8 邂逅
第56話 取調室(3)
レオーネ通りの骨董屋では2人が死んでいた。発見したのは、たまたま立ち寄った行商人の男だ。
周辺は場末で、フィレンツェでも貧しい界隈にあたる。人が死ぬような大きな事件はここ十数年起きていなかった。
死体で見つかったのは警察長官庁舎の警吏バスティアーノだった。右の脇腹を後ろから刃物で刺されたらしい。金を盗まれた形跡はなかったが、身につけていた武器は持ち去られている。
もう1人は左の眼窩に槍が突き刺さった状態で死んでいた。見たことのない顔の男で、鮮やかな赤い色の帽子が頭からずり落ちていた。駆けつけた警邏隊長が顔を一目見て、男はビッチと呼ばれているヴァレンシア出身のならず者だと言った。
亡骸はどちらも布に包まれて運ばれていった。
バスティアーノには前の日に大聖堂でも会ったからジャンニも覚えている。見知った人間の死はこれまで何度も見てきたが、自分より若い者が死ぬのはいつでも嫌なものだ。
死体が見つかる少し前、八人委員会は死んだヴァレンシア人の男と骨董屋の店主ベルリンゴッツォに対して出頭命令を出していた。
*
ジャンニはむっつりと警察長官庁舎の中庭をうろつき、誰かが通るたびに新たな知らせはないかと耳をそばだてた。
中年の男が庁舎の門から入ってきた。旧市場の売春宿の主人だ。鼻血を出した赤ら顔の男をつかんでいる。後ろには酔って足元のおぼつかない男が数人、引きずられて歩いていた。
「店で暴れたんだ。ぶち込んでくれ」
「何があったんだい?」
「うちで大喧嘩だよ。あんた、裁判官になったんなら店を壊した残りの連中を捜してぶっ殺してくれ」
「こっちはそれどころじゃないんだ。そのへんのお巡りを呼べばよかったのに」
「ところが誰もいないんだよ。ガブリエッロとかいう若い奴は屋台で酔っ払って寝てやがる。お巡りってのは必要なときにいねえんだ」
*
ベルリンゴッツォが行方をくらましていることから、この骨董屋が何らかの理由で2人を殺したことが推測された。が、分からないことはまだあった。
死体が見つかったとき、店の中には他に誰もいなかった。床の足跡からして、もっと多くの人間がいたのは明らかなのだが。
もうひとつ、バスティアーノの同僚の警吏が1人、姿を消している。レンツォという名前のその男を午後から誰も見ていない。
フィレンツェ出身で、ボルゴ・サン・ロレンツォに母親と2人で住んでおり、よく地下にある看守の詰め所にいるそうだが、ジャンニはぴんとこなかった。どうも、河原でヤコポの死体が見つかったとき、突っかかってきたあの若い男がそれらしい。
ジャンニが驚いたのは、レンツォがジュスティーノの息子だと聞いたときだった。河原では全然気づかなかった。
ジュスティーノは子供の頃の遊び仲間だった。母親のテオドーラは同じ通りにある大衆食堂〈XANTO〉で働いているが、そこにはジャンニも何度か行ったことがある。十数年も前だが。
まったく、今日は何なんだ? ラウラのことといい、死んだ昔の友人の子供がでかくなったのを目の当たりにするなんて、まあ、おれも年をとっちまったんだな。
テオドーラは10年以上前に夫を亡くしている。嫌な知らせを彼女に届けることにならなければいいのだが。
*
猫背の男が1人、兵に追い立てられて入ってきた。兄と瓜ふたつに見える八人委員会のリッポが、男を縛り上げている縄を握っている。
「ベルリンゴッツォだ。市壁の外へ逃げようとしていたところを門衛が捕まえた」
「よし、誰かラプッチの野郎を呼んできてくれ。殺しの下手人が見つかったんだ、縄つけてでも引きずってこい。リッポ、お前さんはレンツォを捜してくれないかい? 姿が見えないというのはどうも妙だよ」
「ああ? あんたの命令なんか聞かないぜ。聞いたところじゃ、あんた、公爵の宝石をがめたそうじゃないか。泥棒の命令におれが従うかよ」
「命令しようなんて思っちゃいないよ。だけど、仲間が1人殺されて、さらに1人が行方知れずになってるんだろ。おれに噛みついてる場合かい」
「耄碌じじいが、自分で捜せよ」
警邏隊長のグリフォーネが間に入ってきた。
「リッポ、ぐだぐだ言わずにそいつを取調室に入れて奴を捜しに行け。どうせ、どっかにしけ込んでるんだ」
「けど、兄貴……」
「さっさと行け。おれの命令だ」
リッポはしばらく兄を睨んでから、骨董屋を引っぱって行った。
*
取調室の椅子に腰を降ろそうとして、ジャンニは膝の痛みに顔をしかめた。
やれやれ、この座り心地の悪い座席にあと何回けつを乗っければいいんだ?
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