春の集会
大広間に一族のすべての者が集められた。本来であれば主上がみえる今宵は宴席となるはずだった。広間の飾りはすべてとり払われ、みな喪服というわけにもいかず、着るものもとりあえずといった風で沈鬱に座っている。
縦に長い畳敷きの広間では、最奥に当主・月水が座り、その左に長子・
「それで」まず口を開いたのは、長子の宵待だった。「なにが起こったんです? なぜ星輝が夏の者に」
正妻・氷がすすり泣き、その声をかき消すように月水は言った。
「星輝は私と別で行動している間に、夏の者に殺された。だからこの目で現場を見たわけではないが、目撃した者の話では……夏がねらい斬ったのは、星輝本人ではなく横にいた葉名たちだったそうだ」
場がざわついた。戸惑う者もいれば、じっと黙りこむ者もいる。前方の輝夜は沈鬱な顔でうつむき、微動だにしない。長子・宵待は瞳を鋭く細めた。
「では、奴らの狙いは──……」
「わからん。そのことをここで詮議するつもりはない。ただ取り急ぎ決めるべきこともある」
月水はわざと話を遮った。大勢の前では話しにくいことも、人を選び詮議する内容もあるだろう。ただその話題変化は不自然で、怪訝と顔をしかめたのはアオジの周りに座る者たちだった──つまり春の家では末席の者だ。どうやらなにか知らされていない事情がある。前方に座る面々は沈鬱に口をつぐみ、当主の言葉を待っている。当主に近い者たちはなにか理由を知らされているのだ。そうでなければ夏の者に身内が殺されて、激昂もせずに静まり返っているのはおかしい。
「ここで決めるのは、星輝が消えたことで埋めるべき八十四体の葉名の穴埋めだ」
月水の言葉に年老いた重臣が悲鳴に近い声をあげた。
「八十四! なんとまあ、星輝さまはお若いのにずいぶんと無体を……!」
「なにをいまさら?」宵待が半眼で笑う。「この俺は百一体、そこの輝夜とて二十三体の葉名を有している。それとも大叔父、あなたは歳を重ねながら、我らより葉名が少ないのか?」
「なっ、──」
絶句する老齢の者たちが怒りの声を上げる前に、月水が「止めろ」と割り入った。
「子供たちの行いは私が命じたことだ。愚息の非礼は詫びるが、当家の方針についてここで論じるつもりはない。異論はあとで個人的に受けよう。それより、今は消えた葉名の穴を補充しなければならない」
しんと静まり返った一同を見渡し、月水はそれぞれに役割をふった。
「直系の子らはさらに二体ずつ葉名を作らせよう。私が十体、五体ずつ妻と、妾のふたりにつくらせる。残りを、ここに集う面々で補ってほしい」
広間には百人以上の人間が座っている。ぽつぽつと同意の声があがり、黙っている者の中には怯えた様子の者も多くいる。とりあえずの合意に達したとみて、月水は「アオジ」と急に話を振ってきた。勢いよくみんなの視線が下手へ集まる。アオジが身をすくめると、後ろの陽菜が大きくびくついた。
「今宵の主上のお渡りに葉名がいくらか足りない。お前の陽菜を向かわせたい」
「え……」
月水の言葉はやわらかいが、アオジに拒否権はなかった。陽菜を見れば弱り切った顔で「これはどういうこと?」と首を傾げている。彼には今ここで何が起きているのか、自分がどういう立場に立たされたのかも分からないのだ。
「お、恐れながら、陽菜は不完全です」
アオジは頭を下げ、助けを求めて輝夜を見た。目が合った輝夜は苦しげに顔をふせてしまう。もうどうしようもないと、輝夜は何かを決定的に諦めてしまったようだ。月水は苦笑する。
「心配するな。なにも陽菜を取って食うわけではない。お前も知るように、塔にひと晩送るだけだ。星輝が死んだことで葉名が足りず、主上の機嫌を損ねるわけにはいかない。それでなくとも今は頭数が足りないのだ」
駄々をこねるなと、月水の目は笑っていなかった。
「は、い……」
アオジは項垂れることしかできなかった。陽菜がそっと横から手を握ってくる。なにも永遠に帰ってこないわけでもない。むしろ塔へ上がるのは葉名にとり名誉なこととされている。多くの種を持ち帰れば、それだけその葉名は優秀とみなされ、産み出した人間の立場も上がる。塔へ自らの葉名を送り出す──春の家では誰しも行っていることだ。そう理解はしてもアオジには割り切れなかった。何体も葉名を産み出した他の者とは葉名の重みが違うのだ。アオジにとってはたったひとりの陽菜だった。そっと陽菜を窺うと、彼は必死に何度も頷いている。「大丈夫」とも「なんとかするよ」とも言っているようにみえる。アオジが落ちこんだ風なので力になろうとしてくれている。
「陽菜……」
彼に謝ることすらできなかった。ただ漠とした不安の中へ彼を投げ入れることに、抵抗できない自分を呪った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。