1 最初の死体

第2話 ジャンニ親方の工房

「おい! 誰かいないのか!」


 ミケランジェロは砂袋の穴を針と糸で縫っていた。いくら縫っても終わらないように思えた。ほころびをひとつ塞げば、また別の穴から砂がこぼれだす。短い針は扱いづらく、何度も指を刺す。


「おい、新入り。お客さんだよ。ぼさっとするな」


 生意気なリージが言った。

 ジャンニ親方の徒弟だ。どうみても年齢は14才くらいで、ということはミケランジェロより2歳は年下だ。なのにでかい顔しやがって。くそ。

 ミケランジェロは立ちあがって、客がいる売り場へ出た。


「なんでしょうか?」


 客は20代半ばの男だった。軽薄そうな薄青色の目がなければ、それなりの身分の男に見えたかもしれなかった。


「お前みたいな徒弟のがきに用はない。親方殿を呼んできな。注文した品の件でちょっと言いたいことがあってね」

「親方はいないんです」

「だったらお前でいい。おい、これを見ろ。こんなもの注文した覚えはないぜ。お前らは客にがらくたを売りつけてるのか?」


 銀製の首飾りだった。

 表面に大きな傷があり、真珠がひとつはずれていた。


「この傷はどうしたんですか?」

「どうしたもこうしたもあるか。お前らの工房の品だ。どうしてくれる?」


 わざと製品を壊して言いがかりをつけてくる客は、ここフィレンツェでなくとも、どこにでもいる。こういう面倒な手合いの扱いは得意ではないが、言いなりになってはいけないことぐらいはわかっている。


「わかりました。修理できるかどうか、親方に聞いてみます」

「おまえは馬鹿か? 修理を頼んでるんじゃない、責任をとれって言ってんだ、どあほう。これはな、ヴェネツィアの商人に100スクードで売る予定だったんだよ。なのに取引がふいになっちまった。おまえが損害分を払うならなかったことにしてやってもいいぜ」


 ミケランジェロは帳場の向こうを見た。リージはやけに大きく金槌の音を響かせている。


「そんな金は払えません」

「なんだと? もういちど言ってみろ」

「払えません。ぼくの責任じゃないんですから」

「おれを馬鹿にしてるのか? きさまらはな、うちの取引を台無しにしたんだ。おまえがその責任をとるんだよ。でなけりゃ親方は工房をたたむことになるぜ。おれには有力者の知りあいがいて・・・・・・」


「アルノ川で死体があがったらしい。大騒ぎになってる」

 言いながら、ジャンニ親方が工房に入ってきた。

「顔が腫れてて、誰だかわからないそうだ」

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