『ミスティーク』

山本てつを

第1話

 自慢じゃないが、俺は狙った女を落とせなかった事は無い。

 金?

 ま、金の力もあるが、その金だって女に貢がせた物だ。

 顔?

 まぁ、わるくはないが、それほどいいってわけじゃない。十人並みの顔さ。


 実は、俺はエスパーなんだ。

 人間の考えている事がなんでも読める。

 テレパシーってやつだな。

 人間なんてのは単純な生き物で、『ああしてほしい』『こうしてほしい』を口に出す前にやってやれば、『ああ、この人私のことなら何でも分かってくれる』と感激して、〝運命の人〟のできあがりさ。


 今夜も酒場に女と金づるをあさりに来た。

 今夜の狙いは、今、俺がいるカウンター奥に座っている、長い髪の女。

 今まで見たことも無いような、イイ女、極上品だ。身に着けているアクセサリーも一級品だ。

 いるもんだな。美貌も金も持ち合わせたやつってのが。それとも、美貌が金を引きつけたのか。


 ターゲットは決まった。

 が、おかしい。

 さっきから、あの女の考えが読めない。

 どれほど意識を集中してもダメだ。

 どういう事だ?


 俺の視線に気がついたのか、女が自分のグラスを持って、俺に近づいてきた。

 顔には微笑が浮かんでいた。

「座ってもいい?」艶っぽい声で聞いてきた。

「あぁ」

 女は俺の隣に腰掛けた。

 どうなってるんだ? こんなに近くにいるのに、考えが全く読めない。こんな事は今まで一度も無かったのに。

 俺の思考がパニックをおこしていた。普通の人間にとっては、五感の一つが使えないのと同じだからな。

 しかし、俺はそれを態度には出さなかった。

 弱みを見せたら負けだ。

 標的に弱みをせれば、もう、ジゴロとしては暮らしていけない。

 踏ん張りどころだ。


 そんな俺を横目にして、女が声を殺し、肩を揺らして笑い出した。

「他人の考えが読めないと、そんなに不安?」

 こいつ……。俺以上の!

 女は俺の目を見て、心にささやきかけてきた。

「たまには、ミステリアスな女ってのも、いいもんでしょう?」


 ── END ──

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『ミスティーク』 山本てつを @KOUKOUKOU

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