イズミコの手を強く握るサリーヌ。
その手の感触に、サリーヌは顔をほころばせる。
その間にも振動は続く。天井は次々に崩れ、いつ部屋自体が埋もれてしまうかもわからない。
だが、サリーヌさえこの手を握り返してくれたのなら、イズミコは彼女を引っ張り助け出す自信があった。
いや、正直拒否されると思っていた。イズミコは記憶を消されたのだ。彼女がなぜそう選択したかはイズミコには解らないが、サリーヌがイズミコを拒否した最大の証拠だった。だから何をしても、受け入れてもらえないとイズミコは思っていた。
だから自分を受け入れてくれたことが、イズミコには最高に嬉しいことであったのだ。
ぐっと自分の方に引き寄せる。
もう少し、あと少しでサリーヌが崖から這いあがれる。
そして、二人の顔が最も接近した時だった。
「今まで、ありがとうね」
「……え?」
「これからは幸せに生きて」
「……何を言って……ッ!!」
不意に大きな振動と轟音。
その一瞬だった。
サリーヌが手の力を一気に抜いた。
「さようなら、『―――――』」
最後の単語は聞き取れなかった。だがその瞬間、イズミコの忘れていた記憶が、よみがえってくる。
「ねっ!!」
滑る手と手。イズミコが手のひらに力を入れたときには……。
彼女の瞳に、暗闇に吸い込まれていくサリーヌの姿が映っていた。
「姉さぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!!」
悲鳴にも近い叫びをあげるイズミコ。
しかしその声が響き終わる頃には、その呼びかけに答える者は居なかった。
「う……うぅっ……なんで、……なんでよ、姉さん」
涙が流れる。なぜ、自分を置いて居なくなってしまうのか……。
イズミコは、理解出来なかった。
「……なんで、私を置いて行くのよ!!」
「幸せに、生きてほしかったからだよ!!」
そんな答えが、イズミコの後ろから響いた。
イースフォウであった。障壁を展開しながら、殆ど叫びに近い声で言う。
「どういう理屈か私には解らない!! どういう考えでこうなったか私には解らない!! でも、私にも聞こえた!! 『幸せに生きて』って!!」
「…………あ」
「お姉さんが起こした行動は、きっとあなたの幸せを願ってのことだよ!!」
「………そんな……そんな理屈にもならない事が……」
信じられないと、そうは思えないと、首を横に振るイズミコ。
しかし、スカイラインもイースフォウの言葉に同意する。
「あのねぇ!! あなただって何の理屈もなしに、お姉さんを助けようとしたじゃない!! 家族なんて、そんなものでしょう!!」
家族、その言葉に、イズミコは息をのんだ。
「家族の願いよ!! 生きなさい、イズミコ!! あなたが、お姉さんを思うのならば、なおさら!!」
その時だった。ひと際大きな瓦礫が、イズミコめがけて落ちてきた。
「イズミコ!! 迷わずこっちに跳んで!!」
不意に、ハノンの言葉がイズミコの頭の中に流れる。
『あなたの迷いを断ち切る人が居る』
その言葉の意味を、理解した。
イズミコが思い出した事柄の中の一つに、彼女自身の願いがあった。
それは姉の願いを叶える事。それ自体が彼女の願いであり目標だった。
今まで生きてきた理由を思い出して、イズミコは迷いなく跳ぶ。
カタチが変われど、自分の生きる目標は変わらない。
ならば迷わずに進んでいくしかないのだ。
今は……生きるために。
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