第73話 意外な訪問客
警察長官庁舎の守衛は、いつもと同じ挨拶をよこした。ジャンニが裁判官を首になった事実はまだ広く伝わっていないらしい。
「いかれちんぽこ大臣はおいでかい?」
「ラプッチなら、1時間くらい前にそこを上がってったよ。まだいるかどうかは分からんが」
聞き終わらないうちに、ジャンニは階段に向かった。警吏隊長のリッポが前に立ち塞がった。
「あんたを入れちゃならねえってお達しが出てる。まだ知らないようだから教えてやるが、あんたはもうここへ来なくていいんだよ。代わりの裁判官はもういる。ちゃんとした裁判官がね」
リッポは「ちゃんとした」の部分を特に強調した。ジャンニはその鼻をちょっと殴って顔にめり込ませてやりたくなったが我慢した。剣闘士みたいな体格の男が相手では敵わない。
「お前さんと言い争ってる場合じゃないんだよ。そこをどくか、でなけりゃラプッチの野郎を呼んできてくれ。知らせなけりゃならないことがあるんだ」
リッポは、決まり悪い思いをさせられた前日の仕返しができるのを喜んでいるようだった。
「あんたはもう裁判官じゃないんだ、おれに命令はできない。今さら熱心なとこを見せて任務に戻してもらおうったってそうはいかないんだよ。書記官閣下は忙しいお方だ。あんたに構ってる時間なんかない」
「お前さんは何だ、奴の小姓かなんかかい? レオーネ通りの殺しの件で分かったことがあるんだよ。さっさとどいてくれ」
「爺さん、あんた、ただの金細工職人だから裁判官なんかにゃ向いてないんだろ? なら家で仕事でもしてろよ」
八人委員会の兵が2人、門から入ってきた。中年の小柄な男を両側から掴んでいる。
男はオドオドと周囲を見回していた。よく市場をうろついて小銭や魚を盗むが、のろまで捕まってばかりいるどうしようもない男である。
「どうしてこいつを連れてきたんだい?」
「リドルフィ長官の命令だ。骨董屋の事件の関係者として連行しろという指示があった」
警察長官は独自のスパイ網を使っている。ジャンニの耳に入る程度の情報なら、彼はもう全部掴んでいるだろう。
ジャンニは男にたずねた。
「お前さんはドッソだね? 昨日の事件について何か知ってるのかい?」
「お、おれは何にも……」
「誰に雇われてるんだ? お前さんが、警察の犬になる一方でごろつき共にも通じてるのは知ってるよ」
「そ、そんなんじゃない。ただ……」
「まさか、バスティアーノがやられた時にその場にいて黙って見てたんじゃないだろうな? そんなことがここの連中にばれたら、そのよく肥えた腹をかっさばいてソーセージにされるぞ」
「違うって! おれは店の中にいなかった、でもあいつら、おれを脅したんだ! 痛い目に遭いたくなけりゃ言う通りにしろって!」
「あいつらって誰だ?」
「マウリツィオの旦那。それに、ベルナたち」
集まってきた兵を見回して、ドッソは口をつぐんだ。ジャンニはその体を掴んで揺さぶった。
「話すんだ」
「マウリツィオは……モンナ・オネスタの家で引っ立てられたせいで怒り狂ってたんだ。恥をかかされた、あのお巡りを殺してやるって」
ランフレディ家の元乳母の家からマウリツィオを引きずり出したのはレンツォだ。
「殺すと言ったのは確かなのかい?」
「あ、ああ。そしたら、おれたちがやってやるって、ベルナとビッチが言い出した。見返りに奴らは金をせびった。50リラだ。マウリツィオは値切った。結局10リラで話がまとまったが、立ち聞きしてるの見つかっちまってさ……おれはレンツォを連れてこいと命令されただけだ」
「そういや、マウリツィオ坊ちゃんが隠れてた家で武器が見つかったって報告があったな」
ジャンニは中庭の井戸に腰掛けて、足をぶらぶらさせた。
「だんだん分かってきたよ。ベルナたちは坊ちゃんから武器を渡されたんだ。それでバスティアーノを殺したが、レンツォを始末するのには失敗して逃げた。骨董屋へおびき出すのは、お前さんが考えたことかい?」
「ベルナだよ。その、ほんとにやるつもりだとは思わなかったんだ。悪ふざけだと思ったんだよ。まずいことになってると分かって、教えてやりたかったんだ。けど、怖くてさ」
「おれは法律なんかさっぱり知らないけど、殺人の依頼って重罪じゃなかったか? とにかく、あのお坊ちゃまにお越し頂かなけりゃならない。今すぐ指名手配すれば逃亡する前に取っ捕まえられる」
リッポは腕組みして立っていた。ジャンニが立ち去るまで動かないつもりらしい。
「あんたの命令は聞かないと言ってるだろうが。牢に放り込まれたくなけりゃとっとと出てけ」
引き下がるしかなかった。警察の兵と争っても得るものはあまりない。問題がややこしくなるだけだ。
ジャンニは工房に戻った。
店先に誰かが立っている。
ピエロ・ランフレディだった。マウリツィオの父親だ。
ジャンニは心中で舌打ちした。
こいつはどうしていつも面倒臭い時に押しかけてきやがるんだ?
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