第5話 嫌い
ぼくはぼくが嫌いだ。
どうして、と言われても分からない。
とりあえず、どうしようもなく嫌いだ。
例えば、性懲りもなく期待するところ。
何度裏切られただろうか。
何度絶望しただろうか。
その度に期待するのをやめようと決めたはずだ。
それなのに、信じることをやめられない。
よく「何も信じない」という人がいるが、あれは「何も信じたくない」の間違いではないかと思う。
信じない、など到底無理な話ではないか。
人は人との関わりなしには生きていけないのだ。それがどんなに嫌で避けたくとも。
ぼくも「何も信じたくない」うちの一人だった。だったはずなのに、懲りもせずいつの間にか信じ、勝手に裏切られた気になって苦しくなる。いつものパターンである。
いい加減そろそろ学習しろと言いたい。
誰かを信じるのもぼくの勝手で、裏切られた気になるのもぼくの勝手で、つまるところ、原因は全てぼくにあるのだ。
自分で自分の首を絞めているだけという、なんとも情けない体である。
笑うしかないではないか。
あるいは例えば、家族を成さないところ。
ぼくにとっての家に帰るという行為は、物凄く苦痛だ。
恐ろしく忙しい学校のおかげで、家にいる時間は一日の中で8時間程度、しかもその大部分は睡眠に充てられるのだが、それでも、苦痛だ。
何があるというわけではない。
ただ単に、ぼくと家族というものが合わないだけの話だ。
客観的に見れば、うちの家族はとてもいい家族だと思う。
両親はこっちが引くくらいには仲がいいし、人間としても尊敬すべき点が多い。妹は、まぁ、多少憎たらしいところはあるがそれもかわいいものだ。
休日は家族で出かけたり、家でのんびり過ごしたりする、至って平凡で温かい家族、である、筈なのに。
その中でただただ、ぼくだけが異質だった。
何かが不満なわけではない。
ただ少し、そう、パズルのピースの端がしっくり嵌まらない程度の、歪み。
あるいは、他人の家にお邪魔しているような居心地の悪さと言うべきか、落ち着かなさと言うべきか。
文句の付け所のない家族のなかで、ぼくだけが歪んでいる。
そして、それを知るのはぼくだけだ。
歳を重ねるごとに、ぼくは家族と行動を別にするようになった。
お出掛けも、外食も、何かと理由をつけて行かないようになった。
両親は、「みんな一緒でないと意味がない」と言って、ぼくが行かないと言うとそれ自体をやめるようになった。
それを分かっててすらなお、ぼくは、家族というものの中にいるのがたまらなく不快だった。
あの夏みんなで行くはずだった旅行も、あの日みんなで見るはずだった映画も、ぼくが行かないと言ったせいでやめになった。
ただただ積み上がっていくその事実だけが、淡々と罪悪感と自己嫌悪に変わって、少しずつ少しずつぼくを押し潰した。
ぼくはこの家族には必要ないのだと、思う。
それは捨てばちでもかまってちゃんでも何でもなくて、ただ、事実として、そう思う。
きっとぼくがいなくても、この家族はどうにかやっていくだろう。否、むしろぼくがいないほうが上手くやっていくのかもしれない。
ぼくの帰るべきところはどこか。そもそも存在するのか。答えなどわかるはずもない。
ただあるのは、少なくともあと半年以上はこの生活が続くということだけである。
あるいは例えば、勉強をしないところ。
これはもう自明である。ただの自己嫌悪だ。
一応ぼくは、まかりなりにも大学受験生である。にも関わらず、勉強をあまりできていない。最近の自分嫌いはこれによるものが大きい。
勉強ができていない、と聞くと、じゃあしろよ、と言いたくもなる。だが、やれと言われてやるなら、そんな簡単な話はない。
やっていない、やらない、のではない。
できていない、できない、のだ。
意識の問題だと、思おうともした。
やる気の問題だと、思おうともした。
言い訳に聞こえるかもしれない。というか、もはや言い訳なのかもしれないが。
ぼくは、定期的に勉強ができなくなる。
普段はきちんとするのだ、課題も予習も復習も。そのおかげというべきか、ぼくが通う、年にT大合格者を数名出すほどのバリバリの進学校でも、なんとか上位には食い込んでいる、はず、なのだが。
ある時急に、勉強ができなくなる。
それは、電源ボタンを長押しして無理やり電源をおとされたスマートフォンのような、あるいは、原因不明の停電のような。
そこには予備動作など存在しない。
その予兆もない。
少なくとも、いつものように勉強を始めようとして初めて、できないことに気づく程度には。
それでなくとも、ぼくの目指す心理学で有名な某大学は恐ろしく偏差値が高い。
ぼくが頑張って勉強してなんとか、という程度である。
それなのに、勉強ができない。原因も分からない。
その焦燥感と自己嫌悪たるや、言わずもがなである。
それに、ただでさえ最後の夏ということで、周りもピリピリしているのだ。勉強ができないなど、そんな馬鹿な話があるか、結局そう独りごちるだけである。
ぼくはぼくが嫌いだ。
なぜかなんて分からない。
ただ、どうしようもなく嫌いなのだ。
死ぬまでこうなのだろうか。
数十年後のぼくがちゃんと生きていたら、ぜひとも聞いてみたいものだ。
ぼくは のん @non0520non
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