芽吹きの朝
翌朝、アオジは勢いよく揺さぶられて目がさめた。うす紫の明け空に、鳥たちの鳴く澄みきった空気が流れている。起きるには早いと思ったのに、しつこく誰かが起こそうとしてくる。うす目をあけると、満面の笑みの陽菜が立っていた。必死に両手で何かを差し出してくる。見て、見て、と頬を紅潮させ、かさつく物がつまった袋をアオジへ寄越した。中を見て一瞬で頭が冴えた。
「えっ。これぜんぶ?」
そう、と陽菜は興奮したように頷く。子どもが親に褒められるのを待つように、期待に目を輝かせている。陽菜は大量の種子を持ち帰った。紫の巾着袋いっぱいに、ありとあらゆる種子が入っている。楕円形で白い筋が入ったものや、小さい点のような粒、細い針に似た、陽菜を作ったときのものと同じような種子もある。震える手で巾着を揺らすと、ぱさつく音がした。
「どうしよう」
真っ先に口をついて出たのは不安だった。陽菜は主上に気に入られたのだ。これからはことあるごとに祭儀や式典に呼ばれることになる。月水や春の面々は、この種子を見ればさぞ喜ぶだろう。けれど陽菜は──? そっと顔を上げると、彼は叱られる前のような顔になっていた。喜ばれると思ってしたことが、いけないことだったと感じたらしい。どう声をかけるべきかアオジは逡巡した。よくやったとそう褒めたくはない。彼が何をしたのか、人である自分には知らされていない。そっと頭を撫ぜてやると、陽菜はにこにこと表情をゆるめる。アオジが怒っているわけではないと伝わったらしい。無言のままでそうして髪を梳き、指に引っかかりをおぼえて固まった。
「なにか、ついてる」
陽菜の前髪に針のような種子がひとつ絡みついていた。それを手に取り、アオジはぎょっとする。髪には他にもたくさんの種子が引っついていた。丸く小さな種、大きめの種が床へころりと落ち、慌ててそれを拾いあげる。種子とは丁重に、宝石のように扱われるべきものだ。こんな風に無造作に髪にひっつけ、床へむやみに落としていいものではない。陽菜は髪にからまる種子に気づき、濡れた犬が全身を震わすように首を振った。床へ種子がぱらぱらと散り、アオジは短く悲鳴をあげた。
「動くな! そのままじっとして」
陽菜はきょとんとしている。言いつけ通りに止まっているのは、ただ単にアオジがそう命じたからだ。葉名にとって種子は大切なものじゃないのかもしれない。陽菜が特別にものを知らないだけかもしれないが、この扱いはあんまりだ。陽菜の前では貴重な種子も、髪に絡まるごみでしかない。これでは落ちた種をそっと拾い集める自分のほうが滑稽だった。そっと種子を袋に入れながら、けれどそういうことなのかもしれないと思った。種子をありがたがるのは人だけで、葉名たちにとってはたいしたものじゃないのかもしれない。だとすれば、種子とは何なのだろう。わからないことばかりだ。アオジは寝不足の頭をゆると振る。こういうときにひとりで考えていてはいけない。
「行くよ、陽菜」
いつだって悩みがあれば親身に接してくれるのは、姉がわりの輝夜だった。まだ空が白んでいる早朝に、アオジは輝夜の部屋へと向かった。
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