第107話 手記(1)

 耳を澄ませても、聞こえるのは自分の呼吸だけだ。


 レンツォは通路を灯りで照らした。奥にもう1つ部屋がある。人がいる気配はしないが、確かめておいたほうがいい。


 ミケーレは何をしているのだろうと思いながら、床に落ちている銃を取った。2つめの部屋も最初の部屋と同じく、がらんとした石室だった。壁際に大きな物が置かれてある。木材でできた何かの装置に見えた。警察長官庁舎にある吊し落とし刑の器械に似ている。いや、似ているどころではない。


 あの拷問器具そのものだ。


 天井の滑車から垂れている縄の先端には鉤状の器具がついていた。庁舎の設備より手が込んでいる。前には小さな書き物机。天井から人を吊すと、ちょうど顔が向かい合う位置だ。

 数枚の紙を束ねたものが上に置いてあった。紐で綴じられ、装丁はない。インクの汚れと手垢がこびりついている。


 中を見たいという欲求を抑えられず、銃を壁に立てかけた。小さい文字が半分あたりまでをびっしり埋めつくしている。



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……

夜になったので、エネアの様子を見に来た。縛って箱に閉じ込めておいてやったのだ。ふたを開けると、エネアは馬鹿みたいに目をあけ、ふいごみたいに激しく鼻で息をしていた。忌々しいことに小便をもらしていた。このために特別につくった装置に、おれはこの馬鹿を吊してやった。エネアは泣きはじめた。この犬野郎はたくさんの囚人におなじことをやったのに、自分がそれをされるのが嫌なのだ。罰として、一晩このままにしておくことにした。



今日、戻ってみると、エネアはぶらさがったまま気絶していた。口に詰め込んだ布切れをとってやった。そしたらこのまぬけは涎をいっぱい吐き出し、助けてくれと言った。大声をあげたらラーポが気づくかもしれないと思い、また口に布を入れて、木枠の取っ手を動かした。エネアは阿呆みたいに目を開き、喉から牛みたいな音を出し続けた。おれは大笑いした。いいことを思いついた。土をいっぱい詰めて重くした土嚢を、この馬鹿の両足にくくりつけてやったのだ。これでもっと重くなり、痛みが増すはずだった。ゴキッと音がした。おれは言ってやった、あんたもこうやって座って囚人を見てたんだって。それから帳面を持ってきた。尋問のはじまりだ。おれは裁判官だ。そしたらなんと、この嘘つきはレオナルドなんかおぼえていないふりをした。罰として、足に飛びついてぶらさがってやった。またゴキッという音がした。あれっと思った。腕が前より長くなっていた。布をとると、殺さないでくれと言った。おれは、また布を詰めて、ヤコポをどうしたか教えてやった。するとこの馬鹿はまた小便をもらした。おれはこいつを装置から降ろし、腹を思い切り踏みつけた。それから殴った。たくさん殴ったから手が痛くなった。そしたらエネアは顔がぶよぶよになり、蹴っても動かなくなった。おれは笑い転げた。……

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 レンツォは思わず冊子を放り出した。冊子は開いたまま床に落ちた。


 額に汗が滲んだ。


 誰かがこの場所でエネア・リナルデスキを拷問にかけ、裁判官のつもりになって尋問めいたことを行った。手記の続きはあったが、読む気をなくしたのは怖くなったからではなかった。


 という意味の事をこの人物は述べている。となると、書いたのはラーポではない。


 農場ここにいる誰がこれを書いたのか。

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