第12話
「あの、王様。こちらのお客様は?」
妹のマッサがニョルニョルに訊いたのはあたしのことだった。そりゃそうだろう。王様との晩餐会によくわからない女子高生が紛れていれば誰だって疑問に思う。
「余の大切な友人だ。大丈夫、妃候補ではない。安心してくれ」
「ああ、そうでしたか。どうも。初めまして。マッサと申します」
「初めまして」と、あたしも応じる。
「こちらが姉のロッサです」
「どうも初めまして。ロッサです」
「初めまして」
どうやら妹のほうが良く喋る性格らしい。写真で見た二人は容姿の上では違いがあるように思えなかったが、こうやって言葉を一言交わしただけでも大分印象が違う。
あたしとしては、研究員の姉ロッサを花嫁に推そうかと考えていたが、思った以上に落ち着いて、華やかな社交界には向いていないのではと思うくらいだった。
一方、冒険家なんて野蛮な仕事をしている妹のマッサは、やはりアクティブな性格なのだろう。コミュニケーションがうまそうな人懐こい笑顔を時折見せながら、会話と会話をホップしていくような印象を受けた。
「ロッサは一度、王様に会ったことがあるんですよ」
話を切り出すのは妹のマッサだった。
「会ったと言っても遠くからお顔を拝見させて頂いただけですが」と、ロッサは謙遜する。
「それは知らなかった。いつのことだったか」
「以前、王立研究所に視察にいらしたときです」
「ああ、あのときか」
ロッサは余裕のある立ち振る舞いで会話を進めていく。
「ええ」
「そうか。二年前だっけか?」
「一年前です」
「はっはっは」と、ニョルニョルは笑って誤魔化した。ふと彼の後ろに立っているポポコさんの顔を見ると、そんな馬鹿みたいな対応をして全くエレガントな会話の出来ないニョルニョルに苛立っているようだった。
スリッパがあったら、それですぱーんと彼の頭を叩いていただろう。
「それじゃマッサさんとは初対面ですね」
あたしはマッサに話を振ってみる。
「はい。正真正銘初対面です」
「マッサは確か冒険家なんだろう? 地球に良く行くと聞いている。どうなんだ、地球は? 相変わらず森だらけか?」
「そうですね。火星よりもちょっと暑いですよ。空気中の酸素も多いので、動植物も大体こっちのものよりも一回り大きい感じでしょうか」
「興味深い」
「王様は地球に行かれたことは?」
「何度かはあるな。小さいときに、父に連れられて行ったのが最初だった」
「そうですか。如何でしたか?」
「最悪だったかな」
ニョルニョルは冗談のつもりで言ったのだろうが、その配慮のない言葉で場が凍りつく。後ろに立っているポポコさんを見ると、眉間に皺を寄せて、あんぽんたんなニョルニョルの後頭部を睨みつけていた。
「ラジコンを持っていったんだけど、平らな場所がないから全然できないんだよ」
ラジコン狂いめ。それから全く空気を読まず彼はラジコンの話をひたすらに続けていく。
あたしは段々と居た堪れないような気分になっていく。友達がいないニョルニョルはそんな場の変化に気づいてないようだった。ラジコンなんてしことがないであろう、ロッサとマッサの二人は、いかにも興味ありげに相槌を打つ。健気な姿で、こうなるとどちらが花嫁になっても、ある意味ではこの火星は安泰とも言えるし、結局、このあたしの隣のクソ馬鹿王様のせいで駄目なるだろう気がする。
あたしは晩餐会の雰囲気を壊さないためにも、適当なところで新しい話題に持っていこうとするが、それでもすぐにニョルニョルがラジコンの話題に戻してしまう。この馬鹿! と罵りそうになるがそこがぐっと抑えることしか出来ない。花嫁のチェックのために、今夜の晩餐会は彼女ら二人にたくさん喋ってもらわなくちゃいけないのに、ニョルニョルが一番喋っているようじゃ一体、誰のための夜なのか全くわからない。
このままお妃候補の二人に、不安を与えるだけの晩餐会になってしまう。
今夜は全てが失敗に終わる。
収穫と言えば、双子のロッサとマッサが、くだらない子供じみたラジコンの話を延々とされても嘘を吐いて微笑んでくれる、そういう大人の女性だと言う事がわかったくらいだろうか。
益々、花嫁選びが難しくなったことは確かだけど、二人が良い人だということを身を持って体感は出来た。
「もう止めて下さい!」
突如として、食堂に声が響いた。ポポコさんの声だった。「一体この食事会を何だと思ってるんですか!王」
「あ――」
凍りついたのはあたしだけじゃなかった。思わず声を漏らしたのは、ニョルニョルだった。「ごめん」
火星には牛乳もあります 乙野二氏 @otunonishi
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