第2話
ジョージ・フォスター少尉は、操縦桿をわずかに右に傾け、フットバーを蹴った。
機体は横転降下に入り、一気に加速する。
右前方の敵機は、たちまち大きくなる。
右に旋回してかわそうとしているが、あまりにも動きが鈍い。
新人で、戦いに慣れていないことがはっきりとわかる。
その程度の腕で、実戦の空に出てくるとは。
馬鹿め。報いを受けるといい。
ガンサイトに零戦が収まったところで、フォスターは機銃を放つ。
十二ミリ機銃六門がうなり、翼を弾丸がつらぬく。
零戦の機体は大きく傾く。
大爆発が起きたのは、その直後だ。
オレンジの色の火球が青い空を焼き、大きい胴体とおぼしき部品が煙を吐きながら落ちていく。
あとはばらばらになってしまって、どこへ行ったのかわからない。
パイロットは脱出していない。そんな余裕もなかっただろう。
「よし!」
フォスターは、機体を水平に戻したところで、スロットルを開いて操縦桿を引く。
機体は、強力なエンジンに引っぱられて、たちまち高度を取る。
さすがにF6Fだ。機体の性能がまるで違う。
F6Fは、零戦を倒すべくグラマン社が開発した機体であり、圧倒的なスピードと上昇力がその武器だ。
低空の格闘戦に巻きこまれることのないように、高速を生かして接近し、一撃離脱で攻撃をかける。それが実現可能な機体だ。
F6Fは実戦投入されると、零戦を圧倒し、太平洋での戦局を大きく変えた。
フィリピン海の戦いでは、レーダー誘導で日本機を迎え撃ち、面白いように日本機を叩き落とした。「マリアナの七面鳥撃ち」と言われる一方的な勝利だ。
フィリピンでも沖縄でも、F6Fは零戦に付けいる隙を与えなかった。
日本本土に攻撃をかける頃には、敵のパイロットの腕が落ちたこともあり、戦いは一方的になっていた。
フォスターも何度となく母艦である空母ベローウッドから出撃し、零戦と戦った。すでに三機を落としており、今回の撃墜で四機目だ。
あと一機、落とせばエースと呼ばれる。
何としても、ここで決着をつけたい。この程度の敵ならば、やりたい放題だ。
小さく右に旋回したところで、フォスターは低空に紛れ込んだ零戦を発見した。
うまく空戦に入れず、高度だけを落としてしまったようだ。どうすればいいのかわからず、もたもたしている。
「日本人が空を飛ぶなどと」
傲慢すぎる。
猿はおとなしく地上を這いずりまわっていればいい。
フォスターは旋回して高度を落とす。
零戦はまだこちらの接近に気づいていない。
楽勝だと思った瞬間、無線機に太い声が飛び込んできた。
「フォスター、日本機だ。後ろにいる!」
馬鹿ないつの間に!
振り向くと、太陽を背にして、敵機が迫っていた。
大きい。零戦ではない。
「なんだ、こいつは!」
横転降下に入って、フォスターは離脱をかける。
F6Fは加速し、戦闘空域を右から左に抜けていく。
零戦ならば、これで終わりだが……。
視界の片隅に、敵機が映る。
先刻より距離を詰めている。
速い。まるで糸でつながっているみたいに後方に貼りついている。
「くそっ、ふざけるな!」
フォスターはスロットルを開いて、スピードをあげる。
今までの日本機ならば、ついてくることはできない。そのはずなのに……。
まだ敵は離れない。
機体を左右に振っても駄目だ。まるで、こちらの動きがわかるかのように貼りついている。
今までの奴らとは違う。
機体もパイロットも本物だ。
これが日本海軍の真の姿なのか。
ならば、俺たちが今まで見ていたのは何だったのか。
このままではやられてしまう。
「誰か、助けてくれ!」
フォスターが吠えた瞬間、曳光弾の輝きが周囲をつつんだ。
機体が弾けて、翼が飛ぶ。
やられたと思った直後、フォスターの意識は炎に飲み込まれて、生者の世界から消え失せていた。
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