ワニの夢を見た

ササガミ

ワニの夢を見た

 たぶん、新興住宅地だ。

 アスファルトの6メートル幅のゆるい坂道に区切られた区画は、どこも伸び放題の緑色。

 わたしがいる場所だけは緑色が踏みしめられていて、折り畳み式の簡易テーブルが設置されている。テーブルの上には雑貨や給水ボトルのような物が置いてあって、パイプ椅子が二脚。


「おい、行くぞ」


 紺色のズボンに白いシャツを着た高校生に、わたしは声をかけられた。

(夢なのでいろいろおかしいです。直前までは屋外だったのにいきなり屋内)高校生はそう言いながら、簡易テーブルの向こうの、ベニヤ板で薄暗い廊下からバタバタとこちらに走ってきた。

 これより販売される住宅地の区割りのされた、伸び放題の緑の中に立つわたしは彼の知り合いだ。


 と言っても、彼は夢の中では初登場。知り合いで随分親しげなのに、わたしは彼の名前を知らない。

 彼の名前を知らないと気づいたのは目が覚めてから。夢の中で、おそらく同居している高校生男子に向かって、わたしは「まだ支度が終わらないから、先に行ってて」と答えた。


 高校生男子はチラリとわたしを見て、無言で頷いた。それから伸び放題の緑に侵食されそうな住宅予定地の、ゆるい坂道を走っていった。


 わたしは焦って身仕度を整えながら、彼の背中をずっと目で追っていた(この行動から、目覚めた時のわたしは彼と親しいのだと判断した)。


 どうも、わたしは自身も高校生らしい。

 白いセーラーシャツ、紺色のプリーツスカート、紺色の靴下は膝の下の丈で、靴と襟の形とリボンまではどうだったのか記憶に無い(夢だからね、仕方ない)。


 わたしもペンダントに似た何か(この後これは登場しないので意味のない行動)をガッと握りしめて、誰も見えなくなったゆるい坂道を走り出した。


 坂道を上りきった先は、ちょっとした、3メートルくらいの高さの崖になっていた。(夢だから)わたしは簡単に飛び降りる事ができた。

 そこはその先の広場よりも一段高くて、広場を見渡すのに丁度良い。


 簡易テーブルが8台程、グラウンドか土の地面の駐車場か、という場所に設置してある。

 テーブルの上にはカラフルな、女子高生達の荷物がある。

 視線を左に写すと白い屋根の、お祭り会場の本部席であったり、運動会の本部席、あるいは災害時に設置されるような、白い屋根の、アルミの足の、テントが2張り。

 いずれも人影がなく、わたしは焦る。

 ……ヤバい、遅刻しすぎた、と。


 位置関係は不明だが、謎の場面展開は夢だからお手のもの。

 簡易テーブルのすぐ近くに、飯ごう炊飯を行う集団が現れた。彼らが四人一組のグループに分かれてカレーを作っていることを知っている。水はどうしたんだろう。わからない。わたしは目で先程別れた彼を探しながら、その中を歩いた。


 グループにたどり着き、飯ごう炊飯のあとは敬老の接待だ。どう考えてもわたしはカレーを食べさせてもらってない。おかしい。


 老婆の指示で、わたしは5センチ程の、人形が沢山入ったビニール袋を神棚に似た場所に設置させられる。

 老婆がニコニコとわたしに質問してくる。

「この神様を知っているかい?」と。


 わたしの目が泳ぐ。それは、七福神に(夢の中の世界では)詐欺とされる宗教の神様が混じっているものだったからだ。

 詐欺神が追加されておらず、未開封なら高価なはずのその品物は、老婆の手により開封されて余計な物が追加されている。たぶん、ご利益もないし、金銭的価値もあるかどうか。(夢の中の)ワイドショーか何かでわたしはその知識を得ている。


 どう答えたら良いものか、と悩むわたし。ニコニコと笑う老婆。そこに、先程の男子高校生が「それ、詐欺人形だろ」と実も蓋も無いことを告げる。

 老婆は冗談のように崩れ落ちたが、実際そこまでショックはなかったらしい。そのあとすぐに手品を披露して見せてくれた。その手品の種明かしも男子高校生がしてしまった。何やってるんだ、男子高校生。


 ただ、男子高校生と老婆は仲が良いらしく、嫌な空気にはならない。とても楽しいひとときだった。


 飯ごう炊飯を行った四人で何かのショーを見に出かけ、帰って来た私たちはまた、老婆と話をしていた。

 何の話かはわからない。

 縁側に似た場所にわたし、老婆が座っていて、男子高校生は近くに立って老婆を見下ろしている。この頃には老婆という雰囲気ではなく、『おばあちゃん』という感じがしていた。


「何でもいい。いつもと違う何か、は無かったか?」


 男子高校生がそう聞く。わたしは何の話をしているのか、知らない。


 白いペンキで塗られた木製の柱の向こうはだだっ広い筈なのに、そのときは霧で真っ白だった。


「そうだ、ワニがいたよ」


 おばあちゃんが思い出して、言ったのと同じタイミングで、わたしはワニの姿を捕らえていた。

 ……ワニ!?


 ワニは機敏な動きでこちらに走ってくる。

 しかも大量にいる。大きさはわたしの身長程あるだろうか。太っている。ワニと目が合った。ついに一匹、中に入って来てしまった。足がすくむ。男子高校生が銃を撃ち、おばあちゃんに飛びかかるワニを退治したけれど、表を見る限り、ワニはどんどんやってくる。ワニとは思えないスピードで走ってくる。ホラーでしかない。

 バシャン、と男子高校生がシャッターを下ろしたことで、そこからワニが入ってこられなくなり、わたしはホッとする。

 でも、開口部はここだけではないとすぐに気がつく。

 だからわたしは、自分がいるその建物のシャッターを下ろす為に走った。ワニの顎がシャッターを噛む場面に遭遇したときは悲鳴を上げた。


 一枚、二枚とシャッターを下ろしたところで猫に話しかけられた(夢だからね)。


「何があったの?」


 ワニが、と答えかけたところでわたしは猫の安全が気になった。


「みんな、入って。ワニが襲ってきてるの」


 怒涛のネコラッシュ。猫が何百匹と窓から入ってくる、入ってくる。猫だらけ。

 今、ワニが来たらどうしよう、とかおばあちゃん大丈夫かな、とか考えながら振り替えると、


 リアルな姿のワニと、リアルな姿のネコが、後ろ足で立って踊っていた。


 それにびっくりしすぎたわたしは飛び起きてしまった、というわけだ。




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