第3話 ジャンニ親方のやりかた
彫金師ジャンニ・モレッリ親方は子供のように背が低く、薄汚れた服にむさくるしいマントを引っかけている。顔は不細工きわまりない。頬は肉厚で、唇はひん曲がり、首は短い。つぶれた生焼けの丸パンみたいだ。
間抜け面をひとめ見て、客の男はいい餌食と思ったにちがいない。
「おい、お前の弟子がこしらえたこの不良品を見ろ」
ミケランジェロは思った――耄碌親方はこの詐欺師のいいなりになってしまいかねない。
「親方、ここを見てください、恐らく尖ったもので傷つけたんでしょう。この男はそれで虚偽の訴えを起こそうとしているんです」
「虚偽なもんか。お前らの腕がまずいんだ」
「リージ!」
親方の声に、少年は奥から出てきた。
「リージ、こちらの旦那はああ言ってるが、お前たちがこんな傷をつけたのか?」
「つけてません。言いがかりですよ」
「お前、おれにそういう口をきいていいのか?」
客の男が言った。奇妙なほど静かな声に、リージはうつむいた。
「おれは議員と知りあいだ。お前らがフィレンツェで商売できないようにするのは簡単だってことを忘れるな」
突然、ジャンニ親方が目をぱちくりさせた。
「ひょ、ひょっとして、あんたはダミアーノの旦那で?」
「そうだ」
ジャンニはおもねるような笑みを浮かべた。
「こりゃ、とんだご無礼を。うちの若いのがお怒りをかったのでなけりゃいいんだが……リージ! 何をぼさっとしてるんだ? あれを持ってこい。こちらの旦那にお見せしてさしあげろ」
命令され、少年は奥へすっ飛んでいった。親方がへりくだって謝罪の言葉を述べはじめるのを、ミケランジェロは侮蔑の目で眺めた。
やがて布の袋が運ばれてきた。ジャンニ親方は袋の底をつまんで振ると、中身が机の上に散乱した。どれも安ぴかの模造宝石で、埃にまみれている。
「さあ旦那、どれでもお好きなものをさしあげますよ」
ダミアーノと呼ばれた若い男は、戸惑いの表情を浮かべた。
「こんな代物に興味はない」
「そりゃ失礼をいたしました。手前はまた、お友だちの淑女に贈りたいのではないかと思ったもんで。満たされない人々に手をさしのべる、憐れみ深い淑女の方々に」
「どの友だちのことを言っているのかわからんが……」
「へえ、おかしいな。旦那がそういういかがわしい、もとい、賞賛すべき女たちのとこに出入りするのを見たんですがね。あれはファウスティーナの家だな。いや、フローラだったか。それに、確か、ディアーナやインペリアやセレーナのとこにも・・・・・・」
すべて下層の娼婦を思わせる名前だ。ダミアーノはなにか言おうとして、口をつぐみ、頬を紅潮させてジャンニ親方をにらみつけた。そして踵を返して出て行った。ジャンニはわざわざ道に出て、指を下品な形にしてダミアーノの背中に向けて突きつけてから戻ってきた。
「あの手の連中を追っ払うにはやりかたがあるんだ。まともに相手なんかするもんじゃないぜ」
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