第52話 薄闇の先(2)

「……ペロ、君は脱獄して喧嘩相手を殺すと言っていたそうだが」


 裁判官の質問に、やや遅れてペロが答える。

「そんなこと言ってねえよ」


「殺してケリをつけたいんだろ? 憎んじゃいないとお前は言ってるが、どうも私が聞いた話とは食い違ってるようなんだがね」


 よく通る低い声は警察長官のリドルフィだ。


「何のことだかわからねえな」

 妙な姿勢で絞り出しているにも関わらず、ペロの声はのらくらしている。だが、いつまでもつかは怪しいところだ。


 再び警察長官の声が響く。

「ベルナはお前を売ったぞ。同房にいたヴァレンシア人だ、覚えてるだろう。どうやって脱獄を企て、実行に移そうとしていたか、奴がぜんぶ吐いた」


 八人委員会がまだベルナを逮捕できていないことをペロは知らないのだろう。


「……」


「奴は格好の話し相手だっただろう。同郷者は牢に1人しかいなかったからな。お前のためなら何でもしてやるとか、あの男は言ったんじゃないのかね? 奴は裏切ったんだよ、ペロ。お前のことを女みたいな臆病者だと言ってた」


「……」


「どうして黙ってるんだ。怖くなったのか? ベルナが言ってた通りだな」


「奴は嘘つきだ」


「何が嘘なんだ」


「おれは臆病者じゃねえ。臆病者は奴だ。牢にゴキブリが出るたびに飛びあがってたんだぞ」


「卑怯者でもある。お前のことを色々喋った」


「……」


「何か言いたいことはないのか?」


「……」


「脱獄を提案したのはお前か、ベルナか、どっちだ?」


「おれじゃねえよ」


「ベルナか?」


「……」


「ペロ、こうしよう。牢が寒くて眠れないらしいじゃないか。少し話してくれたら今晩からましな房に移してやるぞ」


「何をやって捕まったかとか、そんな話をしてたんだよ。ベルナは居酒屋の喧嘩で逮捕されたんだが、自分は誰も殴ってないし、巻き込まれただけだとか言ってた」


「奴が嘘つきだというお前の言い分が正しいことがこれで証明されたな」


「おれも自分の話をした。奴は、そんなに喧嘩相手を殺したいなら自分の手で殺せばいいとか言いやがった。牢に閉じ込められてんのに、どうしろってんだ。そしたら、ベルナはおれが逃げるのに手を貸すと言ったんだ」


 声に、縄の軋む音が混じる。苦痛がましになる体勢をさがしているのだろう。


「お前の処罰は考えてやれるかもしれん。縛り首は免れさせてやる」


「奴は縛り首にしてくれ」


「ベルナはもちろん縛り首だ。他に誰がいる?」


「……」


「もう少し低くしてやってもいいんだがね、思い出せないなら……」


「ヤコポとかいうフィレンツェ人だ。それと、ビッチ。ふざけた話さ」


「ふざけた話というのは?」


「ベルナは連中にこう言ったんだ。看守長が牢獄の3階に汚い金を隠してる、100スクードはくだらないって」


 レンツォには話の前後関係がよく分からなかった。100スクードを盗んで山分けすることを口実に、ベルナは他の2人を計画に加担させたということか。


 ヴァレンシア人たちの件はこのまま八人委員会に任せたほうがよさそうだ。


 そう思って立ち去ろうとしたとき、次の会話が耳に飛び込んできた。

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