第108話 兄弟(1)

「あの夫婦にはずいぶん長い間、子供がなかった」


 ジャンニは再び教区司祭の家に来ていた。判明している限り、レオナルドとその家族をよく知る唯一の人物だ。息を切らしているジャンニを不思議そうに見たが、司祭は嫌な顔はしなかった。昔の話ができるのが嬉しいらしい。


「アントニオは息子を欲しがっていた。そこで孤児院から男の子を1人譲り受けたんだ」


 様々な事情により孤児の里親になる人は多い。彼らも、その男児を自分達の息子として育てることになった。樽職人の夫婦に引き取られた時、その子は7、8歳だった。


 それから数年して、実子が産まれた。レオナルドだ。


「つまり、その孤児だった子にとっちゃ弟ができたようなもんだな。ノーラは証言で彼らを兄弟と言ってるが、実際には血は繋がってなかった」


「神の恵みで男の子を授かり、父親はたいそう喜んでたよ。これで工房を継がせられるってね。引き取ってきた子は10歳くらいになっていたが、何というか、その……」


「どうしようもないぐうたらだった?」

「いや、働き者だった。頭の出来はあまり良くなかったようだがね」


 そこで言葉を切り、言い悩むようにどこかを見た。


「酷い乱暴者だったんだ。何かあるとすぐ激昂する。気が短いなんてものじゃなかった。癇癪を起こすと人が変わったように凶暴になるんだよ。まるで手に負えなかった。アントニオは、根気の要る仕事をその子に教えるのは無理だと諦めていたようだ」


「今どこにいる?」


 辺りはすでに日が暮れている。年老いた司祭は眉間に皺を寄せた。


「はて……アントニオの家を出てどこへ行ったんだったかね。レオナルドが逮捕された時には、もう家にはいなかった。確か、フィレンツェを離れ、傭兵隊に入って石弓手になったと聞いてる。武器の扱いが上手でね」


 そこで、ジャンニはその子供の名前をまだ聞いていなかったのを思い出した。


「そいつの名前は何と言った?」

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