第74話 父親の申し出

「おやまあ、ピエロさんじゃないですか。ご機嫌いかがです?」


 ピエロ・ランフレディはジャンニの挨拶を受け流し、咳払いした。

「ああ、ジャンニ・モレッリ殿。ときに、君には娘などはいるかね? 婚期の近づいた娘が。婚礼というものは何かと金がかかる。これで衣装でも作ってやるといい。昨日は失礼をしたが、これはほんの近づきのしるしだ」


 折り畳まれた布の束がジャンニの顔の前に突き付けられた。


 金襴で縁取られた分厚い毛織りの布だった。これだけ豪華な装飾が施してあれば目の玉が飛び出るような値段だろう。


 贈り物で八人委員会の機嫌を取ろうという魂胆だ。


「やめとけ。おれはもう裁判官じゃない。それに、おれを抱き込んでもあんたの息子のけつを拭く役にも立たないよ。どうせ昨日の騒ぎをもみ消そうとしてるんだろうけど、今度ばかりは駆けずり回っても無駄だと思う。あんたの倅はちんぴらに金を払って殺人を依頼した。重罪だ」


 毛織物の束が素早く引っ込められた。老人はジャンニを睨んだ。


「今朝、息子が事件の被疑者として挙がっていると警察長官が伝えてきた。君が言う、そのわけの分からない騒動に関わった疑いがある、とね。私と息子は当惑しているとしか言いようがない。人命が失われたことを息子は心から遺憾に思っているが、身に覚えのない疑いをかけられたとあってはね」


 ピエロ・ランフレディの口調は、評議会での演説で彼が得意とする重々しいものだった。表情は厳めしく、腰の後ろで手を組む姿には威厳が漂っている。


「そりゃ、戸惑うだろうな。なにせ考えてたのとは違う男が死んだし、想定してなかった死体がもう1つ出ちまったんだから」


 評議員の顔が強ばり、徐々に憤りで赤くなった。


「私の話が理解できなかったようだな。息子は無関係だと言っているんだ」

「なら、おれじゃなく八人委員会に行ってそう言うといい」

「マルカントニオ・ラプッチ殿はすでに尽力してくれている。息子にかけられた根拠のない疑惑を晴らすためにな」


 さもありなん。だが、その働きがどこまで功を奏するかは疑わしいというものだ。殺人に関与したとなれば、さしものゴマすり野郎もマウリツィオの行状を見過ごすわけにいかなくなるだろう。


 後になって、ジャンニはそれが楽観的すぎる考えだったことを知ることになるのだが。


「気の毒だけど、八人委員会があんたの倅にしてやれるのはせいぜい、庁舎の牢でひどい目に遭わされないよう取り計らってやるくらいだと思うよ」


 ピエロが何か言い返そうとするのを、ジャンニは手で遮った。リージが路地の角を曲がって来るのが見えたからだった。


「親方、ミケランジェロは下宿にはいませんでした」

「どこへ行ったか聞いたかい?」


「それが、下宿の婆さんも知らないって言うんです。あいつ、昨日は部屋に戻らなかったみたいですよ」

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