第24話 旧市場の裏通り(2)
急に建物の外が騒がしくなった。槍と盾で人を掻き分けて戸口から入ってきたのは八人委員会の警吏隊だった。
フィレンツェにはいくつかの警察組織があり、それぞれが警吏隊を抱えている。彼らは八人委員会に属する兵隊で、市内で起こる争乱を取り締まるほか、犯罪者の逮捕に赴いたり、他の都市から囚人を移送する際に付き添ったりする。
1人が前に進み出た。10名ほどいる兵のなかでもひときわ体格が大きい。警官よりも、剣闘士や猛獣使いといった職業がさまになりそうだ。
「チェルタルドのカルリーノがここにいるという通報があった」
「引っ込んでろ。情報を手に入れたのはおれだ。この男はおれたちが連行する」
「ジュスティーノの息子のレンツォってのはあんただろ?」
レンツォは黙っていた。
「市民裁判官が留守の間に囚人を殴ったそうじゃねえか」
「だったらなんなんだ?」
男は濃い顎髭を生やし、レンツォよりは10才ほど年上に見える。
「なに、警察長官に考えを改めてもらういい機会じゃないかと思ってね。八人委員会書記官閣下は官紀のゆるみに厳しいお人だ。警吏が囚人をぶちのめしたって知れば苦言を呈する。そうすりゃ、部下に甘いあの警察長官も、あんたが庁舎で働いてることについて考えなおすだろう」
「何が言いたいんだ」
「その笛吹きを引き渡してさっさと出てけと言ってるんだよ」
こいつは誰なのか……レンツォは内心で首をひねり、すぐに思いあたった。
鋭い褐色の目は、警邏隊長のジュリオ・グリフォーネにそっくりだ。双子の弟がいるという話は聞いたことがあったが、警吏隊の兵卒だとは知らなかった。
バスティアーノが割り込んできた。
「やめろよ、リッポ。いかれぽんちに拳のひとつやふたつ、あんただって振るったことがないわけじゃないだろう」
「あんたは頭の悪い部下の手綱を引き締めておくこともできないのか?」
「お互い様だよ、あんたの兄さんだっておれの上役なんだから」
「こいつが首を突っ込んだ宿の主はな、兄貴の親しい友人なんだ。兄貴が昨日の件を知ってどれほど申し訳ない気分になったと思う」
「友人? 用心棒代をふんだくる相手だろ。あんただって警察長官にみかじめ料を払ってる賭博屋たちを脅して金を巻き上げてるじゃないか」
リッポは顔を紅潮させた。
「とにかく、そこにいる馬鹿な犬に人様の敷地でくそを垂れるなって教えとけ」
「もう一度言ってみろ、馬鹿野郎。ルカがどんな顔になったか知りたいか?」
「いいかげんにしろ!」
バスティアーノの怒声が飛んだ。
兵士がカルリーノを立ち上がらせ、外へ引っ張っていった。リッポはしんがりになった。レンツォのそばを通り過ぎざま、警吏隊長の双子の弟は言った。
「ギリシア生まれの商売女の息子め」
それこそ、待っていた瞬間だった。レンツォは顎に殴打を食らわせた。リッポはものも言わずに後ろにのけぞり、よろめいて壁にぶつかった。周りの兵がどっとなだれかかってきた。レンツォはいくつもの腕に掴まれ、たちまち引き離された。バスティアーノがレンツォを後ろから押さえつけて言った。
「よせったら」
兵士たちがリッポを担いで家から運び出した。
ラウラのことが頭をよぎった。彼女と話すところをドッソに見られていたかもしれない。ベルナに強いられたら、あの男はレンツォが誰と会っていたかを話すだろう。彼女の家など簡単に突き止めることができる。
バスティアーノが娼婦に近づいた。女は愛人が連行されるのを見もせず、指のささくれをむしっている。
「あんたがお巡りでも、ただではやらせないよ」
「ベルナはいつここを出ていった?」
「さあ。昨日の晩にはもういなかったけど」
「居所で思いあたる場所はないのか?」
「あんた、馬鹿じゃないの? 知ってたら行って金玉を蹴り上げてるわよ。さっき言ったでしょ、ビッチのとこじゃないのって」
「それがどこなのかを聞いてるんだよ。家は?」
「あたしがそんなの知るわけないでしょ!」
「その、ベルナってやつだがね」
レンツォは声のほうを振り向いた。野次馬が大勢、戸口から覗き込んでいる。
「よく大聖堂にいるのを見るぜ」
市場の魚屋だった。汚れた前掛けをつけ、片手に魚の血がついた包丁を握ったままだ。
「あいつ、このあいだ金払わないで出てったんだよ。とっ捕まえて引きずってきてくれ。この包丁でかっさばいてやるから」
「やつは何の用で大聖堂なんかに行くんだろう?」
「どうせ誰かとろくでもない話でもするんでしょ」
と、女が言った。
「そういえば、ビッチと話すって言ってたような気がする。今日の日暮れに鐘が鳴る時間にあそこで会うんだって」
レンツォはバスティアーノと顔を見あわせた。晩鐘の時刻まであと半時間もない。
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