なずなとクロリ

 眠っていたら出直そうと思い戸を叩けば、輝夜はすぐに出迎えてくれた。


「お互い寝不足ね」


 どうやらひと晩中起きていたようだ。輝夜の目は充血し隈もできている。陽菜を連れて部屋へ入ると、むらさきの他に見知らぬ少女がふたりいた。白い長髪の少女と、黒い短髪の美女だ。ふたりの無関心な視線に射抜かれて、つい足がすくんだ。


「なずなとクロリよ。昨日、種から作っておいたの」


 月水に新たに葉名を二体作るように言われて、輝夜は昨晩のうちにそれを行ったらしい。新たに産み出された葉名たちは、客人が来たとわかるとおぼつかなくお辞儀をする。それにただぼんやりと微笑みかえしている陽菜よりも、よほどうまく生成されている。アオジはすこし複雑な気分になった。


「輝夜様、これを」


 種子のつまった巾着袋を差し出すと、輝夜は一瞬で事態を理解した。中をたしかめ、顔をゆがませる。


「そう、陽菜が……皮肉ね。やはり人の行いは、その身に正しく返ってくる」

「どういう意味です?」

「あなたと陽菜が純粋だということよ。わたしとは、違う……」


 輝夜はすこしだけ声をつまらせた。ひぅと、喉奥にのみこまれた音は悲鳴に似ていたが、その甲高い音を聞いた白髪の子供の葉名、なずなが突然反応した。ケタケタ笑い出し、なにがおかしいのかはしゃいでいる。しぃ、とむらさきがたしなめるように唇に指をあてると、仕草をまねて、なずなもしぃと笑いをひっこめた。輝夜は固く目を閉じていた。気持ちを眼底に押しこめるように、しばらくそうしてひらいたときには、彼女は巾着袋を胸に固く抱いていた。


「これ、預かってもいいかしら」

「え、ええ。もちろんです」

「それから言いにくいんだけど、これはむらさきがもらってきたことにしたいの。むらさきはひとつの種子も持ち帰らなかったから。お父様が知れば、わたしに失望するでしょう。あなたの手柄を横取りすることになるし、申し訳ないのだけれど」


 震える輝夜の両手は袋をしっかりと握りしめている。


「輝夜様のよい用にお使いください。私にはそれが一番です」


 そう、と輝夜はおそれるように陽菜を見た。ケタケタとなずながまた無邪気に笑いだし、むらさきがそれをなだめている。


 ──しぃ、しぃ、静かに。しぃ、しぃ。


 その穏やかなはずの光景が、なぜか不気味に思えた。輝夜が嫌そうに葉名たちを見ていたからかもしれない。理解できないと、ひどく不気味なものを見る目でふたりの葉名を見ていたのだ。アオジはなぜかその場に留まりたくなかった。逃げるように陽菜を連れ出し、自分の部屋へ戻った。



 


 陽菜はそれ以降、塔へ呼ばれなくなった。月水の息子、娘たちが新たに葉名を増やし、そちらを向かわせるようになったからだ。

 星輝の葬儀は盛大にとり行われた。領地が墨染の一色に染まり、すれ違う人や葉名までもが表情を翳らせ、重たい野辺送りは荘厳におこなわれた。星輝の遺体は夏の地からあっさり返されてきた。死に顔すら拝めないと思っていた春の者たちにとっては、意外なことだった。


 直系血族以外で遺体を見ることを許されたのは、アオジを含むほんの一部だ。遺体は傷ひとつなく綺麗なもので、亡くなった星輝が体のどの部分を贄としていたのか、アオジにはわからなかった。あまりにも綺麗なその死に顔にアオジはほっとしかけ、一瞬でぞっとした。葉名を作るには自らの一部を代償として捧げなければならない。産み出した葉名が消えれば、贄とした肉体の部位は失われる。星輝の死因は葉名を殺されたことだ。見た目では失われた部分のない彼が、八十四体も葉名を産み出すのに差し出した代償はなんだったのか。彼は自分の内臓や血肉、骨など、肉体の内側を差し出したのではないだろうか。でなければこれほど綺麗な姿で、血も流さずに死ねるはずがない。


 葉名づくりはとても死に近い行為だと、アオジはそのときになってようやく実感した。代償とは、贄とは口先だけではない。万にひとつも葉名が死んだとき、産み出した人間も道連れとなる。人より丈夫で傷つきにくい葉名が殺されたというのも、アオジには不可解なことだった。葉名は刀傷程度では死なない。実際にそんな場面に出くわしたことはないが、葉名は両手足を失っても死ななかったという噂もあるくらいだ。いったいどうやって星輝の葉名は殺されたのか。分からないものをわからないままに産み出し、使い続けている。そのことがひどく恐ろしく、眼前に見えない暗雲を落としているようだった。



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